⑪ 第八人種と〈契約〉





 そこへ割って入る「資格者」。


「・・・じゃあ、僕が尋ねたら答えてくれるんですね、リドミコの中の語り部さん。

 だって、きみは〈木の精霊〉さんなんでしょう?


 さっき「我々と遠縁のフロラ」って言ってたし、それに僕、きみたちの雰囲気を知ってるんだ。見習いの儀式の時にこの金色の景色を見たことがあったもの。なんでだか忘れちゃってたけど、ここへ来て、きみたちと話して確信したよ。


 ・・・さ、〈木の精霊〉さん、教えて。〈木の契約〉についての様々なこと。」


 半歩進み出て膝を折るキペ。

 目を閉ざしたままのリドミコに、その視線はまっすぐ向かっていた。


「ふふ、盛りだくさん間違っているがな。・・・だが答えよう、異質なるハウルドのキペ。

 ただし我々ではなく、彼らが、な。」



 るりりーんっ!


 とそこでリドミコの見遣った先に葉っぱの尻尾をつけた可愛らしい小さなヒトが現れた。

 ちなみに効果音はニポによる強い希望でこうなったと思っていただきたい。


「うぉぶもーっ! よ、よ、妖精にゃーんっ!」


 イメージ通りの妖精っぽさ丸出しの〈木の精霊〉にニポは釘付けになる。

 リドミコの中の見えざる者がどんな仮象体なのかは未確認ながら、少なくともキペと〈契約〉を交わした見えざる者はジャストミートだったらしい。ジャストミートって古いかな。


「うふ。やっと呼んでくれましたね、キペ=ローシェ。」


 その姿に似つかわしく女の子らしくしゃべるよう設定されているのだろうが、もうそういうところがツボだったのだろう、ニポはキペを押し退けて〈木の精霊〉を手に乗せる。


 ふふ、ニポもけっこうカワイイところあるんだな、なんつって弾き飛ばされ地面にひれ伏したキペはほくほく笑んでいたのだがそこにいた一同はニポの横暴に顔をほころばせるキペをたいそう憐れんだそうな。


「認識を感知して仮象体は仮構帯に成立する。

 ただここはその〈木の精霊〉の仮構帯ではないために自動で現れる仕組みにはなかったのだ。我々はこの巫女の意識に根を下ろしているので仮象体として形を帯びることはないい上、意識のないこの巫女もまたここで声を発することはない。


 従って我々に尋ねることのできる唯一の存在であるこの巫女が我々に〈契約〉について訊くことはできないものの、意識とは別に見えざる者を持ち合わせ――――」

「うるっさいねーっ! この妖精にゃんがしゃべれないだろっ! あんたさっきからしゃべり過ぎなんだよっ! 今ちょっとこの妖精にゃんがなんかしゃべろうとしてたんだぞっ! ったく。

 ・・・ねー、妖精にゃーん。」


 怒涛の勢いで世界の構造をわりかし丁寧に説明してくれていたリドミコを黙らせるニポ。


 ある意味では純粋な少女と言えなくもないが、純粋というきれいなイメージの女ではなかった。


「ニポ、妖精さんもなんか苦笑いしてるよ・・・まぁ、いっか。


 えっと、あ、可愛いね、きみ。はは、えっと・・・あれ、なに聞けばいいんだっけ。」


 どずん、とそこで重い重い裏拳がキペの顔のど真ん中にめり込む。

 キペ所有の〈木の精霊〉はもはや怯えてすらいる。


「お、あふ・・・ああ、そうだ。〈契約〉について、教えてくれるかな。はは。」


 ニポの傀儡・キペを皆はその人種・部族を越えて応援する。がんばれ、負けるな、と。


「あの、大丈夫ですか?・・・あ、いつものことなんですか。それはお気の毒に・・・

 ええと、あなたとの〈契約〉についての内容開示ですね。了解しました。


 では告げます、我が主・キペ=ローシェ。


 わたしたちはあなたの血の状態堅持と変体進化による抗体許容の体質変化を約束しました。そしてあなたは同種亜族との〈契約〉及びわたしたちに害を為す一切の行為の拒絶を約束しました。」


