第37話 襲撃された!

 春に光稀みつき舞愛まいあが不良に絡まれた場所で、大勢の不良がお互いににらみを利かせていた。

 にらみ合っていたのは星が浜の不良連合と、月が浜の不良連合だった。

 月が浜の先頭に立つのは、市野雅都いちの まさとの許嫁であり右腕でもある、十季ときである。


 「女か。見たことない顔だが」


 星が浜の先頭に立つ、保死我破魔ホシガハマのリーダー、坂下勇さかした ゆうは呟いた。

 

 「フ、ゆう、女だからと言って油断するなよ」


 彼の右腕、丸本景まるもと けいはニヤリとしながら坂下の肩を叩く。

 しかし丸本も普通に油断していた。それもそのはず、月が浜の不良の数は明らかに星が浜勢よりも少ないのである。


 「拍子抜けだな。坂下、早くやっちまって決着をつけるぞ」


 星が浜を保死我破魔と二分する勢力である、武羅怒倶楽部ブラッドクラブのリーダー、陳内有人じんない ありひと―イニシャルを取ってAJと呼ばれている―が坂下の隣に立つ。


 「AJ、焦るなって」


 坂下は自らの後ろに立つ不良たちを一瞥した。皆相手陣営に向けて、ガンを飛ばし、今にも飛びかかろうとする勢いだ。

 再び月が浜勢の方を振り向くと、叫んだ。


 「おぉい月が浜のカスども!全ゴロシにしてやるからかかってこいや!」


 その叫びとほぼ同時に、両陣営がぶつかった。

 やはり人数で勝る星が浜勢が優勢に進める。


 「テメェが頭か!女だろうが関係ねぇ......ドタマかち割ってやるよ!」


 保死我破魔の構成員が十季のもとにたどり着き、彼女の首を取ろうと拳を振りかぶる、しかしその拳は空中で止まった。


 「がっ......!」


 彼女の屈強な護衛が、返り討ちにしたのだ。


 「十季様、お怪我はございませんか?」


 「大丈夫です。私のことはそんなに心配いりませんから、1人でも多く星が浜の奴らを消してください」


 そうは言っても、十季は月が浜の大富豪、市野家の御曹司、市野雅都の許嫁である。護衛は手厚くならざるを得ない。

 そんな事情もあり、月が浜勢は次第に追い詰められていった。気づけば、星が浜勢は月が浜勢を包囲していた。


 「くっ!どいつもこいつも手を抜きやがって......!」


 十季の護衛の1人が悔しそうに呟く。月が浜のレッドウォーターはいわば寄せ集め集団であり、参加している不良グループの割に人数が少なかった。各組織のリーダーがレッドウォーターに割く人員をケチったのである。


 「はっ!口ほどにもねぇな!」


 月が浜の不良を放り投げた坂下が勝利を確信して言った。


 「十季様、御心配なさらず、必ずお守りします」


 護衛の1人が十季にそう告げた。


 「姉ちゃん、タイマン張れよ!ビビってんのか?」


 星が浜勢からヤジが飛ぶ。

 それに続けて坂下はまくしたてる。


 「月が浜のシャバ憎が勘違いして俺らにケンカ売るからこういうことに......」


 しかし、坂下はセリフを最後まで言い切ることができなかった。

 視界がぐらりと揺れ、たまらず地面に突っ伏す。最初は何が起こっているか分からなかったが、すぐに後頭部に強烈な痛みが走った。

 後ろを見ると、バットを持った陳内が立っていた。


 「ぐっ!AJ!てめぇ......!ぐわぁっ!!!」


 なんとか声を振り絞った坂下だったが、頭をサッカーボールキックで蹴られ、気絶した。


 「何やってやがるんだ!......どわっ!」


 その様子を見てすっ飛んできた丸本は顎をフルスイングで打ち砕かれた。

 坂下と丸本が倒れると同時に、武羅怒倶楽部の不良たちが保死我破魔の不良たちに飛びかかった。思わぬ方向からの襲撃に、保死我破魔の不良たちはなすすべもなく倒れていった。


