⑧ ボロウとタチバミ
ぱからん、ぱからん・・・かこてん。
「み、ミガシ団ちょ――――」
「ヒトデ馬にしがみついておけ、ハユ。・・・名乗ってもらおうか。」
ひと気のない粗悪な道に突如、脇の茂みから二人の男がぬうと現れて遮る。
そんな得体の知れないチヨー人とシム人の細身の男たちにしかし、殺気は見られない。
「お急ぎのところ申し訳ありませんね、ミガシ=ニタ遊団長。わたしはボロウ、こちらはタチバミ。いくつかお尋ねしなければなりませんのでお付き合いください。」
顔に巻かれた布の奥から声が響いてくる。
無粋な反兵団分子と切り捨ててもよかったが、不気味な静寂を纏うその二人の男に妙な興味を覚えてミガシは一人馬を下りた。
「この段階で俺の方から聞きたいことが二、三あるのだがな。まあいい、聞こう。」
そう答えることも知っていたようにタチバミと呼ばれたカブナン族の男がしゃっぽの縁に手をかけ挨拶する。
そして小さな腰提げ袋から、指差したヒトの手のような金属加工品を取り出した。
「疑問には答えてゆきましょう。ワタシたちは情報家・ウセミンの配下。情報の収集や確認、また再調査などを任じられる手足のひとつ。
さてミガシ遊団長、これに見覚えは?」
ミガシの手であればすっぽりと包み込めてしまう程度の指差し型の金属に、残念ながら見覚えどころか用途の推測さえままならない。
「いや。それと俺との関連さえ浮かばんな。」
何度見直してみてもやはり無理だった。そんなミガシの顔をイウキ族のボロウはぼんやりと眺めている。
「なるほど。〝色〟は見えない。遊団内にも我々の情報網は巡らせてあります。あなたがそこのハユ=ローシェ・・・いや、まだハユくんのままか、彼と二人で出たことは知っていました。
では次の質問です、セキソウの村への先遣隊に持たせた武器をあなたは把握していましたか?」
何も尋ねていないところへ必要となる解答を放り投げてくるボロウに言い知れぬ不安がよぎる。そして抑揚のない事務的な問答に、だからこそ不測の事態を想定してミガシの拳がギリリと鳴った。
「控えてくださいミガシ遊団長。アナタがたの所業もハユ君との関係性も我々は把握しています。真実には触れません。ワタシたちの目的はこの〔らせるべあむ〕にあるのです。」
しゅちゃん、とタチバミは〔らせるべあむ〕の突端を向けるように片手で構える。その先端は尖った筒のようになっていた。
「まったく、わからんことばかりだ。何が言いたい?
・・・ふ、初めての質問がこれでは遊団の長も堕ちたものだな。」
そんな自嘲に合わせることもなく、タチバミは構えていた手を下ろして道を譲る。
「やはり存じませんか。・・・まぁあなたは知らなくてよいことです。ただ先に言っておきましょう。これは武器です。そして一瞬であなたを灰にすることができます。
お時間を取らせました。では、失礼します。」
ミガシの問いに答えることなくミガシの取ろうとしていた行動の先を読んでたしなめる。〔らせるべあむ〕を取り上げることも力ずくで問い質すこともミガシにはできない、そう、ボロウは言ったようだ。
「お前らほどの弱小者がハッタリでそう言うとは思えんので不問にしよう、ボロウとタチバミ。
しかし一つだけ答えてもらうぞ。「知の根」と讃えられるウセミンの手足であることはわかった。その裏に「フローダイム」なる存在はあるか?」
ボロウもタチバミも道の端へと下がっていたが、その問いが出てくるとは思わなかったのか、読み取れない笑みをこぼしただけで茂みへと紛れていった。
「み、ミガシ団長・・・お知り合いですか?」
まだまだ空気の読めないハユ。勉強とは机に向うばかりではないらしい。
「いや。・・・だがやはり一枚噛んでいるのだな。まったく、雲のようにどこにでも現れる。」
ふう、と半ば呆れながら大きく息をついてミガシはヒトデ馬にまたがった。
もはや『スケイデュ』それ自体にも信用が置けない状況である以上、闇雲に勝手な行動は取れそうもない。
といって今から引き返して遊団の指揮を執るにしても身の回りを精査しなければこちらが疑心暗鬼になってしまう。そして『ファウナ』や『フロラ』が動き始めたこの時期にそんな悠長な身体検査などしている余裕はないのだ。迷うところではあるが、今は浮島シオンへの護送を早く片付けたかった。
「あの、・・・ミガシ団長、わたし、あの〔らせるべあむ〕知ってます。」
ぬんっ!と怒ったように自分に背を預けてまたがるハユをひっくり返す。ミガシにしてみればハユなど人形のようなものだから。
「なぜお前が、いや、あれは何だ? しかしなぜお前が、あ、これはいいのだ。」
稀に見るミガシの困惑。ミガシもきちんとヒトなのだ。
