異世界作家生活 4話

 そうしてわたしは、小さな古本屋で暮らし始めた。店を貸してくれた老人、オイゲンは、二階の空いている部屋も貸してくれて、わたしは今なんとか生活ができている。


「ふわ〜……」


 店の扉を開けているので、外の風が入ってっきて心地よい。カウンターに頬杖をつきながら、紙に降りてきたインスピレーションを書き連ねていく。


 やりたかった創作活動も細いながらできていた。自分で製本をして、店の端にそっと置いておいたら、なんとそれを見つけてくれる人がいて。名前を聞かれたので、咄嗟に『ミヒャエル・グリム』と名乗った。本当になんとなくだった。この世界でのペンネームはそれになった。


 同時に、隣のパン屋の息子・カイにも、名前を聞かれた。

 前に聞いたことがある、『真名』の話。

 真名を奪われてしまえば、元の場所に帰れなくなる、と言う、確か神隠しの話だったと思う。

 名前を聞かれた時、それが頭をよぎった。そして、口をついて出たのは『和泉梗』と言う、元の世界で使っていたペンネーム。

 カイは太陽のような笑顔で、わたしのことを「キョウ」と呼ぶようになった。


 ふっと風が吹いた。顔を上げる。


「キョウ! パン持ってきた! おやつ食べよう!」

「いらっしゃい、カイ」

「変な客来てない? 言い寄られてない? キョウは可愛いんだから気をつけないと」


 いつの間にか取れていた敬語。仲良くなれた証かと嬉しくなっていたが、なんか心配しすぎだと思う。変な客は元の世界ほど来ないし、言い寄られることなんて絶対にない。


「今日のおやつはなー、メロンパンだ!」

「わあ、美味しそう」

「な、な! 今日はなんのお話をしてくれるんだ?」


 ここ連日、わたしはカイに自分で作った短編の物語を話していた。彼はどうやらそれが気に入ったらしく、おやつのパンを携えて毎日やってくる。


「じゃあ今日は、王子様に一目惚れをして海の底に引き摺り込んだ人魚姫の話」

「お! なんか怖そう!」


 カイはニコニコしながら、カウンターの前に持ってきた椅子に腰かける。


「その前に、お茶持ってくるね」

「あ! 俺も手伝う!」

「大丈夫だよ」

「ううん! 共同作業したい!」


 言葉選びがなんかなあ、こう……紛らわしいというか。


「キョウはお茶好き?」

「うん、好きだよ」


 頷いた時、カイは顔を真っ赤にしてはにかんだ。


「こ、コーヒーは? 好き?」

「? うん。大好き」

「ありがとう〜!」


 なぜか感謝をされて飛びつかれた。


「俺も大好き!」

「じゃあコーヒーのほうがいい?」

「ううん! キョウと同じやつがいい!」

「じゃあお茶淹れるね」

「俺も手伝うよ!」


 まとわりついてくるカイに手伝ってもらいながら、お茶を二杯淹れる。


「キョウはコーヒーじゃなくていいの?」

「うん。カフェインの摂りすぎて怒られたから……」

「どんだけ飲んだの?」

「……一日十杯ほど」

「死んじゃうよ⁉︎ もうこっちでは一生カフェインレスのお茶飲めせるからね! 俺が!」


 ぎゅうと首を絞めるように抱きしめられた。苦しい。タップすると腕が緩められたが、体勢はそのまま。


「カイ、お茶持っていけないよ」

「俺が持っていくよ!」

「じゃあとりあえず離れて」

「もう少し!」


 すりすり頬擦りされる。

 どうしようかと悩み始めた時、入り口についているチャイムが鳴った。

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