⓾ 仮構帯(かこうたい)と仮象体(かしょうたい)





「う・・・ん。」


 まどろむような灯りに起こされ目を開けると、そこには金色の世界が広がっていた。


「醒めたか、異質なるハウルドのキペ。他の者もじきに起きる。心配するな。」


 相変わらず無愛想な顔でリドミコは横たわるキペを見下ろしてそう告げる。

 見渡せばそこは仕切りもなければ天井も地面も隔たりなく、穏やかな金色のグラデーションに任せるまま続いているだけ。

 この空間が一体なんなのかキペには想像もできなかった。


「え? でも・・・」


 それでも、エレゼの錘絃に出会った時のように記憶のどこかが共鳴する懐かしさのようなものは感じていた。


「うーん、よいしょっと。・・・なるほどねぇ、こういう仕掛けだったのか。

 誰一人リバイン・ハウルドの中に入れなかったわけだ。」


 そんな声と共に金色の世界にエレゼが現れる。

 そしてそこで、他の者たちの姿が見えないことにハッとした。


「あれ、ここは? いや、ニポとかアヒオさんは? 僕らはどうなって・・・」


 戸惑いから大きくなったキペの声に目が覚めたのか、起き上がる者たちが声と一緒に世界に生まれてくる。


 突然ぱっと現れたのか徐々に姿が見えてきたのかは頭が混乱していてよくわからないものの、声がした所にヒトがいても違和感を覚えないように、その「登場」には疑問が浮かばなかった。


「ワタシも合理的な学者を自負してきたのですが・・・ふふふ、これがあなたの言う「奇跡」ならばそのままを受け入れるしかないようですな。降参です。」


 まさか遺跡調査で白昼夢を集団で経験するなど夢にも思わなかっただろう。


「さーて困ったね、どうやらあたい一人の夢まぼろしってんじゃなさそうだ。

 おのおの意識もあるとなりゃ現実ってことなんだろ、こりゃ。」


 さきほどフラフラとしていたニポがしっかと立ってエレゼとリドミコを睨む。

 よろよろになっていたアヒオも体に不具合はなさそうだ。


「もうすぐ見えるよ。ここはね、〈時の精霊〉の庭だから。」


 だのでもう全員がびっくりする。


 なんだそれ、あんたそんなキャラだったっけ、とでも言うように。


「ぬぁ? おまえさんなんかずいぶんしっかりしゃべるな。なんだ、やればできる子だったのか。」


 顔かたちはそのままだったが少し照れたようにしてサムラキは言葉を続ける。


「星の中の見えざる者、それにサイウンの語り部はおおよそ察しがついていると思うけどね、ここはいわばおらたちの精神世界なんだよ。

 ただし、すべてが無規格なわけではないから・・・ほら、現れた。」


 す、とそこに現れた逆さ雫型の影のようなものに、皆が現れた時と同じく驚くことはなかった。


「・・待ッテイタ。ズット、待ッテイタ。〈契約〉ヲ乞ウ者ハアルカ。」


 およそヒトとは思えない、ぷかぷか浮かぶ逆さ雫型の影がその発話者だとわかる。

 そして誰もが困惑することなく不思議と言葉の意味を正しく理解できる。


「今は気にするな。我々が見せたいものは他にある。ここへ来なければ叶わなかった上、話してもお前たちには解せなかっただろう。


 見ての通りこの空間は現実世界には存在しない。しかし肉体が認識せずとも意識が承認する世界だ。言葉は風に流されず整い頭の中で形となる。

 ただ、空想の暴走だけは食い止められるよう場所や形はある程度規格化された認知に至るよう組み込まれている。この空間が無辺大の金色に見えるのも、〈時の精霊〉と呼ぶこの見えざる者が逆さ雫型に見えるのもその結果だ。各人の想像に委ねては事が曖昧になり過ぎてしまうからな。」


 いつもなら目を回すかお腹を痛くするかしそうなキペにもリドミコの言っている事がなんとなく分かった。

 傍でぷかぷか漂う〈時の精霊〉が一つの種の微菌類を具現化した規定写像である、、ということが。


「それじゃあ肉体はあの祭壇の前で倒れたまま意識と想像とを持ち寄って、私たちはこの作られた空間に存在している、ということなのですか? 

