夢女子で何が悪い! 第5話
かなたが働きたいと言い始めた。なんの脈絡もないその発言に、凛は首を傾げる。
「どうしたの?」
かなたは少女漫画を読んでいる。タイトルは、『敏腕社長の愛しい子』。確か、敏腕社長がお金と愛をかけて、しがないOLを振り向かせる話だ。かなたはそれを、真剣に読んでいる。
「……別に。ずっと家にいてもつまんないし、凛さんには迷惑かけっぱなしだから」
「えー? 迷惑だなんて思ってないよ」
「おれの気持ちの問題」
一巻を読み終わったかなたは、腕を伸ばして二巻目を取る。そのまま流れるように続きも読み始めた。
「それ気に入ったの?」
「勉強になるなと思っただけ」
「なんの……? 社長になるの?」
かなたの将来の夢はサッカー選手だと勝手に思っていた。あおとやりくと一緒に日本代表で活躍するかなたは、正直とても見たい。
にしても、働きたい、か。凛は読んでいた漫画を閉じる。
この世界に、かなたの戸籍はない。履歴書は書けて面接まで突破できたとして、身分証明書を提示することができないのだ。身分証の偽装をするつもりはないので、普通のアルバイトはできない。
そうなると凛のお手伝いでお小遣いをあげるしか……と考えて、思い出した。
「かなたん、子ども好き?」
「え? 嫌いじゃないけど……」
「叔父がサッカー教室やってるんだけど、そのお手伝いとかどう? まあ毎日あるわけじゃないから、そのほかの日は叔父のカフェ手伝ってもらうとかでもいいし……」
確かに、家に一人でいてもつまらないだろう。いつ帰るかわからないとはいえ、こんな狭いアパートに幽閉していてはヤンデレバッドエンドストーリーとさほど違いはない。
凛の叔父は、カフェを経営しながら金曜の夕方にサッカー教室をやっている。トリップのことをぼかして話をすれば、快く受け入れてくれるだろう。最近は歳のせいか走るのも辛そうだし、子ども相手にするのもきついだろうし。
ちらりとかなたの様子を伺うと、目が合った。その瞳は、星屑を閉じ込めたかのようにチカチカしている。
「……ちょっと叔父さんに聞いてみるね」
「うん」
幼く笑うその表情に、キュンと胸を射られる。いつもはクールなのに、たまに子どもっぽくなるところがいいんだよなあとしみじみ思う。凛が推しているのは、そういうところだった。
ローテーブルの上に放置していたスマホでメッセージを送ると、すぐに返事が来た。「ぜひ!」とのこと。かなたにそれを見せると、表情が喜色に溢れた。
「じゃあ、スポーツウェア買いに行こうか。後そろそろ、わたしのオーバーサイズティーシャツと履いてたスラックスの洗濯が回らないので……それも買いに行こう……」
「うん」
かなたは凛がオーバーシャツとして着ていたシャツを着て、ここに来た時に履いていたスラックスを毎日着ている。ズボンに関しては二日に一回洗濯をしているので、そろそろ新しいのが欲しいところ。
「凛さん、明日休み?」
「うん。今日は華金〜」
「もう一個わがまま言っていい?」
「もちろん!」
少し視線を彷徨わせたかなたが、小さくわがままを口にした。
「サッカーボールも、欲しい」
「いいよ!」
「ちょっとは悩めよ。安くないよ? サッカーボールって」
「かなたんに貢ぐためにお金貯めてるから大丈夫」
「その貢ぐってやだ」
「やめられない! 諦めてね! オタクってそういう生き物だから」
頬を膨らませてつんとそっぽを向くかなたの頬を突き回す。嫌そうな顔をされたが、かなたは凛の隣から離れなかった。
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