⑮ 方地覚(ほうちかく)と破振効果





 その後ヤアカとサムラキががすますくを、その他三人が苔マスクをつけて《膜》地帯を抜けてからは終始無言のままナナバの村へと歩いた。

 距離自体はそう大したものではなかったのだが、空腹の絶頂を越えたあとのフワフワした体に少しでも早く栄養と休息を与えたかったから。


 で。


「ではみなさん、急ごしらえですがこれを召し上がってください。カーチモネ卿には追って食糧の要請をしておきます。土産話があるので多少の無理は呑んでくれるでしょう。」


 そうヤアカが言い終えるより早く我先にと調理せずに食べられる保存食は帰還した者たちに平らげられてしまっていた。それを見越してか、向こうではサムラキの指示で村の者たちによる炊き出しの準備がなされている。

 路銀は『ファウナ』から申し訳程度に包んでもらっていたものの、ここはカーチモネ氏にツケてもらおうということで一同は遠慮なく作っているそばから食べ出していた。

 もうちょっとした獣みたいに見えた者も村の中にはあっただろう。


「くはー。食うと違うな、気分からなにから。な、リド。あ、リド、おまえさんまた虫の揚げもの残してんなー? ダメだぞ、ちゃんと食わないと。

 お、それよりよ、おまえさんらはどうするんだい?」


 そこでイヤな記憶が蘇るキペはこれでもかというほど大急ぎで揚げた虫をぱしゅんと掴んでぱしゅんと鍋に投げ込む。そして「あは、なんか手が滑っちゃったみたい。てへ」のようにやるも、わりと好き嫌いにうるさいニポがその隣で黒く染まっていた。悪魔みたいになっていた。


「どーするもこーするもないなやっ! 財宝神殿はフリダシに戻されたんだからに。

 それに聞けば日巡り三つも経ってたってハナシじゃないかなや? こっちは思いもよらぬ足止めで大幅に出遅れてしまってるんだにっ!

 ま、あの学者センセイとローセイの笠蓑青年はココに残るだろうがに、アタシはもちろん財宝目がけて一直線なんだなや。ぐひひ、目星もなんとなくついてるしなぃ。」


 ダイーダはどうやらまた一人で財宝神殿探索を兼ねた行商に出るようだ。

 他方アヒオの視線を受け取ったエレゼはさっきから生あくびばかりしている。


「あ、そうだニポ。体は大丈夫? 僕もリドミコも特になんともないみたいだけど、・・・エレゼさん・・・?」


 そう気遣い掛けた声に、やはり疲れた笑みを浮かべるだけのエレゼが答えを引き取る。


「ま、あんまり気にしなくていいよ。ただ、無茶はしてほしくないなぁ。」


 ろけとだっしゅで『ファウナ』の教会へ戻ることに釘を刺しているらしい。


「うーん、私たちはどうしましょう? どこか近くの村へでも行けば馬が借りられるかもしれま――――」

「近くにゃないよ。あの金持ちんトコでも行きゃーなんとかなるかもしれないがそうそう上手くはいかないさ。神官でもいりゃ別だろーけどねえ。」


 その発想さえ気楽に思えたのか、ぶっきらぼうにシクロロンの言葉を遮る。


 ダイハンエイでの移動を考えれば自分ひとりでなんとかしなければならない時なのに、パシェのためにと駆り立てたところで体はそう都合よく回復してくれないから苛立ってしまう。


「・・・はぁ。訊いてくれるなと思うだろうがよ、エレゼ。おまえさんあのデカブツん中で何をしてたんだ?」


 足止めは避けたいニポたちに急がないアヒオたちが馬を貸してもよかったのだが、エレゼを除いてもシクロロンとキペ、ニポの三人を乗せることになる。本来の馬の速度、とはいかないだろう。


「はぁー。そうだよねぇー、そりゃ訊いちゃうよねぇ・・・

 はぁ。えーとねぇ、簡単に言えばニポちゃんの個体振動に呼応して反応する〔ろぼ〕内の音をとにかく分散させたんだよ。

 細かいトコは省くけど、バファ鉄製の部品が「破振効果」を生むと共鳴閾値の振動を加速させたり転調させたりするからね、物理負荷やその回避反応でめまいや立ちくらみ、頭痛なんて体調不良も起こるのさ。


 この〔ろぼ〕は、操作者である「おぺれった」の体を蝕んで動くんじゃなくて、動かす時に「音」の負荷を与えてしまう、ってシロモノなんだよ。

 微弱な破振効果は短時間であればすぐに回復できるけど、度が過ぎると脳や内蔵にも影響が出るからねぇ。まぁ消化不良で出てきたニポちゃんのアレにも理由はきちんとあったってワケさ。