 ・・・そんな。しかも全員に共通の写像や音声や感覚の認知を促すなんて、そんな事ってできるものなのですか?」


「状況が理解できたものの納得にまでは至ってない」と感じるのはシクロロンに限ったことではない。


「うーん、あんまり難しく考えちゃダメだよ。なぜ「できた」かを考えるより「なった」という結論だけで進む方が得策だねぇ。こういった仮構帯や仮象体は明確な認識体系や除外条件がまだ説明できないから。


 あーそうそう、だから時々巷で耳にする「妖精の目撃談」や「異世界に迷い込んだ」なんて噂が出てくるんだよ。ま、背びれ尾ひれは付くだろうけどねぇ。

 これらはボクら被造子に組み込まれた本能・エシドに抗する機能の一つなんだ。まぁそれに類縁するのが《オールド・ハート》なのかもねぇ。」


 そんな衝撃的な言葉が並んでも心が掻き乱されることはなかった。

 どこか他人事のようにも思えるし、それは既に知っていたものにも感じられてしまうからだろうか。


「何はともあれ奇跡がこうして展開されているのならなや、財宝の山は目の前ということでいいの金。もうこの世界ごと持っていってしまってもいい金。・・・ん? これはなに金?」


 まだまだ欲望に囚われの身であるダイーダ。目に映るものすべてが宝に思えてならないのかもしれない。


「ん、なんだいそりゃ。んあっ・・・お、これ見てみろ、学者ぁ・・・」


 す、と皆の前に「生まれた」のは一片の石版。


 それもフワフワと地に足をつけてはいなかったが、よくよく考えると誰も地に足はついていなかった。陰影が足元に対して直角に曲がり、支えているように見えているだけでどこにも「地面」を示すものはなかったのだ。

 あるのは色と、立体を知らせるわずかな影だけ。


「そこな〈時の契約者〉の子孫が言っていたとおり、ここはいわば精神世界だ。お前たちは意識と記憶とを携えて今、肉体や物質を超えた世界にある。

 だからここには失われたはずの「カラカラの経典」が存在しうるのだ。

 ただ、それでもユニローグにはまだ遠いがな。」


 石版に手を置いてリドミコはそう語りかける。

 認識が知覚をも絶対的に支配するこの場所では仮象体であっても触れることができるようだ。


「ふーん。これがカラカラの経典なんだね。・・・でもこれ、なんて書いてあるんですか?」


 失われたカラカラの経典に真理を求める者があることは教舎でも教わっている。しかしキペのところではユニローグやメタローグのことは教えていなかった。

 このような奇跡に邂逅しなければ常人にとって必要ない知識だからだろう。


「神代文字、ですな。ニポのお嬢さんも読めますか?・・・そうですな。ちょっと婉曲的な修辞法がキツいですな。

 文化的慣習的諸背景や価値基準についてはワタシもまだ疎いので大雑把にしか訳せませんが・・・ええと、では。ごほん。

 

 汝、何者とも名乗ることなかれ

 汝、何者をも名付けることなかれ

 汝、光に迷いて

 汝、闇に踊れ

 (中略)

 汝、言葉の全てを忘れ

 汝、言葉を統べて創れ


 ――――こんなところでしょうか。

 すみません、翻訳に際しては韻をきれいに踏みたかったので少々粗雑に言葉を入れ替えました。しかし意味はまあ、こんなところでしょう。噂どおり詩的であるためやはり意図は判然としませんな。」


 訳はほぼできていたもののこれを謳ってヒトを導くのは一筋縄ではいかないだろう。


 このいわば「原典」をより平易な言葉に置き換え民衆に馴染みやすく書き直したイモーハ教ですら解釈の主義で割れる理由が、ここへきてようやく得心できるというものだ。


「謝りなさんな、あたいだって訳すならおそらく学者と同じようになるだろーしね。割愛した部分はたぶん、風とか月とか言ってるから属性の話も入れてるのかもしれないけどさ、興味ないねえ。


 だけどこれが何の役に立つってんだい?

 それにそこでさっきからずっと「契約は契約は」ってうるさいのもどーにかしてくんないかい。地味に目障りなんだけどねえ。」


 妖精には興味のあったニポも可愛らしさから光年レベルで距離のある精霊は目障りに映るだけだった。キペもちょっと耳障りだな、と思ってはいたがさすがに〈時の精霊〉には同情した。


「あーごめんニポちゃん。これボクの説明のためには丁度いいからそのままにしておいたんだ。


 アヒオくん、きみもリドミコちゃんのことで訊きたいだろうし、ロロンちゃんとニポちゃんは〈契約〉について知りたいだろう? 