 難しい、という感情による理解の遮断がなされない空間であるために多少わかりづらいことも把握できたキペだが、やはりモノには限界があった。


「うーん、ごめん、もう少しわかりやすく言えるかな。ごめんね、僕、バカだから。」


 ごめんね、というキペに、いいえ、わたしこそ、と畏まる〈木の精霊〉。


 その爪の垢をもし奪取することができたら一目散にニポに飲ませたい人格だった。


「我々〈木の精霊〉とはそもそもそこなサイウンの語り部が言った通り超然能力というものを与えはするが、他種の感応統御のような作用はないの――――」

「だから黙ってろって言ってんだろっ! あたいの妖精にゃんこちゃんがしゃべれなくなんじゃないのさっ!・・・ったく。


 ねー、にゃんこちゃーん。」


 どこか既視感のある光景だなーと思っていると、あ、アヒオさんっぽいんだ、とキペは気づき、またもや顔をほころばせる。


 ついに他者が怒鳴りつけられる様を見ても笑みを浮かべるようになってしまったキペに一同はおよそ罪責感すら抱くようになる。


「あ・・・あぇ、っと。わたしたちは〈契約者〉であるキペ=ローシェの血を維持させることを約束したのです。

 その血はわたしたち見えざる者を受け入れた後であっても、個人差はありますが年月や環境で弱まり失われていくことがあります。そのための保持をなるべくがんばる、という内容です。


 また、わたしたち第八人種というのはちょと想像しにくいかもしれませんが、カビなどの菌類よりもっともっと小さな個体でできているんです。

 えと、《膜》の菌界はご覧になりましたね? あれはわたしたちが集まった「霧」ではなくて、わたしたちが「住んでいる」菌が集まってそう見えているのです。


 そんな小さな小さなわたしたちは《膜》の菌に対する抵抗力はあっても他の病原菌やいわゆるバイキンにはほとんど無力ですし、わたしたちを取り入れたなら保持には栄養が必要になります。そのためわたしたちと〈契約〉することに利点を見出せないかたもままあります。


 あ、そうそう、それからわたしたちは宿主・キペ=ローシェの血の変体もお手伝いすると約束しました。


〈契約〉は重複することができないのはご存知かと思います。〈契約〉とは宿主の中にわたしたちを住まわせる、ということですから、他族の見えざる者が入り込んでくるとどうしても争うことになってしまうのです。

 そうなるとどちらか、あるいは両方の見えざる者が死滅することになったり、最悪の場合、宿主の命に関わることがあります。

 しかしそんな危険を回避するための変体進化をわたしたちは導くことができるのです。えっへん。


 ですが気をつけてください。


 わたしたちは他族の見えざる者をある程度時間を掛けて宿主の血に馴染ませるだけで、無敵になれるわけではありません。


 また、わたしたちに限らず同族同士の重複〈契約〉は他族と違って危険を察知することができないため回避することができません。


 覚醒子の個々人に合わせて、受け入れる「定着」、繁殖する「同化」、能力を引き出す経路を築く「順応」という三つの過程を経たわたしたち見えざる者にとって新たな同種の亜族は、敵と見なして戦おうとせず受け入れてしまうために他族以上に危険な存在となってしまうからです。


 それから、《オールド・ハート》保持者、えと、つまり通常の覚醒子は〈契約〉を取り交わせる可能性が高い、というだけなので変体進化が施せなかったり時間がもっと掛かったりしてしまうこともあるので注意が必要です。


 あ、でも我が宿主・キペ=ローシェはもうずぅっと前に定着させていただいてましたので、同化、順応はきちんと達成できていますからご安心くださいね。

 ・・・ええと、わかっていただけましたか?」


 本当は黒目がどっかにいっていたキペだったが「えっへん」のところで最高潮に達していたニポの後ろ回し蹴りにより笑顔を取り戻していた。


「わかったにゃーんっ! でもね妖精にゃん、えーとね、もし知ってたらでいーんだけど〔ヒヱヰキ〕ってなんだか知ってるかにゃん?

 おねーさん、教えてほしーにゃーんっ!」


 けけけ、ナニが「にゃん」だよ、と嘲笑していたアヒオがどずんと鮮やかなオーバーヘッドキックの急襲に倒れる。


 元暗足部のエースを失った今、ニポと戦える者はもはや皆無だ。


「あの・・・大丈夫ですか?・・・あ、だいぶ悔しそうにしてますけど・・・いいんですか? そうですか。


 ・・・あ、えっと、ごめんなさい。わたしたちには〔ヒヱヰキ〕というものが何なのかわかりません。あの、ごめんなさい。本当にすみませんでした。」


 かなり必死に謝る〈木の精霊〉。

 何をしでかすかわからないニポに怯えきっているのが体の震えからも明らかだ。


「いいにゃーんっ! おねーさんは妖精にゃんと話せたからいーのだにゃーんっ!