「あの、あれと全く同じ物かどうかはわかりませんが、歩兵部隊で村に同行してくださった先輩がたの話で聞いたことがあるのです。さっきのボロウとかいう男の言っていた先遣隊の兵が「掌ほどの金属品が光を解き放って森を抉った」と。
あの、そんなことは不可能だと思って聞き流していたのですが、その、そんな武器があったなら、いや、そんな武器でなければ、あの、村をあんなに粉々にできないんじゃ、ないか、って。
・・・あの、でもそうしたら、・・・村を焼き払ったのが遊団ってことに――――」
「ハユ。もういい。・・・すまなかったな、思い出させてしまって。」
ぎゅうと初めて抱きしめるミガシに、ハユは言葉にならない不安を感じてしまう。
何か言ってはいけないことを口にしてしまったかのように、思い描いてはいけない景色を見つけてしまったかのように、答えのないドキドキだけが心を責め立てた。
バカなことを言うな、と怒鳴りつけられた方がいっそ見切りをつけられた疑念に、幼いハユは蓋をして仕舞い込むしかできないでいた。
「団、長、・・・オレ、ばかで、すいません。」
悪かったのは、疑ったのは、自分だった。
家出のその身を助け、育ててくれたミガシを謗ったのは自分だった。
だから、謝るしかなかった。
ダメな自分を、赦してもらうしかなかった。
「言うなハユ。今はお前に課せられた任を全うすることだけ考えろ。」
そう囁き抱きしめる腕はただただ虚しく力むだけだ。
こんなにも枯れ果てた言葉を紡がねばならない己に情けないほどの恥を覚えて。
「ひゃいっ。」
それでもミガシの震えた声は寄る辺のないハユにはぬくもりに映る。
大きなヒトデ馬にまたがる大男と少年の影に、悲しいほど境界は見当らなかった。
金属を打ち鳴らして成形する音、高温の炉から取り出された部品を水につけて冷やす音、指示を下し応える声、そんな雑踏の中で着実に完成へと近づく工程を覗きにグズつく空模様の下、ミクミズ族の上官がまたふらりとやってくる。
「どうです、調子は。」
かちゃ、と立て付けの悪い戸を閉めてベッドの脇に座る医法師に尋ねる。
どうやらまだ若さの残るローセイ人もユクジモ人の医法について研究していたところを『特任室』へ引き抜かれたようだ。
「倒れた時と比べればずいぶん回復していますが、なにぶん老齢のヒトですので。
・・・あの、ウルアさま、このような組織に抜擢していただいて光栄ではあるのです。しかし、少々手に余る仕事に思えてなりません。
確かにわたしはカーチモネ邸にてユクジモ人の研究をしていましたが、このような古来種はまた勝手が違うのです。先んじて研究されている方もいますし、ユクジモ人の中には古来種医法を知る賢人もいます。そちらを頼られた方がよいのではないでしょうか。残念ながらわたしはそういった方々を出し抜くだけの力量を持ち合わせておりませんよ。」
呼びつけられた各方面の学者と同様、カルエ族のこの医法師も断る間もなく連れてこられたのだろう。統府の基幹職にある者からの「要請」とはつまり、「命令」以外のなにものでもないのだ。
「ふむ。おっしゃる通り先行研究されているお歴々がいることも、またユクジモ人古来種に対する医法を習得している者がいることもわたくしたちは知っています。
しかし医法師サノマト、残念ながらその多くは我々に協力的ではありません。そして説得するにも時間がなかったのです。率直にいって我々も強制は望んでいないのですよ。
彼らのほとんどはユクジモ人たちと解り合うためにファウナ系の誇りを投げ捨てて森へ向いました。そんな彼らにとってはこういった絶好の症例など見飽きたものに過ぎないようです。
ただ、あなたの場合は違いますね? 研究費や機材が与えられていたとはいえ、カーチモネ氏の下では症例がほぼ皆無だったはず。力及ばずともあなたならここへ望んで来てくれると、尽力してくれると思えたから選んだのです。
そこに横たわる老翁が元三神徒と讃えられたモクであることは事の重大さを意味していますが、同時にこのことをあまりユクジモ人やその賛同者に知られたくないということでもあります。わかっていただけますね。」
いいや、とはもちろん言えない。
それはウルアが指摘した通り、古来種の症例を持つなどユクジモ人研究の中でも稀有な好機でしかなく、その実は喉から手が出るほど望んでいたことだったから。
「これほど急いで人里離れた場所へ招かれた時より箝口令は承知していました。口外は勿論いたしませんが、・・・いえ、努力します。」
この任から外されることはないだろう。しかしそんなかすかな懸念さえも払拭したかったサノマトは揺らぐ自信を呑み下すように言葉を絞り出した。
「ええ、ではよろしくお願いします。・・・おや、起きていたのですかモクさん。」
