夢女子で何が悪い! 第4話

 かなたがこの世界にやってきてから、一週間が経った。


 関係は良好。いや、『超』良好と言って差し支えないだろう。かなたは漫画に描かれている通り頭が良かった。だから、凛が言葉にしにくかったこともすぐに理解してくれた。例えば、寝るところ、朝の支度の時は急いでいるので声をかけないで欲しいこと、急に独り言を言っても無視してくれるところ。最後の独り言に関しては、一人暮らしが長い人はわかってくれるんじゃないかと思う。お風呂が沸いた音とか洗濯が終わった音に反応してしまうのは仕方がないと思う。

 かなたはその全てを察してくれた。そして、凛が求める以上のことをしてくれた。

 寝る際は、一声かけてから寝室(に魔改造した元・物置部屋)に行ってくれる。朝は自分で起きて、凛の分の朝ごはんも作ってくれる。独り言は無視してくれるし、別の話題を振ってなかったことにしてくれる。


 凛は思った。もうこれは同棲と言っても過言ではないと。

 しかしすぐにその考えを修正する。なぜならかなたは凛の『推し』で、彼氏ではない。

 もちろん、夢女子の凛にとって、かなたは紛れもなく好きな人だ。恋をしている。


 だがこのスパダリ(スーパーダーリンの略称)っぷりを見たまえ。

 こんな有料物件が、平凡な凛の彼氏など、あり得ないのだ。天地がひっくり返っても、そんなことは起こり得ない。もちろん妄想の中では、何度もスパダリシチュエーションはあったし、夢小説でも読んだ。


「実際にスパダリ浴びるとね〜……」


 凛は小さく独りごちる。隣で一緒に漫画を読んでいたかなたは、いつのもようにそれをスルーしてくれた。

 推しと恋人になるのは妄想の中でだけでいいな。凛は一人うんうんと頷く。


 それに冷や汗を流していたのはかなただ。

 かなたがこの世界に出現してしまい、初めて会ったのが凛だった。凛の部屋の真ん中に出現してしまったからそれはしょうがないことなのだが。

 そしてかなたは、自分をキラキラした目で見てくる凛に、一目惚れをした。

 それはありきたりな恋の始まり。スモーキークォーツを閉じ込めたかのようなその瞳を、隣で見つめる権利が欲しいと思ってしまった。

 この一週間、かなたは勉強した。そして実践を繰り返した。

 教材は、ベッドの下から出てきた宮地かなたの夢小説、および夢漫画。

 最初は、ベッドの下に何か入っているのが見えただけだった。どうしてもそれが気になってしまい、手を伸ばしたのが最初。かなたは凛が自分のことを好きだと確信した。

 だから、凛の口から好意の言葉を引き出そうと、凛のことを観察して先回りしたり、料理や洗濯などを率先して行い、喜ばせることもした。しかし凛は、今ぼそっと言った。「実際にスパダリ浴びるとね〜」と。それは喜びのニュアンスではない。ネガティブなニュアンスだった。続く言葉は「無理」や「ちょっとね〜」などが考えられる。つまり喜んでいない。凛は、かなたのスパダリ行動に、惚れてはいない。かなたの勉強実践は裏目に出ているらしかった。


 かなたは徐に、本棚にあった少女漫画に手を伸ばした。


「……なあ」

「ん?」

「おれ、働きたい」

「……うん?」

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