夢女子で何が悪い! 第8話

 かなたは、水族館の青いライトに照らされる凛をじっと見つめていた。


 今日、かなたはここで、凛に告白をする。


 それはチケットをもらった時から決めていたこと。


「見て、かなたん。ペンギンだよ。目つきが悪いね」

「うん」

「アデリーペンギンって言うんだって。こっち睨みつけてるみたいだね」

「うん……」


 生返事ばかりのかなたに、凛は頬を膨らませた。


「ちょっとかなたん、聞いてる? て言うか、ちゃんと見てる? ペンギン」

「えっ、み、見てるよ」

「じゃああのペンギンなんていう名前?」


 凛が指差したのは、モノクロで小さな目のペンギン。


「ええと……」


 かなたが解説をカンニングしようとすると、凛が視線の先に割り込んできた。

 ひらりと、涼しげな白いスカートが揺れる。


「……聞いてなかった、ごめん」

「ぼーっとしてるの? 疲れてる? 眠い? 昨日もサッカー教室だったもんね……無理させちゃったかな」

「それだけは絶対にない! 今日本当に、楽しみ、だったし……」


 ぽぽぽと、かなたの頬がさくらんぼのように色づく。


「……ならいいや。あ、あっちも見てみようよ。しろくまだって」


 かなたに背を向け、人の波を縫って進んでいく。まるで、置いて行かれているような気分だった。かなたは慌ててそのあとをついていく。


 なんだか最近、凛が冷たい気がする。よくパソコンで調べ物をしていて、最初の頃のような一緒に漫画を読むことも無くなった。ちょっと悲しいけど、調べ物が終われば、きっとまた一緒に漫画を読んでくれる。かなたはそう信じていた。


「……凛さん」

「なあに?」

「はぐれそうだから、手繋いでいい?」

「……」


 凛がきゅっと唇を結んだ。


「……いいよ」

「! ありがとう」


 控えめに差し出された手を握る。その手はあたたかくて、離れがたくなってしまう。


「しろくまだね」


 凛はかなたの手を握った。まだ固くなりきっていない手のひら、短く切り揃えられた爪、ちょっとだけ高い体温。

 それを記憶に刻みつけるように、ゆっくりと力を込めていく。境目がなくなって溶け合って、そのまま『きみスト』の世界に連れていってくれればいいのにと思う。そんなことは、できないだろうけど。


「ねえ凛さん」

「何? しろくまの解説読みたい?」

「なんでそんなに冷たいの、最近」


 凛は咄嗟に、手を離そうとした。逃げようとした。でもそれは、許されなかった。

 今度はかなたが凛の手を強く握る。


「おれ、なんかした? なんで冷たいの」


 縋るような視線を感じて、凛は顔ごと横に逸らした。


「ねえ、凛さん。おれ、凛さんのこと好きだよ」


 人の波が引いていく。

 しろくまの水槽の前には二人だけになった。


「凛さんと一緒にいたいよ」


 凛は、かなたの手を振り払った。


「かなたんは! この世界の人間じゃないんだよ……⁉︎ 向こうの世界であおとくんとりくくんとサッカーして……世界一目指すんでしょ⁉︎ 『きみスト』は、そういう話なんだよ⁉︎」


 かなたは帰らなきゃいけない。その方法を調べるために、凛は時間があればインターネットに齧り付いていた。


 全部、かなたのため。そして、自分のため。


 凛の絶叫を聞いたかなたは、じっと凛を見つめた後、静かに告げた。


「おれ、サッカー辞める」

「……え……? な、なんで?」


 聞き間違いかと、嘘かと思って、凛は聞き返す。しかしそれは嘘でもなんでもなかった。かなたははっきりと告げる。


「凛さんと一緒になりたいから。おれは世界一の夢を辞める」

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