え、と思ってベッドを見遣るもサノマトには起きているのか眠っているのかよくわからなかった。葉のような体毛のような薄い皮に覆われた体なので目も鼻も口も開いているのか閉まっているのか掻き分けてみないと判断できないのだ。
「起きたのだ、おヌシの濁った声のおかげでな。」
ふう、と穏便な微笑を崩さずウルアはサノマトに席を外すよう促す。
「何かありましたらお呼びください。それでは。」
かちゃ、とそれが閉まるとモクはよいせ、と上体を起こし改めてウルアに目を向ける。
「その様子だとこちらの取り越し苦労のようですね。」
サノマトの座っていた椅子に腰を下ろし、荷置き棚の水差しに手を伸ばす。
「そうでもないかもの。あのサノマトという医法師、若いのによくモノを知っているようだ。いや、理解しているというべきか。神経も通わなくなった小さな腐り葉をいくつか取ってくれたようだからの。
大概の医法師なら健全な自浄作用だろうと放っておいてしまうものなのだがの、歳を食うと葉を自力で落とすだけで疲労がかさむからの、手入れを手伝ってもらい残りの体力で病と闘わせた方がいくらか効率的なのだ。おヌシも覚えておけ。何かの役に立つかもしれんぞ。」
蝕血症に代表されるユクジモ人の免疫・排疫作用は際立った特徴があるため画期的な夢の代謝機能ととかく羨望されがちだが、メカニズムをよく知る者にしてみればそれほど良いこと尽くめでもないらしい。
「なるほど、覚えておきましょう。・・・それにしてもだいぶ仕上がってきているようですね、我々の最強の戦士は。猊下も今や遅しと待ち侘びています。」
雑務に追われるロウツは遊団の地下室で会って以来、顔を見せたことはなかった。無論モクにしてみれば会いたくもない相手だったのでそれはそれで気にもならなかったが。
「ふん。最強の戦士を得、そして最強の武器を手にする、か?
わからんの。ワシら『解識班』でもまだまだ懐疑的な〔ヒヱヰキ〕をどんな根拠で求められるというのだ。絵空事としか思えぬ〔光石〕や〔光水〕などワシらほどに考えの及ばぬ者たちなら世迷言と切って捨てようものを。
・・・は・・・ウ、ルア・・・
・・・まさ、か・・・っ?」
ずっと頭の隅にあった疑問を口に出すことでふと、ひらめく時がある。
もじゃもじゃになった頭の中を形ある言葉に整えて紡ぎ出すことで時に、その絡まった糸がわずかにほどけてくれることがある。
「ウル、ア・・・・・貴様、まさか。」
ほどかれなかったことが、あるいは個人の意識の奥の望まれた意思であったとしても。
「・・・。さすが、知の神徒と呼ばれただけはありますね。常人が繋ぎたがらない線であっても繋いでしまうのでしょう。」
うっすらと目を開けて朗らかに笑むウルアは満足したように注いだ水を差し出す。
干からびてゆく喉を気遣うそんな仕草に大きな計算違いを悟ったモクは、それに従い水をがぶがぶと飲んだ。
何も潤すことのない水を、虚ろな体で受け取った。
「・・・実験済み、だというのか。ジラウとナコハから奪ったのはそれだったのか・・・
はっ!
・・・では、ではセキソウの村の、いや、まさか『ファウナ』にまで触手を伸ばして・・・ロメンの出来事もすべて・・・」
形になってゆく言葉は次々と頭の中のもじゃもじゃを引きずり出して世界に放たれてゆくだけ。
それをもう、元のもじゃもじゃに戻す術などどこにもありはしない。
「さ、おしゃべりはこのくらいにしておきましょう。あなたは何も考えなくていいのですよ、モクさん。わたくしたちが考えます。それでは――――」
「待てウルア・・・なぜ、そんな野望とも言えるこの大博打をロウツに託す? どうして託せる? 時の諫めを受けてなお余りある野心を持っていたあの男に。
平穏に毒された民を上手くかわし無能な教会をたぶらかして今の地位を得たとしても、おヌシほどの知恵者があの男に迎合する理由が一体どこにあるというのだっ!」
焦るように言葉は急ぎ足になる。事物の多くを知っていたとてヒトの心までは読み解きえないものだった。
「もしいつか、わたくしたちと真に手を取り合える日が来たのならその時にでも話しましょうか。そのためにはまず〔ろぼ〕の完成が最前提ですね。それでは、期待していますよ。」
そう不敵の笑みを浮かべながら「青ザルの腰巾着」は簡素な医務室を出る。
「・・・スナロア・・・ワシらは、開けてはならん扉を開けてしまったのか。」
何事もひょうひょうとかわしてきたはずの男の声はその歳よりずっと老け込んでいた。
時折り細く降る霧雨はこやみなく辺りの葉を鳴らしていたものの、心静まるそんな調べさえ早鐘の不穏をいなすには至らなかった。
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