異世界作家生活 6話

「本の出版……」


 アメリアさんからもらった名刺を眺める。

 外は暗くなってきた。ドアももう閉めている。


「キョウ、あんまり乗り気じゃない?」


 空になった皿とカップを前にして、カイは頬杖をついてこちらを見ている。

 まっすぐな視線から、つい目を逸らしてしまった。


「そんなことないよ」

「でも、あんまり嬉しそうじゃない」

「……うん……」


 嬉しくないわけじゃない。でも、どうしてもブレーキをかけてしまう。


「……売れないかも、しれないじゃない」


 新人賞をもらえたって、売れる保証にはならない。事実、わたしが書いた本は本屋の隅に置かれ、誰かの目に留まることはなかった。

 だから、出版社の人の目に留まったとしても、同じことが予想される。

 誰にも届かない物語。自分の生み出したものが、誰にも見てもらえないという恐怖。それはずっと、わたしの中で燻っていた。


「そんなことないよ」


 カイのはっきりとした言葉に、顔をあげる。

 こちらを見つめるカイは柔和に微笑んでいた。


「大丈夫だよ。だって、キョウは物語を作るのが大好きなんだから!」


 世界が、明るくなって、羽が生えたかのようだった。


「失敗したって次頑張ればいいしさ! もしもうなにもしたくなくなったら、俺のところにお嫁にくればいいし!」

「……ふ、ふふ、なにそれ」

「あ! 笑った! 嘘じゃないのに!」


 ぷくっと頬を膨らませるカイに、わたしは涙を流しながら笑ってしまった。


 次がある、なんて考えられなかった。

 最初がダメなら、もう全部ダメだと思っていた。

 でも、そうじゃない。カイの言うとおり、次頑張ればいいのだ。ダメだったところを分析して、次に活かせばいい。


「……カイはすごいね」

「え! 褒められた嬉しい! お嫁くる?」

「それはいいかな」

「気が向いたらいつでもいいからね!」


 その言葉に、救われた。

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