第22話

5日が経った。

 身体の調子は本調子ではないが普通に生活出来るレベルにまで回復した。

 火の海と化した地下格闘技場で倒れていた俺を助けてくれたのは国際警察の人達だったらしい。自分の目では見ていないから分からないが。

 地下格闘技大会に関与していたマフィア達は粗方捕まった。国際警察がガルイ市長の豪邸の周りを囲んで、外に出てきた所を一斉逮捕したらしい。

「トム様止めてください。お怪我しますから」

「そうですよ。トム様」

「……大丈夫だよ。怪我しないよ」

 トムは剣と盾と遊んでいた。

 ジャルト・デアボロを倒した龍の形をした銃は俺が目を覚ました瞬間、剣と盾に分離した。

 俺もリリアもユリアさんも一時的な存在で二人が身体から離れたら消滅するものだと思っていた。しかし、見たとおり消える素振りがない。どう説明すればいいか分からない。まぁ、説明を求める人が居ないから別にいい。それにトムにすれば家族が増えたからいい事だろう。

 不思議な気持ちになるが時期慣れるだろう。

「ジェイム、何したらいい?」

「私も手伝います」

 リリアとユリアさんは料理をしている俺に話しかけてきた。

「そうだな。量を作らないといけないから食材を切って。あと、皿の用意と」

「了解」

「じゃあ、私が切ります」

 リリアとユリアさんは俺の指示通りに動き始めた。

 この5日で一番驚いた事がある。それはリリアよりも、ユリアさんの方が大食いだったと事だ。リリアの二倍は食べていると思う。恐るべしプシュケー一族の胃袋。

 俺は深呼吸をして、気合を入れた。そして、まな板の上に置いている食材を切り始めた。


 翌日。

 俺はローレンさんに呼び出され、街外れの工場の前で居た。

 呼び出された理由は教えられていない。ただ来るように言われたのだ。

 集合時間の午後3時まではあと1分程だ。でも、ローレンさんの姿が見当たらない。本当にこの時間で合っているのかちょっと不安になってきた。

 車の排気音が聞こえる。

 俺は排気音が聞こえた方を向いた。

 視線の先には護送車と一般車がこちらに向かって来ている。あのどちらかにローレンさんが乗っているのかもしれない。

 護送車と一般車が俺の前で止まった。そして、一般車のドアが開き、ローレンさんが出て来た。服装は普段と変わらない。

「ごめんね。待たせて」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それで、俺を呼び出した理由は?」

「理由はね。護送車の中に居る人がどうしても、貴方にお礼を言いたいらしくて」

「……誰ですか?」

「見たら分かるわ」

 ローレンさんは護送車のドアを開けた。

「……ガルイ市長」

 護送車の中にはガルイ市長が居た。ガルイ市長の両手は手錠で拘束されている。

 ガルイ市長は座席から立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。

「ジェイム・フォークス君だね」

「はい。そうです」

「……君にはお礼を言わないといけない。妻のエレンを。そして、私を助けてくれて本当にありがとう。どんなに感謝しても感謝しきれない」

 ガルイ市長は俺に頭を下げた。

「か、顔を上げてください。俺だけじゃないですから。もう一人、力を貸してくれた人がいますから」

「……そうだったね。その人に伝えてくれないか。ありがとう、と」

 ガルイ市長は顔を上げて、言った。

「はい。必ず伝えます」

「ありがとう。それじゃ、お願いします」

 ガルイ市長はローレンさんに頭を下げた。

 ローレンさんは護送車のドアを閉めた。そして、運転手に合図を送った。

 護送車はヴァルトヘルトの外へ向かって走り出した。

「あのーローレンさん」

「何?」

「ガルイ市長はどうなるんですか?」

「そうね。妻の為にと言っても犯罪に手を染めたのは事実だから有罪は確実ね」

「……有罪ですか」

 仕方が無いと言えば仕方が無いだろう。ジャルト・デアボロに脅されていたのは事実だが、犯罪を犯したのも事実だ。

「まぁ、ジャルト・デアボロに指示されてやっていた証拠などがあるからだいぶ刑は軽くなると思うわ」

「……そうですか。早く、エレンさんと一緒に生活出来るようになればいいですね」

「そうね。あ、ジェイム君、送ろうか」

「いいんですか」