 で、どうにかして〔ろぼ〕内にいるニポちゃんに〔ろぼ〕から発せられる破振効果を遠ざける必要があったんだ。これもまた簡単に説明すれば〔ろぼ〕からの音が馴染みやすい音源を、ニポちゃん以外に複数作って壁にしたって段取りだよ。


 それに肉体は水が多いからねぇ。ヒトでニポちゃんを囲うだけで、いうなれば水の壁になるもの。破振効果の遮音にはうってつけなのさ。」


 くじけそうになるキペを他所に、アヒオはさらに食い下がる。


「なぁエレゼ、音源を作れるってことは音を操れるってことだろ? あのよ、むかし部頭・・・あるヒトが「ウラオト」って技を持ってたんだが、それはある音に対して正反対の波長をぶつけることで相殺できるってモンなんだけどよ、おまえさんはなぜそれをやらねぇんだ? たぶんおまえさんならやれるだろ?


 それともう一つ。シクロロンが言ってた、半裸女の命令にしか従わないってのはその声、つまりはおぺれったの音だけに反応するってことなのか?」


 知り合いか誰かが「音」というものに関連していたからだろう、とやたらしがみつくアヒオを訝っていたエレゼもそこで納得する。

 リドミコ以外に見せないようなキラキラした目をしていたからかもしれない。


「え? あ、じゃ、エレゼさんは音を操ればヒマたちを動かせるってことですか?」


 続くようにキペも尋ねる。今まで黙っていたのには不満が残るものの、ニポへの負荷が軽減されるのならダイハンエイの操縦をエレゼに任せたいから。


「えーっと、まとめて答えるね。

 まず、ウラオトのようなことをすれば〔ろぼ〕自体が動かなくなってしまうか、事によっては〔こあ〕やバファ鉄性の部品が破損してしまうんだよ。だから使えない。


 それから〔ろぼ〕の駆動に関しては理屈で通せばたぶんできるだろうけど、ボク本来の個体振動数を変調させてニポちゃんに合わせる上、さらに〔ろぼ〕内のバファ鉄による破振効果を受け入れる、ってことだから負担はニポちゃんより重いし続かないだろうなぁ。


 それとついでに言っておくと、ボクが操縦しても近くにニポちゃんを連れているのなら彼女への負担は変わらないよ。半分をボクが受け持つことにはなるとはいえ、防護策を取らない限りは無防備なままだからね。また、中にいるヒトの振動をニポちゃんに合わせてもやはり対症療法に過ぎないのさ。


 キペくん、キミとリドミコちゃんが今なんともないのはバファ鉄の破振効果を免れるためにキミたちの体が無意識に本来の固体振動数へ戻したからなんだ。


 ふふ、白状してしまうと神殿周辺の《膜》を過ぎて三体合体させた後からは、ボクとニポちゃんだけが反響する音の中で耐えていたんだよ。


 とにかく、ニポちゃんを〔ろぼ〕と共に行動させるならば遮音性の高いもので包むとかしなければ根本的な解決にはならないのさ。」


 愚痴を漏らすつもりはなかったが、頭と内臓に対する作用が堪えていた。いつものようにヘラヘラする余裕も見当らないほど。


「ったく相変わらずこむつかしい話ばっかりなんだなや。水の壁が欲しけりゃさんざ砕いて使わなかった吸水粒を使えばいいにっ! 水を吸わせて袋に詰めてそん中に盗っ人譲サンを入れておけばいいんだなぃっ!」


 もーほんとワケわからんに、とキペが投げ入れた揚げ虫を食べるダイーダ。


「・・・こう、なんつーか便宜的な感も否めないほど頭の回る商人だな、おまえさん。もうなんでさっきからむつかしい話をしてたんだかおれもわかんなくなっちまうよ、ほんと。」


 だから難しい話に喰らいついていたキペも感心する。

 あ、話がわからなくてもついていけるんだな、と。


「お気遣い痛み入るトコだけどねえ、残念なことにヤシャがもう動かないみたいなんだよ。

 部品の修理もそうだが〔こあ〕のあたいの断片が消耗したんだろう。停止状態になっちまってるからそれをなんとかすんのが先決さな。」


 食事も終えて気分が優れてきたニポが首をこきこき鳴らしてシクロロンを見遣る。

 シクロロンがいたことで助けられた場面は確かにあった。しかし定員オーバーの無理を通してここまでやってきたものをもう一度またやってのけるのは骨が折れることだった。


「え、じゃあどうするのニポ? っていうかそれじゃヒマやコマもいつか動かなくなるってこと?

 でもそしたら、コマたちの修理所が破壊されてしまった今どうやって直せば・・・あ!」


 あ、そういえば、と思い出すキペに、黙るよう目で伝えるニポ。


 ニポたちのこれからの動向をむざむざ『ファウナ』の総長に漏らすことは避けたいようだ。


「ニポさん・・・私は、周りのヒトたちの目を見て、そこに神経をすり減らして自分の一歩を選んできました。自由に歩むあなたから見れば卑しくも映るでしょうけど、だから、察しがつくんです。


 あなたは彼ら〔ろぼ〕を直したいけど、他の者、なかんずく私に知られたくはないのですよね。そして、しかし同時にパシェちゃんのことも心配で仕方ない。そうでしょう?

 ・・・お兄さま、シャコ馬をこの路銀で貸してはいただけませんか。」


 突然話しかけられてびっくりするアヒオ。

 真剣なまなざしの奥のその決意に共感するところはあるが――――


 とんとん。


「・・・リド。・・・ふふ、そうだな。おまえさんがいいってんなら断る理由なんてありゃしないか。

 いいぜ。持ってきなシクロロン。おれたちゃそんなに急いでない。」


 ぱはあっ、とリドミコはアヒオの言葉に顔を晴れ晴れとさせる。

 それを見て、アヒオはもっとうれしくなる。


 シクロロンが喜ぶことで喜ぶリドミコを見ていられるだけで、アヒオはふわりと全てが満たされるから。


「ちょっと待ちなお飾り蝶々。あんたまさかあたいが信用するとでも思ってんのかい?」


 ローセイ人が世話していたシャコ馬はせいぜい二人を乗せて走るのが限界だ。

 エレゼを除いても三人、そしてキペを置いていくつもりのないニポたち二人だけを乗せて教会へ走らせたとしても、シクロロンがいなければパシェを引き取るのは不可能だろう。


『ファウナ』へ最速で引き返すことができ、かつ神殿の報告とパシェ解放の交渉をこなすためには馬に乗るのがシクロロンただ一人、という結果になる。

 ニポが頷かないのは当然だった。


「・・・私もずっと気にはしていたんです。酷いことはされていないと信じていますが、あなたがたは私たちにとって敵ではないと確信しています。


 私は・・・パシェちゃんの無事の確認と、解放を一刻も早く遂げたいんです。

 それにあなたがたが〔ろぼ〕の修理にどこかへ赴くのであればやはりそこでも私は足手まといになるでしょう。ならばその間に私が戻って――――」

「あんたが戻ってココで見たこと聞いたこと全部連中に話してくれるってかい?

 そうなりゃあんたらはいいだろう。だがこっちゃ手札がなくなっちまうんだよっ!


 交渉ってモンがわかってんのかいっ? あたいらにしてみりゃあんたも語り部もせっかくの手札をタレ流しちまう敵みたいなモンなんだよっ!

 ・・・くそっ、ヤシャが動いてくれれば・・・」


 手離すわけにはいかなかった。

 仮構帯や神殿での話をもってしても「パシェ付きの無罪放免」が勝ち取れるか疑問なのに、それをみすみす折衝ヌキで譲るなど愚の骨頂だ。


「・・・ニポ。僕やコマたちならいいよ、ちゃんとここで待ってるから。きみはシクロロンと二人で――――」

「そうじゃないっ! はな・・・離れるのが、イヤなんだよっ!」


 家族のいないニポの、それが本音だった。


「ニポさん・・・・・・・はぁ。


 その心配、私にわかるとは言いません。でもニポさんが大切に思っているパシェちゃんだから私も心配なんです。私が、なんとかし――――」

「できるもんかいっ! 所詮お飾りのあんたなんぞが戻ったところで情報を引き出されればお役御免でまた塵積みの玉座に据えられるだけだろっ! 

 あんただって解ってるんじゃないのかい? あの組織であんたなんざ上役とイモーハを繋いでおくためのただの小道具に過ぎないんだよっ! 


 実力のないあんたをどう信用しろってんだっ! あんたみたいな小娘に何ができるってんだよっ!」


 怒りは最頂点に達している。

 ヤシャたちのこと、パシェのことを最も効率よく的確に処理できる妙案を考えているまっ最中に甘ったれた呑気な横槍を入れられているとしか思えなかったから。


「・・・や、やりますよ。私は・・・私は、何も、何もできない小娘なんかじゃないっ!

