異世界作家生活 5話
「お客さんだ」
「タイミング悪いな!」
「そういうこと言わないの」
首に回っている腕を叩くと、渋々といった様子でカイが離れていく。
お茶はカイに任せて、小走りで店へと向かった。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。すみません、お伺いしたいことがあるのですが」
本棚の間に立っていたのは身なりの綺麗な女性だった。元の世界の言葉で言うなら、敏腕秘書、みたいな雰囲気を纏う女性。
「はい、何かお探しでしょうか?」
「……ここに、『ひまわりと星空』という本があるとお聞きしたのですが、ありますでしょうか?」
わたしは一瞬、その内容が理解できずに瞬いた。
「……『ひまわりと星空』ですか?」
「はい。うちの部下が、ここで購入したと言っていました」
「あ、ありますけど……」
「! 本当ですか!」
わたしは店の端から一冊の本を持ってきた。手製で作られた、一冊の本。
これは、わたしがここに来て最初に書いた小説だ。
「こちらでお間違いないでしょうか……?」
「はい……! はい、これです! こちら一冊いただけますか?」
「は、はい!」
女性は嬉しそうに微笑みながら、そっと本の表紙を撫でている。その様子に、感極まって泣きそうになる。
自分の本が売れるとは、こんなに嬉しいことなのだと初めて知った。元の世界では、本やに並んだ自分の本を呆然と眺めるだけで、売れたところは見たことがなかったから。
「あの、よろしければこちらの作者の……『ミヒャエル・グリム』さんについて教えていただけませんか? 他の本屋も何軒か回ったのですが、どこにも置いてなくて……」
「あ、そ、それ、わたしです」
「……え?」
「えっと、わ、わたしが、ミヒャエル・グリムの名前で小説を書いている者です……」
女性は目を見開いた。沈黙が流れる。気まずくなって目を逸らすと、ガッと手を握られた。
「あなたが……!」
「え、あ」
「あの、部下に本を借りて読ませていただきました! 本当に面白くて、特に言い回しとか言葉の感じがとても好きで! 私も欲しいと思って色々なところを回ったのですが出会えず……部下に聞いてやっとここに来られたのです! あの、えっと、つまり……」
女性がキラキラのエメラルドの瞳で覗き込んでくる。
「ファンです!」
胸を撃ち抜かれたような衝撃だった。
言葉がうまく出てこない。その代わりに、涙はポロポロ出てくる。
「ちょっとー⁉︎ 何キョウのこと泣かせてるんですか⁉︎ つかあんた誰⁉︎ キョウの手離せよ!」
間に割り込んできたカイ。女性はパッと手を離した。
「申し遅れました。私、フジ出版のアメリアと申します! 今日は『ミヒャエル・グリム』さんに、折いってお話があって参りました」
「なんですか? キョウのファンだって言う話なら今終わりましたよね?」
「いえ、確かにそれが本命ですが……もう一つ」
カイ越しに、アメリアさんを見る。
「ぜひ、フジ出版で物語を書いていただけないかと、お願いをしに参りました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます