第39話 カチコミした!

 学校はシーンと静まり返っていた。

 机や椅子が廊下に散乱している。

 ギョッとしながらも、先を急いで二階へ向かう。

 おれは2年3組の教室のドアを蹴り破り、中に入った。


 「来たな」


 聞き覚えのある声がする。

 見るとクソいとこ、市野雅都いちの まさとが椅子に踏ん反り返っていた。その足元には舞愛まいあちゃん。

 怒りが頂点に達し、雅都まさとをぶっ飛ばそうと駆け出す。

 しかし、おれの腕を何者かが掴む。

 振り返ると、古島こじまだった。


 「テメェ!」


 こいつは舞愛ちゃんを裏切った張本人である。


 「待った、話をしましょう」


 「しねえよ!」


 おれは彼の腹に膝蹴りを入れた。


 「グっ......!や、やはり“地下最強の男”という名は伊達ではないようですね......」


 「黙れ」


 ひるむ古島に、おれは容赦なく攻撃を加えた。

 格闘技の試合でも、ケンカでもない。ただの一方的な暴力。

 おれは誰とも勝負する気なんてなかった。ただ舞愛ちゃんを助けに来ただけなのだ。


 「なっ......!」


 ボロ雑巾のようになった古島を見て、うろたえる市野雅都。


 「ま、マズい......!仕留めろ!AJ!」


 奴は手持ちのモンスターに命令するかのように言うと、横に控えてきた不良が向かってくる。

 

 「よぉ。俺は陳内有人じんない ありひと。AJだ。武羅怒倶楽部ブラッドクラブを仕切ってる。お前には恨みはないが......ぐぉっ!」


 「お前が誰かはどうでもいい」


 おれはAJを名乗る男にボディブローを入れた。

 さらにうずくまる彼をパイルドライバーの姿勢で抱え上げる。


 「お前のような人間がAJを名乗るな」


 そのまま前方に倒れこんだ。

 陳内は全身を床に強打し、ピクピクしていた。

 おれはその先にいる雅都を睨みつける。


 「終わりだ。おい雅都、お前、自分が何をしてるかわかってるのか?くだらんヤンキーごっこはやめろ」


 「ごっこだと?俺はお前に復讐するために......」


 「女の子を集団でボコることが復讐だと?」


 今すぐにでも雅都をぶん殴って、舞愛ちゃんを解放したかった。


 「み、光稀みつき......やめろ......来ちゃダメだ......」


 舞愛ちゃんがか弱い声で呟くように言う。


 「黙ってろクソ女!」


 雅都が舞愛ちゃんの頭を踏みつけた。

 「......殺してやる!」


 おれは雅都に向かって走っていく。しかし、腕が誰かに掴まれた。


 「は?」


 振り向くと、十季ときがいた。

 記憶が確かならば、雅都の許嫁だったはずだ。

 おれが市野家にいたときは、彼女がおれの食事の世話をしていた。唯一おれに対して敵意を向けてこなかった人間だ。

 鋭い痛みが走る。

 一瞬何事かと思ったが、彼女の蹴りが、おれの古傷である腰に突き刺さっていた。


 「ぐっ......!」


 顔が歪む。


 「雅都様の目的のため、お許しください」


 無感情に呟く十季。

 過去も、そして今も、雅都が十季を許嫁として扱っているようには見えない。傭兵か、いいとこメイドだ。

 だが彼女の気持ちとか、境遇とか、そんなものを気にしている暇はない。こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。


 「ぐっ......」


 しかし、身体が無理に動くことを拒否する。

 おれは膝をつく。


 「お覚悟を」


 彼女はどこからかバットを取り出し、振りかぶる。

 こいつ、殺す気かよ!

 腕で頭を守り、歯を食いしばった。

 バットで頭を殴打されることを覚悟したが、実際に殴られることはなかった。


 「させるかよ!」


 遼太郎りょうたろうが十季を止めていた。彼もボロボロだ。気持ちで止めていた。


 「この女の相手は俺がする!光稀は早く築城つきしろさんを!」


 遼太郎は必死の形相で叫んだ。

 

 「頼むぞ!」


 おれはそれに答えて、舞愛ちゃんのもとに向かおうとする。

 

 「ぐっ......!」


 しかし、十季にもらった一発が相当きつかった。腰に激痛が走る。

 古傷が完全に再発していた。


 「ちくしょう!ちくしょう!」


 おれは腰をあえて叩いて気合を入れ、痛みに耐えて立ち上がる。電流が身体に走っているような感覚があり、目がチカチカした。

 気合で歩く。

 舞愛ちゃんはいつの間にか口元にガムテープを貼り付けられていた。

 

 「かはっ......!」


 後ろでは人が床に叩きつけられた音と、十季のうめき声が聞こえた。


 「久しぶりだな。アホの光稀くん」


 雅都は許嫁が遼太郎にやられたのを気にも留めない様子でおれを見る。

 ふんぞり返っていた。


 「奴隷が盛りやがって......」


 そう言うと、靴で舞愛ちゃんの頭をぐりぐりと踏みつけた。


 「......!」


 舞愛ちゃんは首を振って逃れようとするが、手足も拘束されているため、不可能だ。

 怒りがこみ上げ切って、もはや溢れた。


 「殺す......!」


 「それはこっちのセリフだ」


 睨むおれに、雅都はニヤリと笑うと、突然椅子から飛び上がり、タックルをかましてきた。

 突然の行動に、おれは避けられず、タックルを正面から受け止める。

 踏ん張る。腰に激痛が走るが、もはや気持ちで雅都を止めていた。


 「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 おれは雅都の頭を脇に抱えこみ、そのまま後ろに倒れて彼の頭を床に打ち付けた。


 「ぐぇ......」


 彼は沈黙した。

 おれは舞愛ちゃんを見る。


 「んー!んー!」


 必死の形相で何かを訴える舞愛ちゃん。彼女の視線を追うと、おれの腹。


 ナイフが突き刺さっていた。

 

 「あぁ、タックルされたときに刺されたな」


 自分でもわからないが、なぜか冷静な言葉が出た。

 おれは直感的にナイフを引き抜いたが、これは間違った判断だった。

 血が吹き出し、激痛が走る。

 視界がどんどん狭まり、立っていられなくなる。


 「舞愛ちゃん......ごめ......」


 視界が黒一色に変わり、何の感覚もなくなる。

 おれが伸ばした手は、舞愛ちゃんに届くことはなかった。



 つづく

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