第四十七話

「これはメキシコな。この子はガブリエル」

「それどうでもいい」

 トーゴの反応が冷たい。女の子に全く興味を示さない。

「んで、こっちの集団が喉か頸椎やられたやつ。喉を折られるってゾッとするな」

「こっちは」

「主に内臓をやられてる集団。これは肋骨が折れて肺に刺さって呼吸不全、こっちも肋骨が折れてるけど心臓にダイレクトアタック。こいつは心臓を殴られたショックで心停止したパターン。こいつは金的蹴りで倒れたところを背後から背骨を折られてる。あと香港先見る?」

「うん」

 普通はここで「いや、もういい」というところだが、トーゴは「見る」という。こいつサイコパスなんじゃねーかと思う時がある。

 ぶっちゃけ警備局は警察署の中でも魔境と呼ばれており、同じ公安でも隣のシマのやつが何を追っているのか知らない。まして外事が何やってるのかなんて警察辞めても知らない。その公安と外事が組んでるんだからファンタジーな世界だ。トーゴの情報処理能力に幼馴染という属性が加わって組む事になるなんて俺としては胸アツなんだが、こいつがこんなになってるとは思わなかった。

 いや、確かに昔から頭が良くて、学校帰りに塾とか行ってたけど、それも自分の意志ではなかったみたいだし、ここにトーゴがいるのがまず不思議だ。

「えーとこっちは香港なんだけど、メキシコやコロンビアと違って担当者の李さんが功夫やってる人だったから大体動きが綺麗に説明されたんだけどさ。いや、これ見た方が早いわ。動画があるんだ」

 俺がパソコンを向けるとトーゴは食い入るようにその動画を見た。

「この人、四段蹴りだね。顎を思いっきり蹴り上げられて晒された喉に手加減なしの一発、そこからみぞおちに爪先刺しこんで金的蹴りだ。こりゃ死ぬしかない」

 え? 今なんとおっしゃいましたかね?

「お前これ見てわかんの?」

「僕、一応外事の人なんだけど忘れてない? ちょっと速いから速度落として見ようよ。こっちの人は目玉にフィンガージャブかな。右ストレートから立ち直ろうとしてる相手の足を後ろからすくって倒れたところに……こういう時って普通みぞおち入れない? なんで首に踵入れて来るかな、フジワラってドSなんじゃないの。こっちは腹に一発入れられて顔が上げられなくなっているところに斜め下から右フック。次のが来たところにそいつを蹴り飛ばして盾にしておいて、反対のやつの銃を蹴り飛ばしてる。盾をどかしたやつが再び銃を構えようとしてるけどフジワラの方が早い。右回し蹴りからの立て続けに左の後ろ回し蹴り、倒れた隙にさっきの銃を蹴り飛ばしたやつの腹にシャベルフックを入れて体を折ったところで頸椎に一発で終わり。回し蹴りのやつは起き上がってきたところに喉を突かれて終わり。これ、拳に見えるけど中指ちょっと出してるね」

「待って、トーゴ黒帯持ってたりする?」

「ううん、四色問題技能検定一級、ジグソーパズル検定一級、それから」

 それ要らん情報。

「今度から動画解析する時一緒に見ような」

「僕が日本にいたらね」

 それは非常に重要な問題だ。気分を変えるために俺はコーヒーを喉に流し込んだ。

「あといくつやられると思う?」

「このフジワラはだんだん強いところに狙いを付けて行ってるから、今まで以上にヘボなところにはきっと行かないよ。そう考えると、マフィアの数が例えば星の数だけあったとしてもフジワラは一等星にしか手を出さない。一等星が全部やられればさすがに二等星以下が手を出そうとは思わないんじゃないかな。出してもすぐ消される」

 香港の李さんと同じことを言っている。やはりそういうことなのだろうか。

「そう考えたらもうそんなに残ってないよ。ナポリのエルコラーノ・ファミリー、上海シャンハイ上北帮シャンペイバン西安シーアン金蛇帮チンシュウバンくらいじゃない?」

「トーゴすげえ詳しいな」

「ほら、僕フジワラトーゴだから」

「そうだったそうだった。ってこのギャグ俺らにしか通用しねえんだよな、他に誰もこの案件知らないし」

「朝倉さんが笑ってくれるんじゃない? そろそろいいかな、実は僕大きいの追ってて」

「は? 別件?」

 トーゴは曖昧に笑っただけだった。

 俺は開いた口が塞がらなかった。これに首を突っ込んでいるのに大きい案件を追ってるだと? どうなってんだよ外事は。

「ごめんごめん、今度また動画送られてきたら頼むわ」

「うん、わかった。じゃあね」

 相変わらずトーゴは要件が終わるとさっさと出て行った。

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