 ・・・というわけだちびっこ。あんたにしゃべらせてやるよ。〔ヒヱヰキ〕ってのは何なんだい。」


 キペの手を借りて立ち上がるアヒオもニポが誰かを人質に取られていると知ったためだろう、その動向を見つめている。


「ふん、実物は知らぬな。継がれた我々の記憶によればそれは神代における「最強の力」だったという。

 しかし〔ヒヱヰキ〕について語られることは禁忌とすらされているのでな、メタローグであってもその全容を説明してはくれまい。おそらくユニローグにふれなければ知りうることはできないだろう。


 ただひとつ我々の継がれた記憶から言わせてもらえば、禁じられ閉ざされるものには相応の理由があり、閉ざされるものは閉ざされるべき場所にあるということだ。

 いたずらに興味でその扉を開けるべきではないだろうな。・・・質問はそれだけか。」


 とりあえず手土産はできた。


 できれば『ファウナ』との交渉では小出しにして取り引きしたいところだがシクロロンも同席しているためにそれは難しいだろう。

 その代わりニポたちの努力は『ファウナ革命戦線』の総長という証人を得たことで大きな信憑性は確保できる。


 あとはここで見聞したことと引き換えにパシェを受け取るだけなのだが、単純に考えて『ファウナ』の重要なアジトを知ったニポたちを無罪放免にしてくれるとは思えなかった。

 なんらかの提案なり機転を利かせた交渉で臨まない限りは容易く片付いてくれない駆け引きになるだろう。


「あの、リドミコ、でいいかな。呼びづらいから。

 あのさ、僕の考え方が合ってればの話なんだけど、順応までの段階を経た僕は「他族」にあたるそこの〈時の精霊〉さんとも重複の〈契約〉ができるってことなの?」


 ぐおん、と思索にふけっていたニポが振り見て再度リドミコに目を向ける。


「ふう、ようやく話が繋がってきたか。


 この仮構帯はカラカラの経典を抱いていたからこそ特殊な《ロクリエの祈り》によって守られ閉ざされてきたのだ。しかし同時にそこな〈時の精霊〉それ自体の庭でもある。


 そしてこの場において〈契約〉を交わせる自我を持つヒトはお前しかいない。

 ・・・そこの〈時の精霊〉はずっとお前に呼びかけていたのだ。」


 エレゼが「キペのための時間だ」と言ったのはこのことだったらしい。そのことに頭がいくとやはり、まだまだエレゼに全幅の信頼を置くことはできないだろう。


「やっぱりそっか。・・・ねぇ妖精さん、もう一度確認するけどこの〈時の精霊〉さんと〈契約〉してもきみたちを傷つけたりはしない? 

 きみたちのことも心配だけど、今の僕は免疫の過剰反応で倒れてはいられないんだ。助けなきゃいけない子どもが僕らを待ってるから。」


 ニポが騒いでいた「人質」が子どもなのだと、そこで他の者たちにも知れることとなる。

 リドミコやハユのような子どもを大切に思うキペを知るアヒオはじれったかったこれらのやり取りに口を挟むのを控えた。


「はい、大丈夫です。順応したあなたの体はもう充分、適応体質に変体しています。

 異族であっても同じ見えざる者ですから、手を差し伸べて下さるなら歓迎しますよ、キペ=ローシェ。」


 ニポの手の平からニッコリと笑みを送る〈木の精霊〉に、うん、と頷くと、キペはさっきからずっと皆の目障りになっていた〈時の精霊〉に目を向ける。


「〈時の精霊〉さん、〈契約〉の内容開示を、このサムラキさんにも聞こえるよう、そして僕にもわかるよう、お願いします。」


 ふあっと、だからサムラキは顔を緩める。

 それは誰か他の〈契約者〉を探さねばならなかった彼のためのキペの発案だった。


〈契約〉による〔魔力〕の獲得に興味はなかったが、取り交わせる者とだけ交信できるのが決まりなのだから、《オールド・ハート》を持ち、重複〈契約〉できる自分しかいないと思ったのだ。


