夢女子で何が悪い! 第6話

 次の週末からかなたはサッカー教室というもののお手伝いを始めた。もう三回目になる。


 凛の叔父はとても陽気で、自分の姪が連れてきた、どこからきたのかもわからない男をさらりと受け入れてくれた。カフェでの業務も丁寧に教えてくれるし、賄いも美味しい。そしてちらっと聞いたのだが、昔は社会人フットボールチームでキャプテンをしていたというのだ。なぜやめたのか聞いたところ、「結婚したかったから」とのこと。


 凛に買ってもらったスポーツウェアに身を包み、叔父の後をついていく。

 サッカー教室が行われているのは、近くの小学校。校庭には学童の子どもたちがきゃらきゃら笑っており、何度来ても懐かしい気持ちになる。


「サッカー教室が始まるのは四時半からだから……それまでに、簡易ゴールとボールの準備をお願いしてもいいかな?」

「はい!」


 部活よろしく大きな声で返事をすると、かけていたメガネがずり落ちてきた。


 凛曰く、これは変装なのだという。

『きみだけのストライカー』は、小学生にも人気がある。そんな大人気漫画のキャラクターと全く同じ顔が現れたら混乱するだろうという、凛の配慮だった。顔の印象を変えたいだけなので、眼鏡にレンズは入っていない。万が一、いつもの癖でヘディングをした時に割れたら大変だからだ。

 鬘の案も出たが、かなたがそれを拒否した。かなたの中で、鬘といえば頭が薄い人がつけるイメージが強すぎたから。今はそんなことはないと説明したが、かなたが嫌がったため鬘の案は棄却された。


「かなたくん、ゴールの組み立てありがとう」

「いえ!」

「いいねえハキハキしてて。部活でも大活躍なんだろうね」


 かなたはふと元の世界のことを思い出す。

 突如現れた天才ミッドフィルダー、赤井りく。そして、舞い戻った支配者富和あおと。このペアが、かなたのライバルだ。二人に勝つために、かなたは毎日居残りをして練習を重ねた。休みの日だって、放課後だって、サボらずに練習した。そのおかげか、かなたはエースストライカーだった。

 思えばサッカーばかりの人生。生まれた時からボールに触っていて、小学校時代からサッカーチームでサッカーをしていた。休みの日なんてなかった。練習して、筋トレして、走って。カフェで働くことはおろか、部屋でのんびり漫画を読むなんていうこともなかった。

 かなたはこの世界に来てから、サッカーからちょっとだけ離れた生活をしている。凛が仕事の日はカフェでバイトをして、凛が休みの日は一緒に出掛けている。サッカーに触れているのは、サッカー教室でだけだ。トレーニングは欠かさないようにはしているが、だんだんと目的のないトレーニングになっていることに気がついていた。


「そういえば、かなたくんは凛のことが好きなのか?」

「うわあっ⁉︎」


 唐突な恋バナに、かなたは持っていたコーンをぶちまけた。


「な、なっ」

「ワハハ、その様子じゃあ図星だな!」

「う……、なんでわかったんですか」

「そりゃあ、見てればわかるさ。視線でな。サッカーも、司令塔は必ず視線でストライカーを追うんだ」


 からりと笑う叔父に、かなたの顔は赤くなるばかり。


「そんなかなたくんに、プレゼントをあげよう!」


 カバンの中から取り出された、二枚の紙。


「凛は水族館が好きなんだ。一緒に行ってくるといい」


 受け取ったそれは、水族館のチケット。


「い、いいんですか?」

「もちろん! 今月分の給料は多めに出しとくから、楽しんでくるといい」


 かなたはそれを、大切にカバンの中にしまった。


「さて、そろそろ子どもたちが来るな! かなたくんも慣れてきたし、最近は楽しくていいなあ!」


 体育着を着た子どもたちが走ってくるのが見える。大きく手を振るので、こちらも振り返すと、「かなたん先生!」と呼ばれた。

 凛も、子どもたちも、かなたのことを「かなたん」と呼ぶ。凛は漫画の中でりくが呼んでいるあだ名を踏襲しているらしいが、子どもたちはただの愛称として呼んでいる。舐められているなあと思う反面、呼び方は同じなのに愛おしさはこんなにも違うんだなと思う。比べるものではないけれど。

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