最終話 ヤンキー女と甘い冬!

 倒れる光稀みつき。その手は虚空を空振り、力なく床に降ろされた。

 その床には血だまり。

 彼はピクリとも動かない。

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ......!

 助けなきゃ。

 でも、私は動けなかった。

 手足を拘束されているからではない。彼の傍に這っていくことすらできなかった。

 まるで床に接着剤で身体が張り付けられているようだった。

 

 「んー!んー!」


 なんとか声は絞り出したが、口にはガムテープが貼られていて話せない。

 私は呻くように叫ぶ。


 「どうした!」


 その声でこちらに気づいた間宮まみやが駆け寄ってくる。


 「おい、マジかよ......ここまでするか.......」


 光稀の腹部を見て間宮は唖然とする。


 「クソっ......」


 彼はシャツを脱いで光稀の患部に当てる。

 携帯を取り出し、救急車を呼んだ。



 †††



 白い病室。

 ベッドには光稀が寝ている。

 命に別状はなかったが、彼は2日間目を開いていない。


 「光稀......」


 ふと、彼の名を呟く。

 

 「なんだ?」


 「いつまで寝てんだよ」


 「いや起きてるけど?」


 私は光稀の頭を軽くデコピンする。

 

 「いて」


 ん?いて?

 なにかベッドに横たわる光稀から音がしたような、何か治療器具の音かな?光稀の命に関わるヤバい機械の故障とかだったらどうしよう。看護師を呼んだ方がいいのかな......


 「あのー?もしもーし、舞愛まいあちゃーん?」


 聞き覚えのある声が私を呼ぶ。

 幻聴か?

 声のする方向を見る。

 光稀。

 その目は開かれていた。え?


 「み、みみみみみみみみ光稀!?」



 †††



 気が付くと、白い天井。独特なアルコールの匂い。無機質なベッドとシーツ。ここが病院だと理解した。


 「いつまで寝てんだよ」


 ベッドの脇には舞愛ちゃんがいて、おれを見ていた。

 とんちんかんなことを言っている。おれは目を見開いているのだ。


 「いや起きてるけど?」


 すると舞愛ちゃんはおれにスッと近づいてくる。お、ようやく気付いたか。

 そしておれの頭に手が伸びてきて......デコピンされた。


 「いて」


 おれの声を聴いて舞愛ちゃんは辺りをキョロキョロと見回している。

 え、もしかしておれ死んでる?目の前の舞愛ちゃんは全くおれに気づく様子はない。


 「あのー?、もしもし舞愛ちゃん?」


 そう言うと、舞愛ちゃんはようやく気付いた。

 

 「み、みみみみみみみみ光稀!?」


 ものすごい剣幕だ。

 そしてものすごい声量。病院が揺れる。


 「ちょ、ちょっと、舞愛ちゃん、ここ病院だから」


 「あ、ごめん......って!それどころじゃねぇ!」


 舞愛ちゃんは仰向けに寝ているおれを掴んでガシガシ揺する。

 うおお、これはキツイ。


 「よ、良かったぁ......本当に良かったぁ......」


 と、思えば急に泣き出した。

 酔っぱらってんの?この人。

 ふと、泣いて抱き着いてきた舞愛ちゃんがほっぽり出した携帯の画面が目に入る。

 2日経っていた......


 「そうか......」


 酔っ払いと見間違えたが、彼女はおそらく、おれの傍にずっとついていてくれたのだろう。


 「むにゃ......光稀......」


 そして寝ていた。

 おれは彼女の頭をそっと撫でた。



 †††


 