 で、サムラキくんはおいといて、ダイーダくんとヤアカくんはせっかくだから聞いておいて。情報や知識はきみたち二人にとっても無駄なものにはならないでしょ? 


 そしてキペくん。ここは主に、きみのための時間になるだろう。」


 おいとかれたサムラキは相応に納得し、他の者も耳を傾ける準備を整える。

 ただ一人、キペだけはなんとも落ち着かなかった。


「では改めて〈契約〉とその周辺について話そう。これはさっき外で簡単に説明したことだけどせっかくだからね。


 まずおさらいだけど《オールド・ハート》保持者である覚醒子が〈契約〉を交わすと〔魔法〕が手にできる、ってことは覚えておいてね。


 ただし実際はニポちゃんなんかが想像している〔魔法〕とは異なるものになるのだけど、〔魔力〕とさえ呼びたくなる超然能力を手にできることは確かなんだ。細かな加筆修正はそこのリドミコちゃんや〈時の精霊〉に任せるとして、まずボクの知ってる話からさせてもらえばそういうことになる。


〈契約〉はどうやら四種類の第八人種、つまり見えざる者の仮象体である「精霊」と取り交わすことで成立するようだね。

 見えざる者たちにしてみれば宿主を見つけることで広範的に繁殖できるし、その移動にはほぼ安全が保証される。


 一方、宿主となる者には特殊な〔魔力〕が与えられるのでちょこちょこ役に立つ。

〈契約〉はこのような相互関係に支えられて成り立つんだけど、実はいうほど関係は対等でも単純でもないんだ。


 ただこれに関してはボクも詳しくは知らない。ヘタなことを言って脅かすことも、逆に見くびらせることもしたくないからそこはわかって。


 それから第八人種と〈契約〉できるからだろうね、《オールド・ハート》保持者、つまり覚醒子は「菌界」である《膜》に対して抗生体質を獲得しているようだ。一般的にいう「毒」の多くは物質だけれど《膜》の毒は微菌が働いて機能するから、おそらく葉毒でも蜜毒でもキぺくんやリドミコちゃんには無害化できるはずだよ。


 あとボクにわかるのはそうだな、それら四種の見えざる者は、時、色、音、木、の〈契約〉をするってことかな。


 嘘や罪、悲しみや殺意などの感情を〝色〟として見ることのできる者がいるのは知ってるヒトも多いんじゃない?」


 は、っとキペとアヒオが目を合わせる。

 共に旅をした者に、その心あたりがあったから。


「んーっ! ってことはなにさ、火の玉をぶっ放したり水柱をおっ立てたり竜巻を起こしたりってのはできないのかいっ? 空を飛んだり変身したりとか。かーっ、ったく夢のない話だねえ。

 だけどそんな便利なモンがあったらそーいう連中が優位に世界を回してくに決まってんじゃないのさ?」


 理想であった魔女っ子マジョちゃん、みたいな〔魔法〕がここでは手に入らないと悟ったニポはおおいにふくれる。そしてそんな〔魔法〕をくれもしない〈時の精霊〉を蹴り飛ばす。やつあたりも甚だしい。


「そう。そしていま現在も中央にはそういうヒトがいるはずだよ。

 ・・・それよりも、おらの〈契約〉はどうして成立しているんだろう。遺伝するはずのないこの〈契約〉がある限り、元の世界に戻ったら〈時〉に阻まれたあの成長しない体で過ごしていかなければならないんだ。〈契約〉そのものを交わしてもいないから反故にする方法さえわからない。

 いったい、おらはどうしたら解放されるんだ?」


 ものすごく心痛な面持ちとしゃべり方だったのだが例のかわいらしい感じのサムラキのままなので一同はうまく情を分け合えずにいる。


「残念だがローセイのサムラキ、ここにいる〈時の精霊〉と話をしても無駄だろう。お前はこの精霊の次の言葉を聞く資格も尋ねる資格も持ち合わせていないのだからな。

 古来種だから遺伝してしまったのか、古来種だから遺伝させる力を備えていたのか、どちらにしても我々も遺伝するなどという話は初めて耳にする。

 残酷に聞こえるだろうがな、〈時の契約〉を交わした者に直接尋ねて対応するしかないのではないか。」


 サムラキさんかわいそうだな、と思い、キペはびくっとする。


 あのたどたどしく話すサムラキが〈時の契約〉によりああまで幼く成長を妨げられているのだとすれば、エレゼが「関係は対等でも単純でもない」と言った意味がわかるからだ。


 確かに宿主/第八人種へ相互に良好な利益を共有するだけであればおそらく、《オールド・ハート》を背に持ち続ける覚醒子が皆なにかしらの〈契約〉を交わしているはずなのだから。


 にもかかわらず〈契約〉した者にとんと出会わないのは利益を共有するだけではない何か「枷」のようなものがあるからではないか、そう、キペは直感した。


 そしてその事にニポも考え至る。


「ん、ってことはアレか、〈契約〉っつのはこのぬるぬめみたいな体になることも覚悟の上じゃないとできないってのかい?」


 いうほどぬるぬるもぬめぬめもしていないサムラキ。だが少しでも手掛かりが欲しい今そんなことは気にしていられない。


「うーん、それも当たりとは言いかねるかなぁ。正常な《オールド・ハート》の特質は、体内に棲む第八人種を困らせなければ弊害が出ないはずなんだよ。

 とはいえ重複〈契約〉や《オールド・ハート》を持たずに〈契約〉した状態にある者、またそれを凌ぐ「血聖」持ちや「いれぐら」の場合はその限りではないだろうけどねぇ。

 どう、リドミコちゃんの見えざる者さん?」


 どこまで解っているのか、試すように確かめるようにエレゼはリドミコに視線をやる。


「ちょっと待て。〈契約〉のハナシはまぁなんとなくはわかった。

 だがリドはなんだ。〈契約〉を交わしたから変なのが憑いてるんじゃないのか? やることやったら消えるとは聞いたがそれがなんなのかも知らされてないんだぞ。


 おれは〔魔法〕のハナシも《緋の木》伝説も興味はないっ! リドの中のおまえがとっとと出ていく方法をさっさと教えろっ!」


 複雑に絡み合う血の糸はヒトの体の妙と歴史に一層ひどく縺れていた。

 こうすればああなる、といった生易しい図式では生命の積み木など容易く崩れ落ちてしまうためだろうか。


「ならば答えてやろう、ハチウのアヒオ。確かに周辺背景をいちいち鑑みていたのではお前の求める答えは後回しになってしまうからな。我々の意志を汲むのはこの宿主だけでも充分だ。


 ふう、ではハチウのアヒオ。

 我々をユニローグに届けてくれ。


 それが我々がこのハウルドの娘から解放される正しき道だ。


 ・・・どうだ。これが我らに、語り部に課せられた意志なのだ。違うかジッヒの語り部?

 我々がどうしてこうまで回りくどいことをしてこの仮構帯へいざない、そして納得させるための説明をしてきたか理解できたろう?


 お前たちがただ目的地を告げただけで、はいわかりましたと手を打ってくれるのなら我々は種を問わず約束の地で安寧をむさぼれていただろうな。

 だが「個」を有するお前たちが複合体で存在する我々のように種の生存・種の帰還に生きる者でない以上、動機をくれてやらねば動かないことは「継がれた記憶」が教えている。


 また他種の見えざる者やシム人以下ファウナ系のヒトと〈契約〉した種には確かに広範的な繁殖を求めはする。だが我々と遠縁のフロラでもあり、とある系譜にあるこの娘と〈契約〉を結べば我々の意志は宿主の肉体を介して反映させることも叶うのだ。


 集積体の「個」であるお前たちとて「種」を想うことはあるだろう。だがな、「個」として生きてはゆけぬ我々にとっては「種」を生きることが全てなのだ。

 この娘の「種」を守れなかったお前がこの娘という「個」を思い贖罪するその念があるのならば、いや、ハチウのアヒオに限らずこの娘の「個」を救う名目でどうか、ここにあるだけのわずかな我々という「種」を救う手助けをしてはくれまいか。」


 余りに長くて精神世界の中ですら眠りに落ちてしまいそうになるキペも、頼まれると頑張ってしまう性格なので目は開けていられた。

 彼のやさしさもあったが頼られる経験がなかったことも影響しているのだろう。その点については同じような境遇にあったシクロロンもキペやアヒオと目を合わせては頷いてみせた。


「乗せられた感もあるがそれはやってやる。当たり前だ、こっちゃリドを人質に取られてるようなモンだからな。」


 つん、と胸が痛くなるシクロロン。


 頼むからコレやってよ、と人質を取りながら言ってのけた組織の長が、他ならぬ自分だったから。

 これも広く言えば彼女の嫌いな「大義のための犠牲」だったから。


「んで? 私をユニローグに連れてって、てんならどこにあんのか分かってんだろーね。

 この学者もそうだがそれを探しあぐねて死んでった連中は数知れないってのにそんなあっさり言われて連れてけるもんかい。」


 呆れるように鼻で嘲るニポにうまく返せないままリドミコは口を開ける。


「ふふ、まったくだ。・・・だからこの「カラカラの経典」の原典が収められた仮構帯へ来れば手掛かりが掴めると思ったのだがな。仕方ない。


 これといった新たな収穫がない以上、まずはメタローグの元へ案内してもらおうか。


 そもそも出遭うことさえ稀なメタローグは探すことすら厄介なうえ、資格を備え接触しなければ・・・いや、もはやそうするしかないだろうな。


 それにあの者たちならばそもそもなぜ我ら語り部がこうもユニローグを渇望するのかも知っているだろう。

 一部の〈契約〉順応者と語り部の他はメタローグと会話はできぬようだがな、大白鴉だいはくあメルの語り部である我々が人格支配している間であればこの巫女で事は足りるかもしれない。

 我々の主・メルは逝って久しいからな。移動することのないハイミンでも構わんがサイウンの語り部がいるならその方が――――」

「大白狼サイウンは、もう死んでしまったよ・・・」


 遮るようにエレゼはそう告げ、初めて見せる悲しみのまなざしを足元に落とす。


「エレゼさん・・・・・・では、あなたたちは大白樹ハイミンの元へ行くのですね。


 あっ! 今はやめた方がいいですっ! 

 確かハクが「不穏な動きがあるから厳戒態勢を敷く」ってそういえば言ってました。信者の上陸も制限するとなると気軽には――――」


 とっさに『ファウナ』の長として知っていた情報が口を伝う。

 身の上を隠そうかと迷いはあったものの、今は困っている仲間への協力を優先したかったようだ。


「ほぬおっ、ではアタシの聞いたハナシが正しければ彼の地で戦が起こってしまうにっ!

 最近ナリを潜めていた『フロラ』が今、大白樹ハイミンの奪還を目論んで英雄・ルマを先頭に数百にも上る兵を率いて向ってるんだなや。

 あっ、なんで・・・なんで、お金ももらわず話してしまったんだろなぃぃぃ。」


 泣きそうなダイーダ。根は良い性格なのだろう。


「戦好きのバカのことなんざ知らないね。それよかあたいらは〈木の契約〉と〔ヒヱヰキ〕について知りたいんだ。この神殿であんたら語り部に会えるなんざ思っちゃいなかったがいろいろ知ってるなら丁度いい。


 やいツノ語り部っ、あんたも知ってることあんなら洗いざらいしゃべんなっ! あんたも知っての通りこのシクロロロンのトコにパシェが囚われてんだっ! そこのざらざら鼻ナシ男だけが人質とられたわけじゃないんだよっ!」


 このようにしてリドミコの中の「見えざる者」と「仮構帯」、そして二人もの語り部に出会えたのは偶然だったが、なればこそ確実な情報を持ち帰らなければ責務を果たしたことにならなくなってしまう。


「欲張りだねぇニポちゃん。このリドミコちゃんがいなければサムラキくんの案内があっても何も掴めなかったのに・・・ふぅ。

 とはいえ、悲しいかなボクも欲張りなんだよねぇ。さ、聞かせてもらおうか、大白鴉メルの語り部さん。」


 どうやらエレゼもそれについては知らないらしい。あるいは知っていても確かではないか断片的な情報に過ぎないのだろう。


「ふふ、悪いがサイウンの語り部、〈契約〉についてはその資格を持つ者とだけ交信が許されているのだ。今ここで〈契約〉の内容を開示できる者は存在しない。

 そして古来種のサムラキは遺伝してしまった不運にあってなお、〈契約〉を交した者とは判断されていないのだろう。だからこの〈時の精霊〉はまともな会話をしていな――」

「じゃあ。」

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