「了解シタ。キペ=ローシェ。ワレラハ個体成長速度ノ感応統御・・・エェト、宿主ノ意志デソノ肉体ノ成長速度ヲ変速サセル指示ヲ全ウデキル。ワレラニ害為ス如何ナル行為カラモソノ目ヲ背ケルト誓ウノナラ、定着ノ発動ト、コノ仮構帯ノ閉止ヲ実行スル。」


 ぷかぷか浮かぶ〈時の精霊〉はそう告げ、ゆっくりとキペに近づいてくる。


「なんと。この仮構帯なる空間は〈契約〉の成立をもってのみ脱出できる、ということだったのですかな。


 ワタシもいつになったらこの夢のような時間が閉ざされるのかと思っていたところですが、まさかこのように強制じみたものとは・・・」


 通常の「精霊の庭」である仮構帯であれば有資格者だけを選んで引き込み〈契約〉の可否を問うだけだが、この仮構帯は七つの血を要する《ロクリエの祈り》に固く守られている領域だったためにおいそれと出入りを自由にさせられなかったのだろう。


「大丈夫。〈契約〉を僕が結べばいいだけの話です。

 ただ、ねぇ〈時の精霊〉さん。あなたに害為す行為のうち、非覚醒子に反応することって何かありませんか?」


 他の精霊(第八人種)との重複〈契約〉を、変体進化の済まないうちに取り決めることが見えざる者にとっての「害為す行為」であることはわかっている。


 だがそれは覚醒子にだけ課せられた責務であって《オールド・ハート》もないサムラキにはどうしようもないことだった。


「・・・ソレハ、・・・エ、宿主ガ死ヌトカ・・・アトハ・・・エ?」


 されたことのない質問だったのか本気で戸惑う〈時の精霊〉。最終的には聞き直しちゃう始末。


 キペたちにはこう今ひとつ緊張感がないのだが、どうやらそれは仮象体にまで伝播してしまうらしい。


「かーっ、もうなんだかよくわかんないコトをぐにゃぐにゃうるさいに。ヌイ青年の血にはそこの妖精さんやこれからその逆さ雫の妖精さんが入ってくるんだなや? 

 だったらその血をそこの笠蓑ローセイ人にくれてやればいいんだなぃ。

 あとは中でケンカしてどーにかなる、ってさっき言ってなかったかに?」


 ぬおうんっ、とサムラキが目を剥いてダイーダを見つめる。見えざる者でありメルの語り部でもあったリドミコの第八人種すらも思いつかなかった提案だったから。


「行商人ダイーダ・・・お前は何かこう、奇抜なことを思いつくな。

 しかし古来種のサムラキ、お前が〈契約〉による〔魔力〕を受け継いだのではなく先代の血から彼ら第八人種をまるごと受け継いだのであれば同種亜族の〈時の精霊〉取り込みにより消滅できるかもしれん。

 覚醒子でないお前の中でお前の先祖が結んだ〈時の契約〉が生きていることもそうだが、〔魔力〕をその身で統御できていないこと自体が異常なのだ。

 先祖の〈契約〉の暴走に横から新たな〈契約〉を「強制更新」するとなれば危険は伴うだろう。だがそれによって強引に新たな〈契約〉が成立するか新旧両者が完全に破棄されるかするだろう。未だ謎の多い古来種だからな、賭ける値打ちのある話だと思うぞ。」


 そうなるといよいよ結ばねばならない展開になるも実はキペは楽しんでいた。

 ほんのちょっとだけ足りていないキペは、仮構帯をヌキにこのような精霊たちとおしゃべりができたらいいなぁ、と考えていたからだ。

 姿や声といった仮象体がこの特異な環境下ででしか実体化されないことを見事に忘れてしまっているから仕方がない。


「よかったぁ、なんとかなりそうですね。ふふ。じゃ、よし、それじゃお願いします。

〈時の契約〉を、やりまーすっ!」


 変な言い方でばしっと手を挙げるキペ。


 すると一行はそんな場面を見たような見ていないようなまどろみの時の渦へ流れ落ち、消え行く意識の中で〈時の精霊〉の「了解シタ」の一言だけを聞いて意識を失った。



 そうして闇に向かったのか、闇に戻ったのか要領得ないままに時は一同を次の一瞬へと転がしていく。

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