 おれは夜の星が浜駅前に立っている。とっくに夏は終わり、秋の虫の声すら聞こえなくなっている。

 高まる鼓動をごまかすように、ポケットに手を突っ込んで、息を吐くと白かった。

 あの騒動から2か月が経過していた。

 とっ散らかされた校舎は何事もなかったかのように元通りになっていた。

 さすがに高校襲撃の罪はもみ消せなくなったらしく、雅都まさとは警察に補導されていた。

 ちなみに騒動から1週間くらい経って学校に復帰したおれを見て、聖哉せいやは泣いて喜び、レーカちゃんは飴をくれ、あやちゃんからはなぜかバシバシ叩かれた。

 騒動の影響は大きい。星が浜の治安が良くなったのだ。以前は駅前を歩けば、必ず不良ヤンキーに絡まれる街だったのだが、最近は不良を見かけない。

 どうも、雅都たちレッド・ウォーターと仲間たちが引き起こした星が浜高校襲撃に不良たちはドン引きしたらしく、足を洗う者が続出した結果、不良が激減したらしい。

 おれはゴキブリと不良が嫌いだ。

 不良が少なくなったのは嬉しい。だが、おれの鼓動が高まっているのは不良が減ったからではない。

 今日はクリスマス・イブ。

 去年までのおれにとっては、なんでもない、ただ人が街に溢れる日だったが、今のおれには特別な意味を持つ。


 「おっ!珍しく早ぇな!」


 好きな声が聞こえる。

 舞愛ちゃんがやってきた。


 「うっす」


 おれが手を挙げてあいさつすると、彼女は駆け寄ってきた。


 「いやぁ~メッチャ寒いな」


 そう言うと、着ているMA-1のポケットに突っ込んだ手を出して、おれの頬を挟んできた。


 「冷たいだろ~?」


 無邪気に言うが、おれ的には冷たさより恥ずかしさが勝つ。


 「恥ずい」


 「またまた~嬉しいだろ?」


 ニヤニヤ笑う。

 まぁ、嬉しくないといえば嘘になるが......

 おれは頬についた舞愛ちゃんの両手を引っぺがし、彼女の右手と自らの左手を絡めて、着ているダウンジャケットのポケットに突っ込んだ。


 「ちょっ!?」


 なんか動揺している舞愛ちゃん。

 赤くなっているのは、寒いからではないだろう。


 「じゃ、行くか」


 おれはそんな舞愛ちゃんの反応を楽しみながら歩きだした。



 †††



 やってきたのは駅から少し離れた公園。少し小高い丘の上にある。

 にぎやかな駅前よりも、こういうちょっと静かなところが2人で過ごすにはいいかなと思ったのだ。


 「お。おぉぉ......」


 舞愛ちゃんは感嘆の声をあげる。

 この公園、夜景スポットなのだ。手前には星が浜市街地の光が、奥には夏に行った海が見える。冬の空気は澄んでいて夜景がきれいに見える。

 などと考えていると、舞愛ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ている。


 「なんだよ?」


 「いやぁ?光稀って顔に似合わずロマンチストだよなぁって思ったんだよ」


 「顔にってなんだよ」


 「反社顔じゃん」


 「元ヤンキーが何言ってんだか」


 「もうヤンキーじゃねぇもーん」


 おれを挑発しながらも、彼女はおれの肩にもたれかかってくる。

 

 「おれ、舞愛ちゃんに出会って......良かったよ」


 「な、なんだよ急に」


 春先のおれは、ヤンキー女と知り合って、友達になって、付き合うことになるなんて思ってもみなかった。

 

 「舞愛ちゃんが死ぬほど好きだってことだよ」


 「おまっ!ハズイこと急に言うなよ......」


 「ロマンチストなんでね」


 決め顔でそんなことを言ったら叩かれた。

 なんだか綾ちゃんに似てきてないか?出会った当初のようにグーで来ないだけマシかもしれないが......


 「お?」


 舞愛ちゃんが空を見る。

 白いものが降ってきた。


 「なにこれ、フケ?」


 「雪だよ!全然ロマンチストじゃねぇな!」


 「おれがロマンチストってのは舞愛ちゃんが言い出したんじゃん」


 「腹立つやつだな!」


 頭をはたかれた。


 「うぅ......刺されたとこが.......」


 「刺されたのは頭じゃなくてお腹だろ?」


 「まあね」


 「適当な返しだな!」


 そう言って2人で笑う。

 

 「そろそろ寒くなってきた」

 

 しばらく夜景を見ながら談笑していたが、雪が強くなってきた。

 ダウンジャケットのことを過信しすぎてその下はTシャツ1枚だ。さすがに冷える。


 「あ、あのさ......その、クリスマスだしローストチキン作ったんだけど......」


 舞愛ちゃんは上目遣いでおれを見る。

 え?おっと?これは......?

 鼓動が早まる。


 「その、ウチ、来るか......?」



 おわり


―――――――――――――――――――――――


 以上で本作は完結とさせていただきます。

 至らない点が多々あると思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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ヤンキー女になつかれた! ゆでカニ @yudekani

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