⑯ 奇人の村(ハルトのコロナィ)と個体振動数
そして。
「なんだこれーっ!」
あっはっは、あっはっは、とアヒオはさっきからずっと笑い通しだ。
「えっと、うーん、かわいい・・・んじゃない? ニポ。」
あまりに、あまりに選べる言葉が少なすぎたのだ。機能を最優先に考えるとどうしてもデザインなど二の次三の次になる。
「あん? なんか言ったかいチペ?」
まあそれでも後ろでバカ笑いしているアヒオの声が届いていないのだから成功といえるだろう。頭とお腹、二つのまん丸で覆っているので雪だるまに手足が生えたような仕様になる。
「もう夜になっちゃったけどね・・・あ、ニポ、外して。は・ず・し・て。」
ぐい、と目まで隠れる大きな水粒袋と顔に隙間を作ってやってやっと言葉が伝わる。
面倒といえば面倒だが、これもニポのためなのだ。
「夜になっちゃったけど、どうするニポ? きみはまだ万全ではないでしょ? 今夜一晩ゆっくり休んでもいいんじゃないかな?」
目指す先は『ファウナ』の教会ほど離れていない場所らしいが、万が一を想定すると夜明けを待ってからの方がよかった。
「そうだぞ綿菓子頭巾。かっはっはっは、ホントよく似合ってんなーはっはっはっは。
あー、んでよ、おまえさんたちどこに行くんだっけか?」
まだまだ目が笑っているアヒオ。
ニポと仲良くなったリドミコはそれをたしなめている。
だが。
「・・・・・・。骨野ヶ原だよ。」
その単語には眠そうにしていたサムラキまでもが目をぱちりと開ける。
一方のアヒオは顔を引き攣らせたまま、訝るように声を絞った。
「おい・・・冗談だろ?・・・
「その言い方はやめてくんないかいっ!
・・・ま、どうせわかることだから先に言っとくけどさ、あそこはあたいらの故郷だし『ヲメデ党』の本拠地なんだ。
ヤシャを修理できる「えんぎにーる」も工房も、もうそこにしかないんだよ。原料になるバファ鉄が残ってるかどうかは際どいけどね、無いなら無いなりの修理しかできないさ。」
そう、いつもより声を抑えてニポは話す。
怒鳴り散らされもしなかったアヒオももう、だから笑ってはいなかった。
「おまえらばふぁてつがほしいのけ。んじゃもってきてやっからまってろ。」
そこで恩返しがしたくて仕方ないサムラキに何か思い当たる節があったのだろう、しゃべりながら聞き返すのも待たずに走り去っていく。
「あ、サムラキさ・・・行っちゃった。で、あのさニポ、骨野ヶ原ってなに?」
その名称がジアートの隠れ家でモクが壁に映された時に使われたのは憶えていた。しかしキぺが知っている村の外の町の名前など聖都オウキィくらいだ。
「・・・蔑称、だったな。これはおれが悪かった、ニポ。すまん。まさかあそこを故郷とする者に出会うなんて思わなかったんだ。
だがこの世間知らずのキぺにその集落の話をするんならおまえさん自らした方がいいんじゃないのか。おれですら一般的に云われている印象しか持ってない。
当然だよな。「コロナィ」なんて呼ばれる場所は普通の生活してたらまず関わることがないんだからよ。」
キペもいつかに習ったはずの「コロナィ」と呼ばれる集落は、多くの場合、教舎でもあまり触れることのない項目だった。また話題に上ることもほぼ皆無だったため憶えていなかったとしてもそれは不思議ではなかった。
「いいよ、わかってくれりゃ。だけどこれからそこに行くんだ。言葉には気をつけてくれないと例えあたいでもツマハジキにされるかもしれないんだよ。
・・・なあチペ、あんた「奇人の村」って聞いたことないかい? あたいらは「忘れな村」と名乗ってるけどさ・・・だろうね、ずーっと昔にゃ「悪いことすると奇人の村に連れてっちゃうぞ」なんていって子どもを叱ったらしいよ。そこに逃れた者たちの悲しみも知らずにね。
チペ。シクロロロンの翅、デカ過ぎると思わなかったかい?