「えぇ。でも、途中までね。家まで送れば色々と面倒な事になるから」

「はい。それは分かってます。じゃあ、途中までお願いします」

「分かった。それじゃ、助手席に座って」

「はい」

 俺はローレンさんの車の助手席側のドアを開けて、助手席に座った。

 ローレンさんは運転手席側のドアを開けて、運転手席に座った。そして、エンジンをかけ、カーナビを操作し始めた。

「あれ、おかしいな」

「どうしたんですか?」

「カーナビの調子が悪いのよ。申し訳ないんだけど、グローブボックスを開けて、地図を出して案内してくれない」

「分かりました」

 俺はグローブボックスを開けて、地図を探し始めた。

 グローブボックスには様々な資料などが入っていた。地図は一番下にあった。

 俺は地図を取り、顔を上げた。

「……なんで、お前が」

「……動いたら、この女の命はないわよ」

 ルームミラーにはアヴァー・パルヴァーが後部座席からローレンさんの後頭部に拳銃を押し当てているのが見える。

 なぜだ。こいつは捕まらなかったのか。それにどうやって、俺に気づかれずに車に乗った。そんな事今はどうだっていい。ローレンさんをどう助ければいい。

「アンタ、いい顔してるねーゾクゾクする」

 アヴァー・パルヴァーは俺の顔を見て言った。

 この状況を打破する方法が思いつかない。考えろ。考えるんだ。可能性はあるはずだ。

「もういいでしょ、アイリーン。貴方、最近悪趣味に拍車が掛かってるわ」

 アイリーン?それにローレンさんの声からは恐怖を感じ取られない。

「いいじゃない。潜入捜査はストレスが溜まるの。ちょっとぐらい楽しませてよ」

「もう。今度、お酒呑みに行こう。話し聞いてあげるから」

「……アンタ持ちよ」

「分かってる」

「交渉成立、と」

 アヴァー・パルヴァーはローレンさんの後頭部から拳銃を離した。

「…………」

 どう言うことだ。理解出来ない。簡単に考えれば二人は知り合い。でも、国際警察とマフィアのボスだぞ。

「ローレン、説明してあげなさいよ。この子、混乱してるわよ」

「もう、やるだけやって後処理は私に任すのやめなさいよね」

「はいはい、ごめん」

 アヴァーは適当に言った。

「反省してるの」

「してるしてる」

「……すいません。説明お願いします」

 俺はローレンさんに訊ねた。

「ごめん、ごめん。説明するわ。アイリーンは国際警察なの。ヴァルトヘルトではパルヴァーファミリーのボス・アヴァー・パルヴァーになって、潜入捜査をしているの」

「本当ですか?」

 驚きを隠せない。だって、国際警察がマフィアのボスに扮しているだなんて。だって、最初に会った時の雰囲気は確実にマフィアのボスだった。

「えぇ、本当よ。ねぇ」

「その通りよ。ガルイ市長やボーに貴方の正体を教えたのも、ローレンに情報提供したのもアタシ。それに貴方が地下格闘技上のステージで倒れている所を助けるように指示したのもアタシ」

「……ありがとうございます」

「やめて、そう言うの。柄じゃないから」

 アヴァー、いや、アイリーンさんはきつい口調で言った。

「すいません」

「ごめんね。アイリーン、照れてるだけだから」

「え?そうなんですか?」

「うん」

「二人とも撃ち殺されたい?」

 アイリーンは鬼の様な形相で、俺達に向かって拳銃を構えた。やっぱり、おっかない人だ。潜入捜査とは言え、ヴァルトヘルトのマフィアのボスだ。

「嫌です。あ、それじゃ、あの三人も国際警察ですか?」

 普通に考えれば、あの手下三人衆も国際警察だろう。

「あいつらはこの町のチンピラよ。そして、アタシの可愛い手下達よ」

 アイリーンは当たり前の事のように言う。

「そ、そうなんですか」

 恐るべし国際警察。ヴァルトヘルトのチンピラを手下にするなんて。まぁ、それぐらい出来ないとヴァルトヘルトの潜入捜査は任されないのだろう。

「まぁ、あれよ。これからもよろしくね。可愛い探偵さん」

 アイリーンは俺に向かって拳銃の撃つマネをした。

「……は、はい」

 力強い仲間が増えたと言えばいいのか。諸刃の剣を手に入れたと言えばいいのか。今の俺には判断出来ない。まぁ、今回の事件で謎だった事が全て繋がったからよしと思えばいいか。そうだ。そう思おう。

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