第38話 覚醒した!
東側には見張りがほとんどいなかった。
そのため私たちはすんなりと校舎に侵入できた。
「こんだけ警備が薄いと、罠を疑うな」
間宮が軽口を叩く。
確かになんだか不気味な感覚を覚える。しかし、それ以上に怒りが勝っていた。
歩きなれた廊下には、ところどころ制服が落ちていたり、机が投げ出されたりしていて、まるで強盗が入ったかのような様相を呈していた。
教室は2階だ。階段を上る必要がある。
隠れる場所がない階段でレッドウォーターの人間と会えば、間違いなく戦うことになる。そうなれば、私たちの侵入を悟られることになってしまう。
もう涼しい風が吹く季節だというのに、私は汗をかいていた。
「待て」
一階から二階に到達するまでに、踊り場が一か所ある。その踊り場の直前で、間宮が止まった。
コツコツと足音が聞こえてくる。
「2人いるな」
足音で人数を把握した間宮が小声で呟く。
どういう能力だよ。こいつ、格闘家というより特殊部隊だろ。
足音はどんどん近づいてくる。
私は息を飲む。
「あ」
踊り場に出た2人の不良と私たちは目が合い、つい声が出た。
次の瞬間、間宮は不良に飛びかかり、一瞬のうちに気絶させた。
「い、生きてる、よな?」
あまりの速さに私はついつい倒れた不良の命が心配になる。
「当然、殺人犯になるのは嫌だからな」
間宮はニヤリと笑ったが、私は不安だった。
「そんなことより、早く篠田くん達を助けに行こう」
その言葉に私は我に返った。
そうだ。こんな不良たちにかまっている暇ではないのだ。
二階まではもう距離がない。2年3組の教室は階段を上ってすぐだ。
私は階段を駆け上がった。
「おい待て築城さん!それは急ぎ過ぎだ!」
間宮の警告は遅すぎた。
二階に上がった私を待ち構えていたのは、数十人の不良だった。
「つ、築城舞愛ぁ!?」
不良の1人が大声で叫ぶと、集団はざわめき立った。
「ぶっ殺してやる!」
そして、不良の中の1人が功を焦って突っ込んできた。
「がっ......」
しかし、その顎を砕いたのは私の拳ではなかった。
「こいつらは任せてくれ。築城さんは早く教室に」
追いついてきた間宮だった。
「......頼む!」
私はそう言って2年3組の教室に突っ込んだ。
真っ先に目に入ったのは口をガムテープでふさがれ、腕と足を結束バンドで拘束された
「んー!んー!」
綾が何か訴えている。
「すぐ助けてやる!」
私は彼女らに駆け寄ろうとする。
「ぐぁっ!」
しかし、私の右頬を高速の打撃が襲い、吹き飛ばされた。
死角に誰か隠れていたようだ。
「おっと、焦んなよ
聞き覚えのある声。
振り向くと、
「てめぇ!邪魔すんな!」
大体、星が浜の不良は団結してレッドウォーターを倒すのではなかったのか?
「残念だが、俺は星が浜がどうなろうと知ったこっちゃない。レッドウォーターは武羅怒倶楽部が星が浜全体を支配することを認めたよ。
どうやら買収されたようである。
しかし、そうだとしてもカタギに手を出していいことにはならない。
「そんなん綾たちには関係ねえよ!今すぐ解放しろ!」
「それは、無理な話だな」
突然、縛られた3人の後ろに座っていた男が話し出す。
甲高い不快な声だ。
「誰だよ」
「これはこれは申し遅れて申し訳ない」
おそらく高校生のクセにスーツを着た男は、仰々しい口調で言った。
「俺は
「テメェ......!」
男は憎たらしい笑みを浮かべている。
コイツが話に聞いていた光稀のいとこか!と思う前に、彼の光稀をバカにしているとしか思えない発言に腹が立ち、男に詰め寄る。
「かはっ......!」
しかし、男の胸倉を掴もうとしたその時、私は何者かに押さえつけられ、お腹に膝蹴りを喰らった。
ズシンという痛みがお腹の奥まで響く。私は思わず両膝をついた。綾たちの声にならない悲鳴が聞こえる。
市野雅都を睨みつける。彼はすました顔で右を指さす。
右に立っていた人物――私に膝蹴りをかました人物――を見る。
「なっ......!」
「築城さんも大したことないですね」
冷たい口調でそう言ったのは、
「な、なんで古島が......星が浜を守るんじゃなかったのかよ!」
「うるせえ」
古島は私の頭を踏みつけた。
「最初から話は出来てたんだよ!バカ女!」
そう言ってぐりぐりと靴を押し付けてくる。
「ぐぁぁぁ......」
苦痛に顔が歪む。
「おいおい、あまり傷つけるなよ、大事な人質なんだからな」
まるで興味なさそうに市野雅都が言うと、古島の力が弱まる。
「失礼しました......お前も詫びろ!」
「うぐっ!」
古島は意味不明なことを言って私をストンピングすると、離れていった。
同時に、ニヤニヤしながら市野雅都が近づいてくる。
「いい面だな。流石あのクソ奴隷の彼女だ。クソな面をしてやがる」
ペチペチと私の頬を叩くと、フッと笑った。
「ナメやがって......ぶっ飛ばすぞ......」
「そんな口をきいて、お友達がどうなってもいいってのかい?」
綾たちの方を見ると、バットを持った不良たちが取り囲んでいた。
「っ......!ゲス野郎が!やめろ!」
私は立ち上がって、市野雅都の胸倉を掴む。
「乱暴は良くない」