なあアヒオ、あんたはずいぶん見識が広いようだから分かるだろうけどさ、ひと昔前ならまず間違いなくあの娘は差別されてたよね?
・・・たぶん、だからあの娘は捨てられたんだ。あんな不気味な、そして大きな[五つ目]の翅なんぞあれば奇異の目で見られるのは自然なこったろうさ。
アヒオ、あんたも初めから知ってたとは思うけどさ、あの娘は『ファウナ』の前総長を継いだ娘なんだ。占い師だかなんだかの予言にあった[五つ目]を翅に持っていたからってハナシだけどね、そういう予言と奇体な姿に『ファウナ』の連中も「勇者」像を見たんだろう。ただのシム人娘だったらこうはいかなかったはずだよ。
チペ、環境が環境なら奇跡のように見えるそれも、醜く変形していたら、ちょっとでも他のヒトと違っていたらガラリと変わっちまうモンなんだよ。
あんまり詳しい話はしたかないけどね、ヒトとしてすら扱われないなんてしょっちゅうだ。メトマのおっさんの言葉、憶えてるかい。
・・・とにかく、骨野ヶ原の者たちは苦しみから逃れて、やっと静かに暮らせる場所を見つけたんだ。あの連中にあんまり迷惑は掛けたくないんだよ。
『ヲメデ党』はモクじーさんが求めた理想に共感したあたいらだけで作ったモンだからね。
本当は他にテンプとベゼルってのもいたんだけどさ。ほらチペ、あんたに男用の党員服貸してやったろ、ありゃベゼルのなんだ。
はは、そいでもその二人とは途中で別れてそれっきり。残ったのがモクじーさんとあたいとパシェってワケさ。
ま、パシェはあたいの妹みたいなモンだからくっついてきちったんだけどね、同じ村の出身、ったってあたいらにいい感情を持ってるヒトばっかじゃないからさ。気乗りはしないんだよ。」
そういえばニポの生い立ちを聞いたのは初めてのことだった。
捨てられた、ということはなんとなく解っていたが、モクというユクジモのおじいさんが育てて『ヲメデ党』ができたものとばかり思っていたのだ。
「あのよニポ、ちょこらちょこらエレゼも言ってたんだがおまえさん、あの神徒モクの盗賊団のモンなのか? いや、実はおれもよくそこらへん詳しくないんで聞いたらマズイかと思ってたんだが、・・・そうか。
しかし世間の評判ってのはわかんねーもんだな。神徒モクがトチ狂ってして悪党になっただのってのが巷の声だがよ、三神徒と呼ばれた男が我欲に走るモンなのかなとは常々感じてはいたんだ。おべっかじゃなくてよ。
そっか、ハルト・・・骨野ヶ原を歩いた神徒がいたんだな。
ふー。改浄主義の神徒ばっかが台頭してた時代には考えられなかったことだろうな。あんまりおれも貧乏自慢するわけじゃないが子ども時分には苦労したからよ、そういうトコを見てくれる原理主義の神徒がいてくれたってだけでも救われる。
誤解してたみたいだな、おまえさんたちのこと。すまんなニポ。悪く言いすぎた。」
リドミコ、キペを挟んで丸テーブルを囲むと、いい塩梅にアヒオとニポは互いの目を真っ直ぐに見られる角度になる。
いつの間にか名前で呼び合うようになっていた二人を置いてけぼりをくらったままのキペとリドミコは固唾を呑んで見守っていたとか。
「ふん、いいさ。骨野ヶ原の出、ってだけで軽蔑されることもあるんだ。態度ひとつ変えないヤツがいるなんて思いもしなかったよ。
きひひ、ウチのチペは知らないだけかもしれないけどさ、いいね、あんたも気に入ったよアヒオ。どうだい、ウチに入らないかい?」
さらりと団員に勧誘する。少し具合の悪いキペは、あ、それいいな、と素直に思う。
「はっはっはっは、すべてが片付いたらもういっぺん声を掛けてくれ。そん時までに考えておく。
よし、とりあえず今夜はもう寝るとしよう。夜明けに出発でいいか? こっからはおまえさんの体に懸かってるからな。」
そう言って眠れる空き部屋の用意された家へと四人は向かっていった。
急ぐ気持ちはあったが、わずかな昼寝では快復とまではいかなかったようだ。
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