夢女子で何が悪い! 第7話
サッカー教室で子どもにもみくちゃにされたかなたと、仕事で書類にもみくちゃにされた凛が帰ってきたのはほぼ同時だった。
「おかえり、凛さん」
「ただいまぁ〜! かなたんもおかえり! ごめん、今日ご飯作る元気ないからお弁当配達してもらうのでもいい?」
「え、おれ作るよ。麻婆豆腐の材料あったでしょ」
「でも疲れてない?」
「全然。凛さんのためなら……別に……」
頼れる男感を出したかったのに、途中で恥ずかしくなって小さくなっていく言葉。凛はそれにくすくすと小さく笑った。
一緒に部屋に入って、かなたはすぐに伊達メガネを外した。普段つけないものをつけていると違和感がある。顔を隠すためには仕方がないのだが。
慣れた手つきでエプロンを身につけ、キッチンに立つ。リビングに通じるカウンターから、凛がその様子をぽけっと見つめていた。
「……何」
「いやあ、日に日にスパダリに育っていくなあと」
その言葉に、かなたはむっとした。「スパダリ」とは、多分、凛の中でそんなにいい言葉ではないのだと思う。あれから何度もかなたを見て「やっぱスパダリだわ〜」と呟いている。それに包含される言葉は、「やっぱスパダリ(は無理)だわ〜」だろう。スパダリになりたくないとは思うものの、かっこいいと思われたいので、その塩梅が難しい。
「……おれ、スパダリやだ」
「え⁉︎ なんで⁉︎ スパダリはモテるよ!」
凛にモテなきゃ意味ないのに。かなたは口を尖らせた。
「あ」
「ん?」
そこで、カバンの中の水族館チケットの存在を思い出した。
「凛さん、来週の土曜日、休み?」
「うん。繁忙期じゃないから、休日出勤はないと思うよ」
「じゃあ水族館行こ」
凛の顔がパッと輝いた。
「水族館! え、なんで急に?」
「チケット、もらったから」
「えー! いいじゃん! わたし水族館好きなんだよねえ」
ニコニコしている凛を見て、かなたも口元が緩む。頑張ってカフェの手伝いをして、お小遣いを弾んでもらおうと心の中で決心した。
そんなかなたの様子を、ニコニコ見守る凛。口元がゆるゆるになっているのも気づいている。隠しているようだが、凛に好意を抱いているのも気づいていた。
しかし、かなたはこの世界の住人ではない。いつかは元の、『きみスト』の世界に帰らなければいけないのだ。
そう思ったのは、つい一昨日。『きみスト』の連載が、止まったの見た時だった。
休載理由は作者の体調不良。しかしそれは外向け用の理由で、本当の理由は「描けなくなった」から、らしい。よく調べてみれば、作者は先日から「キャラが動いてくれない」と嘆くような投稿をしていた。
その発言がされたのは、かなたがこの世界に来た直後からだ。オタク歴の浅い凛は、作者の投稿まで気が回っていなかったが、遡ればすぐわかった。
凛は直感した。かなたがこの世界に来たことで、作者の創る『きみスト』の世界に、かなたがいなくなったのだ。だから、キャラが、かなたが動いてくれなくなった。魂が出ていってしまった状態なのではないかと思う。
手際よく麻婆豆腐を作るかなたを見つめる。
自分の何を好きになってくれたかはわからないが、好意を向けられて嬉しくないわけがない。夢で見ていたシチュエーションが叶うことだってある。幸せだ、この上なく。
でも、それとこれとは話が違う。
『きみだけのストライカー』が未完で終わるなど、人類の損失だ。凛の恋情だけでそんなことが起こるなど、あってはならない。
「……本当に、かっこいいなあ……」
だからこの恋は、この恋だけは、宝箱に大切にしまって、鍵をかけるのだ。
かなたのために、人類のために。
そして他でもない、自分のために。
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