夢女子で何が悪い! 第9話

 凛は言葉を失った。


「な、何、何言ってるの……?」

「おれ、サッカー好きだよ。でもサッカーをしなくちゃ死ぬわけじゃない。今みたいに、子どもにサッカー教えるのってすごい楽しいし……おれは、凛さんとそうやって生きていきたい」


 まっすぐなかなたの言葉に、凛は動揺を隠せない。嬉しさとか、困惑とか、罪悪感が行ったり来たりしている。なんて言ったらいいのかわからない。自分の感情も意見も、何もわからなくなってしまった。


「だから凛さん、お願い。……おれを、見捨てないで」

「なんで、……なんで簡単に、自分が生きていた世界を捨てられるの? あおとくんは、りくくんはどうなるの? こっちには、二人はいないんだよ?」

「でも凛さんがいるじゃん」

「わたしがいたって……」

「凛さんはおれのために家も服もご飯も用意してくれた。恩返ししたい。凛さんのためになることをしたい。それで、」


 ぎゅっと、かなたが再び凛の手を握った。


「それで、……できればおれのことを、推しとかじゃなくて、一人の男として好きになってくれたらな、って……思う」

「帰れるかも、しれないのに?」


 凛は帰る方法を探していた。方法が見つからないどころか前例もないけれど、急にこっちに来たっていうことは、急に向こうに帰るかもしれないのだ。諦めるのは、まだ早いのではないかと思う。


 けど、かなたは、首を振った。


「帰るってなったら、おれが凛さんを連れていく。そしたら向こうで、おれが恩返しするよ。家もご飯も服も、全部おれが用意する。凛さんが、してくれたみたいに」


 涙で視界を歪めながら、握られた手を握り返す。


「……かなたん、まだ高校生でしょ」

「おれの家族だって、凛さんのこと受け入れてくれるよ。凛さんの叔父さんみたいにさ」


 かなたは嬉しそうに顔を綻ばせ、凛を抱きしめた。しろくまの水槽の前で、二人は抱きしめ合う。


 その様子を、しろくまだけが見つめていた。


「でもわたしのこと嫌になったらどうするの? わたし以外に伝手がないと困らない?」


 凛の不安そうな問いに、かなたは首を傾げた。


「凛さんを嫌になることなんてないよ。もう一ヶ月ちょっと一緒に暮らしてるんだよ? 全部見たし、嫌になる要素なかったし」

「これだからスパダリは……」

「ねえそれやだ。スーパーなダーリンじゃなくて凛さんのダーリンになりたい」

「これだからスパダリは! 自重しろ!」

「どうやって……?」

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新・折上短編集 折上莢 @o_ri_ga_mi_

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