 私は、『ファウナ革命戦線』の総長ですっ! 


 子どもも傷つけさせないっ! 戦も起こさせないっ! 歳も生まれも種族も超えて、私が全てを指揮しますっ!」


 ニポに、というより自分に、今までの自分に訣別の意味を込めて宣言する。

 ここまで声を荒らげたことなど、思えば一度もなかったことだ。


「・・・んー、まだ信用できないみたいだねぇニポちゃん。

 というわけでどうだろう、ボクがいわば後見人になるってのは。・・・はは、ボクもあんまり信用されてないみたいだねぇ。

 でも大丈夫。あまり核心については話せないけど・・・あ、これが不信を招いてるのか・・・でもボクの目的は前に言ったはずだ。


 そして今、最も用事があるのはニポちゃん、キミの家族のようなパシェちゃんとモクさんなんだよ。訊きたいこと確かめたいことがあるんでねぇ、安全は必ず確保しなくちゃならない。

 教会にいた時は穏便に、また秘密裏に行動したかったから敢えて何もしなかったけどねぇ、ボクの素性がだいぶバレてしまった今となっては二の足を踏んではいられないんだ。


 ロロンちゃんとボク、二人分の信用を束ねてくれないかな? キミ一人では背負いきれないその一端を担わせるには足りる信用だと思うけどなぁ。」


 なまじ仲介役として名乗り出たのでは疑念を煽っただけかもしれない。しかしそれを読み取ってエレゼは自身の目的を明かした。


 何を企んでいるのか全くわからない輩では納得いかないものも、方向性が判明しその途上に「パシェの保護」があるなら危険視する事由は格段に減ることになる。

 とはいえエレゼの言うとおりシクロロン一人よりはマシになっても、ニポはまだ手を差し出す気分になれないでいた。


「ねえニポ。みんなそれぞれに目的があるんだ。僕らに「モクさんを取り戻す」ってことがあるようにね。

 まぁ僕の場合は風読みさまのところに連れてってもらえるまでなんだかずいぶん遠回りしてる気もするけど、シクロロンたちだっていつまでも僕ら『ヲメデ党』に構っているわけにはいかないと思わない? 彼らとしてはこの風の神殿の情報と「僕らが他言しない」って確約だけが目的だと思うんだ。


 ねえニポ、一緒にあの神殿に向かった仲間でしょ? きみの体を一番に気に掛けていたのはシクロロンなんだよ? 

 ニポ、パシェのことはシクロロンに任せていいと思う。そして僕らは僕らで一刻も早く〔ろぼ〕を直そう。」


 少しだけ、ニポの胸はつんとなる。

 モクを救出したら、と交わした約束を思い出してしまったから。


「・・・だけど、ヤシャが動かない以上は方地覚ほうちかくせんそるが機能しない。目的地への正確な方位がわからないんだよ。


 誤算だった。ろけとだっしゅを使いすぎたんだね。なんとなくの方角に頼ってたんじゃ辿り着くのがいつになるのかわりゃしないよ。」


 悩むニポの隣で、ぴこーんとひらめくキペ。

 その聞こえない、ぴこーん、に反応するリドミコはアヒオのマントを引っ張ってうんうん、と言う。


「・・・くぉっ!・・・あぁなんて、なんて甲斐甲斐しいんだリドっ! もう、もう、言おう。愛してるぞリドぉぉぉっ! あ、悪い、ちょ、涙が・・・」


 やさしすぎて光り輝くリドミコに眩むアヒオ。

 この二人に関しては水と日光があればあとは何も要らないのかもしれない。


「え? 本当にいいの、リドミコ? アヒオさんも・・・

 ふふ。ねえニポ、方角ならいま大丈夫になったよ。ユクジモ人の方地覚なら代わりになるでしょ?」


 え、と顔を上げるニポに、大丈夫、と微笑みかけるキペ。

 その隣ではリドミコも無邪気に笑い、アヒオがよだれと涙と洟水を垂れ流しながら気絶しかけていた。


「あ、だけどなハミダシ前歯、用が済んだらおれたちを浮島シオンまで運んでくれよ。

 そんくらいは頼めるよな?」


 言うほど前歯は出てないニポはくすりと笑い、ああ、とだけ答えた。

 なにか、あたたかいものが胸に広がるのを感じながら。


「んー? じゃあボクらはそうだねぇ、戻ったらシオンにパシェちゃんを連れて行くっていうのはどうだろう?

 まぁロロンちゃんは『ファウナ』で色々やることがあるだろうけど、ボクも無罪放免にしてもらって、パシェちゃんを連れてシオンで落ち合う。そこで敷物を広げながらお弁当でも食べたいねぇ。ハイミンを眺めながらなんてさぞ素敵だろう。うん、これは名案だ。」


 性欲以外にも叙情的な感性を持ち合わせていたエレゼにびっくりする。


「ニポさん、見ていてくださいね。平和な浮島シオンへパシェちゃんを必ず連れていきますから。

 さ、エレゼさん、行きましょう。」


 おやまぁそんなに急がなくても、とちょっとうれしそうにエレゼはシクロロンに続いてシャコ馬へ向かった。


「どれ、アタシもじゃあ行こうかなや。吸水粒はもう粉々で商品にならないからオタクらにやるに。

 いろんなモン見せてもらった礼だなぃ。んじゃ、またどこかでなや。」


 そうしてダイーダが立ち去ると、代わりにサムラキが戻ってきた。キペたちへの配慮について村長たちに伝え終えたのだろう。


「サムラキさん、お世話になりましたね。本当に効き目があるのかはわかりませんけど、さ、僕の血をどうぞ。」


 シクロロンが残していった縫い針を膨らんだ血管に刺す。

 もちろん痛いのだが、これが誰かのためになると言い聞かせればへっちゃらだった。


「ほしのにぺ。ありがと。・・・きずつけてくれてまで、ありがと。」


 どういうカラクリなのか分からず終いだったが仮構帯の姿が本来のものとするなら、このキぺとニポの名前をごっちゃにしている今のサムラキが痛々しかった。


 ちうちうちう。


「ぷはー。おらいがいとちがすきかも。」


 空恐ろしいことを言ってくれる。


 そんな幼いサムラキがすぐに仮構帯で見たあの姿に戻ることはないながら、ささやかな期待が余裕になったのだろう。不安の拭い去られた表情はすっかり晴れやかだった。


「ふふ、でも今はここらへんで。色々ありがとうサムラキさん。あ、そうだ、ちょっと手伝ってもらっていいですか? アヒオさんも。」


 なるべく早く出立したかったのもあり、一人でよりも三人で、ということでダイーダが示したニポ専用の防護服を作ることにする。


「んな? おれにもか、おい? まったく、よしてくれよ裁縫なんておまえさん・・・・・・あ、あれ? なんかこう、えと、ちょと待てキペ、なんだおい、おお待て、なんかこう、わかるかな、えっと、伝わるかキペ? えと、なんつーかその、おもしれぇなコレっ!」


 応用、応用、の奇抜な策を瞬時に描き選び取ることを信条としてきた元・暗足部員には意外にもこの地味な単純作業が逆に新鮮に映ったのかもしれない。


 さておきエレゼの話と併せて再考すると、「ニポの安全確保のため」袋の中に閉じ込めてしまっては共鳴(ニポ→〔こあ〕のバファ鉄)に共鳴(〔こあ〕のバファ鉄→ニポ)して初めて動くはずの〔ろぼ〕が動かなくなってしまうので、部分的には露出するよう工夫しなければならない。

 とはいえ副作用の症状や影響を鑑みれば頭と胴体は最低でも覆う必要がある。そのため腕や脚は剥き出しで辛抱してもらうことになりそうだ。


 他方、針路決定を担うニポとリドミコはコマ号内部にざっくりと示された地図ぱねぃを見ながら外へ出て方角や地形的な最短距離を確かめていた。山や鬱蒼と茂る森があるため一直線には走れないからだろう、目算で妥当な当座のルートを確認しているようだ。


「アヒオさん、・・・ふふ、こういうのも、なんかいいですよね。」


 そんな二人の様子をちらと見たキペも意外に思えたようだ。

 一切言葉を発することのないリドミコと、怒ってばかりのニポというほぼ対極にある女の子同士が何かこしょこしょやりながら笑っている様は和ませてくれる。


「・・・だな。だがよ、おれたちを繋げたのは・・・いや、なんでもない。けけ、それよか早くコレ縫っちまおうぜ、キぺ。」


 ファウナ系を嫌うフロラ系も、またその逆もいる世界で、しかも満足に言葉も交わせない中であんなに違う性格の二人が笑い合っていることに、作業の手はなんだかんだと言いながら自然とおろそかになってしまう。


 それを知ってか知らずかキペに恩のあるサムラキは一心不乱に、そして縫い合わせる作業におもしろみを感じていたアヒオは夢中になって進めていった。

 途中一度だけ昼寝を挟んで続けられたが、誰も不平はこぼさなかった。

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