 「遅いですよ。AJ」


 「悪いな。見極めていたんだ」


 全てが終わり、星が浜の不良たちは武羅怒倶楽部を除き全滅した。

 不敵な笑みを見せて陳内に握手を求める十季。彼はひざまずいてその手に口づけをした。

 話はできていたのだ。陳内はレッドウォーターの侵攻をライバル組織である保死我破魔を壊滅させる好機ととらえ、内通していたのである。


 「それで、どうするんだ?」


 「星が浜学園に乗り込みます。もはや星が浜の不良は壊滅同然です。楽にやれるでしょう」


 我が物顔で道を闊歩するレッドウォーター。彼らの前にリムジンが現れた。

 車が止まると、ドアが開き、中からスーツを着た少年が出てきた。


 「十季、よくやった。やはりやり手だなぁ」


 「雅都様」


 降りてきたのは市野雅都だった。彼は満足そうに鼻を鳴らすと、横陣状に並ぶ不良たちの真ん中に割り込む。


 「さぁ、市野光稀いちのみつきをボコボコにして、土下座させて、泣かせてやるぅ!」


 「はい」


 雅都は、ついに『復讐』が達成できると思い、その心は躍っていた。



 †††



 私は走っていた。

 古島こじまからの連絡で、月が浜の不良どもが星が浜学園を襲撃していることを知った。


 「外道どもがっ!」


 イライラして1人叫ぶ。

 星が浜学園にヤンキーはいない。もし乗り込まれたら悲惨な結果になることは分かり切っている。しかもまだ放課後すぐの時間である。生徒たちは多く残っているはずだ。

 彼らに危害が及ぶことはなんとしても避けたい。


 学校に着くと、すでに荒れているようだった。

 机や椅子がグラウンドに放り出されている。レッドウォーターの不良と思われる数人がまるで検問のように校門に立って睨みをきかせている。


 「クソっ」


 私は身をかがめて壁に隠れる。


 「築城つきしろさん」


 名前を呼ばれる。

 声の方を向くと、古島と連闘会れんとうかいのメンバーがいた。


 「よく来てくれました」


 「どういう状況だ?」


 「見ての通り、レッドウォーターが星が浜学園を完全に占拠しました。生徒はほとんど逃げることができたようですが、3人だけ逃げ遅れて捕まっているようです」


 嫌な予感がする。


 「その3人っていうのは......」


 「はい。奥村 綾おくむら あやさん、咲下 玲香さきもと れいかさん、篠田 聖哉しのだ せいやさん。この3人です」


 「クソっ!クソっ!クソっ!」


 よりにもよって私の友達3人だった。


 「警察も様子だけ見て帰っていきました。どうやらレッドウォーターにはよほどの権力を持った人間がいるようです」


 「汚職ポリ公め......」


 「守りが手薄なのは東門と西門か?」


 「おっしゃる通り。二手に分かれましょう。注意を散漫させるのです。我々は西から行きます。築城さんは東から」


 「おう」


 「頼みます」


 そう言って古島たちは西門に向かって行った。


 「さて......行くか」


 私は間接をボキボキ鳴らす。

 

 「ごめん。光稀......」


 彼には悪いが、もうこういった状況になった以上、解決手段は暴力しかない。

 頬っぺたを叩いて気合を入れる。


 「待て」


 「ひゃぁっ!?」


 急に何者かに肩を叩かれて私は飛び上がった。


 「アンタ、築城さんだろ?」


 「あ、あぁ......お前は?」


 「俺は間宮まみやだ」


 「間宮......あっ!」


 間宮 遼太郎まみや りょうたろう。光稀のかつての親友だ。

 だかなぜ彼がここに......?


 「篠田くんから連絡を貰ってな。助けに来た」


 「意外な交友関係だな」


 「俺もそう思うよ。3人は2年3組の教室で監禁されているらしい」


 「私たちの教室だ......」


 「俺が火の粉を払う。築城さんはまっすぐ教室に向かってくれ」


 「分かった。ありがとう......」


 「なぁに。光稀の彼女のためだからな」


 「な!」


 驚く私を見て、間宮は笑った。

 


 つづく

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