第四十六話

「これは中国拳法の遣い手だと思うんですよ」

 まあ、香港の人がそう言うんだからそうなんだろうな。

 香港の警察ではコーヒーが出して貰えた。これ飲まないと頭が冴えない。冴えていなくたってこの死体が中国拳法の遣い手だということはまあ、俺でもわかる。所持品にヌンチャクって、あんまりにもベタだろう。

「他の遺体もいろいろ武器は持ってるんですけども、やっぱり基本は銃ですね」

「中国とか香港のマフィアって、みんな銃持ってても一応功夫クンフーとかやるんですかね?」

「さあ、どうでしょう。ちょっと私はマフィアじゃないんでわかりませんけども、そんなに功夫が浸透しているとも思えないんですよね」

「あのー、もうわかってはいるんですけど、一応メールを拝見していいですか」

「こちらに準備してあります」

 担当者はさんといい、ちょっと目のつり上がったキリっと典型的なアジア系の顔をしていた。それに比べて俺の冴えない顔。まったく日本人は公家顔が多いからなんかぼんやりした感じなんだよな。

『御社と取引したい フジワラ』

 またこれか。こんな連中相手に愉快犯も模倣犯もないだろう。

「それからこちらが監視カメラの映像です」

「映像撮れたんですか」

「ええ、今一つはっきりと映っていないというか、背中を向けているんですが。これ、入り口の隅から部屋の中を撮ってるんです。ですからどうしてもフジワラが背中になってしまう」

 映像のフジワラは凄かった。ドアを開けるなり、手近にいた二人を左右のストレートとアッパーで沈め、銃を抜こうとしたやつにそのぶっ倒れかけたやつをそのまま蹴りでぶつけたというか投げつけたというか。その間に銃を抜いたやつの方へとテーブルの上から飛び蹴りをみぞおちに食らわせ、奥のやつの喉を指先で突いて倒す。起き上がってきた連中はもうヨレヨレだ。そこで耳の辺りにハイキックをぶち込んだり背後から頸椎を手刀で折ったりして、一分もかからずにそこにいた人間を全滅させた。

 一階から二階に抜ける大きな吹き抜けがあったせいか、二階から銃の乱射が降って来るが、ビビっているせいか明後日の方に弾をぶっ放している。フジワラは全く気にせず、吹き抜けを囲むように取り付けられた階段を悠々と上がる。二階の連中は腰が引けて反対側の階段から逃げるように降りて行くがフジワラは気にせずのんびりと降り、結局残りもすべてロングレンジからの目突きだの金的蹴りだの、フィンガージャブからのシャベルフックだのと大したこともせずに全員倒して涼しい顔で出て行った。

 そのとき彼がチラリと映ったのだ。

 身長百六十センチ、体重六十キロ、ひげは無し、黒いカンフーシャツに黒い細身のパンツ、黒のカンフーシューズに、真ん丸の黒いサングラス。

 この前の画像で見たフジワラだ。完全に同一人物だ。全身が粟立った。

 ――トーゴ助けてくれ、俺の手に負える事案じゃない――

「遺体をご覧になりますか」

 もうわかってはいるけど一応……。

「お願いします」

 遺体の状態は俺の想像とさほど乖離していなかった。

「これがとてもきれいな遺体で、傷跡がどこにもないんです。頸椎も見た目には損傷してないですし、歯も折れていないので顔も殴られてないですね」

「ああ、それたぶん心臓です。フジワラは外からの打撃で心臓を止めることができるんです」

「どういうことですか」

「ちょっと体借りますね、普通はこう、心臓に向けて掌底で打撃」

 軽く李さんの心臓の辺りに掌底を当てる。

「そのまま全力で打ち抜くんですよ」

 李さんの心臓に当てた掌底に力を入れて彼をグッと押すと、彼は反動で一歩下がる。

「でもフジワラの場合は打ち抜かないんです。そのエネルギーを心臓の位置で止めてしまう。だから全てのエネルギーを受けた心臓は雷が落ちたとか、健康なのにAEDを当てられたような感じになるらしいんです」……多分。

「功夫の回転系ですかね」

「なんですかそれ」

 立場が変わった。李さんが安全面を考えて俺の腹に軽くパンチを入れる。

「ここに回転系を入れます。後ろにした軸脚を打撃の瞬間に捻ることで、腰が回り、肘に伝わって打撃に回転が加わるんです」

 さっきと同じように今度は回転を入れて腹にパンチしてくる。これは効く。

「これ……どうなってるんですか」

「ストレートパンチだとトモナガさんの仰ったようにまっすぐエネルギーが抜けちゃいますけど、回転を入れるとエネルギーが迷子になってそこに停滞してしまう。だから全エネルギーが狙ったところに集中するというやつです。かなりの遣い手ですね」

「李さんも相当キテると思いますけど」

「私はマフィア担当なので」

 李は涼しい顔で返した。

 つまり日本で言うところのマル暴ってやつね。

「香港にマフィアはあとどれくらいあるんですか?」

「小さいものも含めれば星の数ほど。ある程度名の知れたものならあと三つくらいですね。それらが全部潰されたら小さいところはビビって解散するか、調子に乗って自分たちがのし上がろうとするでしょう。そうなったらまたフジワラに潰される可能性もありますが」

「つまり目立てばフジワラにやられると」

「そうですね」

 出る杭は打たれるってわけだ。

 そのときまたも電話が鳴った。出たくない相手だった。

「ちょっとすいません」

 李さんは手のひらを上に向けて「どうぞ」という仕草をしてみせた。

「はい、友永」

「お前今どこだ」

「香港です」

「香港で二件、深圳シンセンで二件だぞ。中野に応援頼むか?」

「その中野は今深圳なんですよ」

「あ、ちょっと待て。……なに? 本当か?……すまん、また追加だ。澳門マカオで二件、掲陽ヂエヤンで一件」

「待ってムリ。これ単独犯じゃないですよ。フジワラグループと見た方がいい。一人でやれる数じゃない」

「お前遺体はほとんど見たんだろ?」

「ほとんどは見てないですけど、ほぼ全パターンは見ました」

「じゃあ、そっちにいる必要はない。画像は各国から送ってもらう。日本に戻って報告しろ」

「わかりました」

 言ってから気になって別のスマホを出した。

「もしもし、友永だけど今どこ?」

「飛行機の中だけど」

「あれ? 深圳シンセンは?」

「終わったからいま日本に向かってるとこ。どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない、ごめん」

 俺は今、一瞬親友を疑った。体格が似ているだけなのに。あんな日程こなせるわけないのに。警察官なのに。あんないいヤツなのに。

 大きなため息を一つつくとあとは日本まで寝ることにした。

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