やれやれと彼が呟いた瞬間、拳が飛んできて、私は吹き飛ばされた。何が起こったかわからず、彼の方を見ると、隣に女が立っている。
「遅いじゃないか、
「申し訳ございません。少々手こずりまして」
そう言って部下の不良に目配せすると、人が教室に投げ込まれた。
......ボロボロになって気を失った間宮だった。
「50人やられました」
「ふん、格闘家ってのはやっぱり手ごわいな」
興味もなさそうに言う市野雅都。
私は再度立ち上がる。
「やる気か?大した根性だ。かかって来いよ。ハハ」
「この野郎......!」
「おやおや?いいのかい?市野光稀と人に暴力を振るわないって約束したんだろ?」
「ぐっ......!」
「行かせません」
私が市野雅都の言葉に動揺し、一歩下がった隙に、トキと呼ばれた女が立ちふさがる。
「どけよ、私はその男と話してるんだ」
その言葉に返答はなく、代わりに強烈なボディブローを浴びた。
「ぐっ......」
たまらずうずくまる。
「へ、調子に乗るなよ」
その後ろから市野雅都が出てきて私の頭を踏みつける。
「キミたちも手伝ってくれ」
彼が声をかけると、陳内と古島がやってきて、私にストンピングの嵐を浴びせた。
「が......がはっ......」
どれくらい経っただろうか。
蹴られ、殴られ、私はボロボロになっていた。視界は歪み、意識はぼんやりしている。
「はぁ、はぁ......」
息を切らせた市野雅都が私の耳もとに顔を寄せる。
「じゃ、反抗したバツってことで、あの子ら、ボコすから」
「や、やめろ......やめて......ください......」
私は無理やり身体を起こし、正座、そして頭を下げた。
「んんー!!!」
「んんんー!?」
綾たちが何か言っているのがぼんやりと聞こえた。
市野雅都はフーっと長く息を吐くと、笑った。
「まぁ、いいよ。お前を呼び出したのは、市野光稀を誘い出すための餌にすぎない。そうだろ?十季?」
「はい」
女は無表情に答えた。
市野雅都はニヤリと笑う。
「だから、お友達は解放してやるよ」
そう言って、綾たちを縛っていた結束バンドを切り、口元のガムテープを乱暴にはがした。
「帰っていいぞ」
「てめぇ......!」
偉そうに言う市野雅都に
許せねぇ。
心ではそう思うが身体は動かなかった。
†††
ダラダラ寝ながら映画を観ていた。
しかし、見ている最中なのになんの映画かもわからないほど、おれはボーっとしていた。
「舞愛ちゃん......」
無意味に呟く。
頭が冷えてから考えてみれば、すごく冷たくしてしまった。第一、舞愛ちゃん本人は「違う」と何度も言っていた。
彼女の言うことも信じられずに、何が『世界で一番大切な人』だよ。
とりあえず舞愛ちゃんに謝ろうと、携帯を取ったその時、インターホンが鳴った。
「市野くん!早く学校に来て!」
「イッチの力が必要なんだよー!」
「光稀、男だろ!?」
玄関のドアを開けた途端、切羽詰まった表情でおれに大声で学校に来るよう促す綾ちゃん、レーカちゃん、
「ど、どうした?」
「学校で舞っちが不良にやられちゃったの......!」
「......なんだって?」
まさか、舞愛ちゃん、ケンカを起こしたのか?
おれに愛想をつかしてヤンキーに戻ったのか?
そうだとしたら、やはりおれは......
「やっぱりおれじゃ、ダメだったな......」
「何言ってるの!?市野くん!」
綾ちゃんが叫ぶ。
「結局舞愛ちゃんはヤンキーだったってことだよ!」
叫んだおれに、ビンタが飛んできた。
驚いて下を向いていた視線を上げると、目に涙をためたレーカちゃんが立っていた。
「マイアちゃんは一発も殴ってないよ。イッチとの約束を守ったんだ......」
特徴的な語尾を伸ばす口調ではなかった。それっきりレーカちゃんは口を閉ざしてしまった。
「あの子は私たちの身代わりになったの。それに.......不良のリーダーっぽいやつが、舞っちは市野くんを来させるための餌だって......罠だろうけど......舞っちを助けられるのは市野くんだけだよ!」
おれを指名?
「綾ちゃん、その、不良のリーダーは名乗ってなかったか?」
「うん、市野雅都って......市野くんと同じ苗字だけど......」
あの野郎......今になってのこのこ出てきて、しかも舞愛ちゃんに手を出したのか。
「古島はどうした?」
「裏切った。市野雅都が裏で手を引いてたみたいだ」
聖哉の言葉を聞いて、おれの心の中は「ごめん」の三文字でいっぱいになる。
そして怒りが湧き上がってくる。
「おれが、間違ってたんだ。チクショー......」
拳を握りしめる。
暴力を徹底的に封印して、誰かを、誰であっても傷つけないようにする。
その考えは、高尚なモノかもしれない。だが、逃げでもあった。
おれは、たぶん怖かったのだ。暴力を使うことで自分に降りかかる責任から逃げていただけかもしれない。
しかし、その責任に振りまわされ、大事な人を守れないようでは意味がない。
心から身体に、血が通う感覚がした。
「3人とも、ありがとう。舞愛ちゃんは、おれが助ける」
それだけ言うと、おれは駆け出した。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます