第19話
30分程が経った。もう大会が始まる頃だろう。
俺は部屋の壁に置かれているパイプ椅子を分解して、パイプ部分を一つ手にした。戦う為の武器になる。
ドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
「ゴダル・フォー様、お迎いに来ました。ドアを開けてもよろしいでしょうか?」
部屋の外から男の声が聞こえる。きっと、黒服の男だろう。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアが開いた。そして、黒服の男が入って来た。
「まもなく開会式が始まります。開会式が終わり次第、試合が始まります。なので、私と一緒にステージの方へ向かっていただいてよろしいでしょうか?」
「分かりました」
控え室を出て、廊下を歩いていた。
ステージの方からは歓声のような声が聞こえる。決して、耳障りのいい音とはいえない。どちらかと言うと、不愉快な音だ。俺達の苦しむ姿を早く見せてくれと急かしているように思えて仕方が無い。
ステージ前に着いた。目の前には鉄格子がある。鉄格子の間から、ステージの中央で黒服の男が観客に向かってマイクで何か言っているのが見える。
「ここで待機をお願いします」
「了解」
「では失礼します」
黒服の男は去って行った。
……似てる。いや、全く一緒じゃないか。ステージも観客席の作りも何もかも。少しサイズが大きくなっただけ。芸がないのか。……そんな事、考えなくていい。戦う事に集中しろ。
俺は壁面に付いているモニターに視線を送る。
観客席には大勢のマフィア達がいる。この前のカジノの大会より人数は多い。
「それではこれにて開会式を終わらせていただきます」
ステージ中央に入る黒服はどこかへ去って行った。
観客席からは割れんばかりの拍手が聞こえる。戦いが今か今かと、観客達のボルテージはどんどん上がっているようだ。
気に食わない。本当にこの大会は気に食わない。自分達は安全な場所で見物して、罵倒などをする。人間の醜悪な部分が全て、この場所に集まっているように思える。
……腹が立つ。負けは許されない。勝って、リリアの妹のユリアさんの魂を助ける。ガルイ市長もエレンさんも。
鉄格子が上がった。向かいに見える入り口の鉄格子も上がっていく。
「両ファイター、ステージへ進んでください」
アナウンスが聞こえる。
「絶対に勝とう」
身体の中に居るリリアが言ってきた。
「当たり前だ」
俺はアナウンスの指示通りにステージに出た。
観客達はかなり盛り上がっている。
向かいの入り口から相手のファイターが現れた。
……どこかで見た事がある気がする。トナカイの角が二本、両肩にはライオンの顔、胴体はクロコダイルの皮膚、尾骨付近からはアナコンダの尻尾……エドガー・スミスだ。この前の死体オークションの競売品になっていた。
動いている。と言う事は、何かしらの魂があの身体に入っているに違いない。どんな魂が入っているか分からないから動きが予想できない。
「それではパルヴァーファミリーのゴダル・フォー選手とリカードファミリーのエドガー・スミス選手の戦いを始めさせていただきます。レディーファイト」
アナウンスが戦いの始まりを告げた。その瞬間・エドガー・スミスが俺の突進してきた。
速い。人間の動きではない。
俺は最小限の動きで、エドガー・スミスの突進を避けた。
エドガー・スミスはそのまま壁にぶつかった。壁の衝突した部分は粉々に破壊されている。
……死ぬ。まともに喰らえば即死だ。絶対に負けられない。
「どうする?」
身体の中に居るリリアが話しかけてきた。
「剣で戦おうと思う。目を閉じるチャンスを作らないと」
「分かった。頑張って」
「おう」
どうにかして、目を閉じるタイミングを作らないと。
エドガー・スミスはまた突進してきた。
やばい。一度目よりも速度が上がってる。避けきれない。
掠った。だが、その衝撃で壁まで飛ばされ、背中を強打した。動きは単調だが、また速度を上げられたら避けられるか分からない。吹き飛ばされたおかげで距離が取れているのが幸いだ。
「やれー殺せ」
「俺はお前に賭けてんだ。負けるな」
観客席からは身勝手な言葉が聞こえてくる。
「どうする?」
「仕方ない。今しかチャンスはない」
「わかった」
俺はパイプを右手で掴み、目を閉じだ。そして、どんなものでも切り裂く頭身よりも大きい剣をイメージした。
「もう行けるか」
「うん。大丈夫」
俺は目を開けて、パイプを握っていた右手を見る。パイプはイメージどおりの剣に姿を変えていた。
「ナイス、リリア」
「どういたしまして。でも、大丈夫?相手、突進して来てる」
エドガー・スミスは一度目・二度目よりも速度を上げて突進して来ている。
一度目、二度目の突進で分かったことがある。こいつの動きは直進しかない。
俺は剣をその場に突き刺した。そして、剣の塚頭の部分に飛び乗った。
エドガー・スミスは直進で向かって来る。
あともう少しだ…3、2、1、0。
エドガー・スミスはそのまま剣に直撃した。そして、真っ二つに切れた。身体の中からは大量の血や内臓が溢れ出ている。
「勝者、ゴダル・フォー」
アナウンスが戦いの終わりを告げた。
「急に剣が現れたぞ」
「なんだ、あの力は」
「しゃあ、儲けさせてもらったぜ」
「なんで、負けるんだよ。くそが」
観客席からは歓声と罵声が聞こえる。
俺は観客席の事を一切気にせず、地面に突き刺した剣を引っこ抜いた。剣にはエドガー・スミスの血が大量にこびり付いている。
「ゴダル・フォー選手はステージの清掃が終わるまで入り口で待機をお願いします」
アナウンスが聞こえる。
俺は指示通りに入り口に戻った。すると、鉄格子が降りてきた。
鉄格子の間からステージを見る。黒服の男が血を拭き取ったりして、試合が出来る状態にする為に清掃している。
俺は剣を地面に置いて、その場に座った。
危なかった。思っていた以上に相手が強い。気を抜けない戦いがあと二回もあると思うと、ゾッとする。
傷は思った以上に深くない。血が少し出ているぐらい。止血すれば大丈夫なレベル。背中の痛みも耐えられないものではない。
「大丈夫?」
リリアの心配そうな声が身体の中から聞こえる。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当だよ。次の戦いも頑張ろう」
「……わかった。無理しちゃ駄目だよ」
「分かってるよ」
……嘘をついた。無理をしないと戦えない。きっと、次の相手も普通の人間じゃない。あばらの骨が何本か折れるのは仕方ないだろう。
マイナスなイメージをするな。俺には、いや、俺達には優勝するしか道がない。他の道は存在しない。勝つ。勝つのみ。
――10分程経過した。
「清掃が終了しました。2回戦を行わせていだだきます」
アナウンスが聞こえる。鉄格子が上がる。どうやら、ステージが試合を出来る状態になったようだ。
俺は立ち上がった。そして、右手で剣を掴む。
「リリア、剣のサイズを変えたい。いいか?」
「うん。いいよ」
俺は目を閉じて、剣のサイズを一般的なサイズになるようにイメージした。
「OK。目を開けていいよ」
目を開けて、右手で掴んでいる剣を見る。剣のサイズはイメージしたサイズになっていた。
「ありがとう」
「うん。どういたしまして」
「じゃあ、気合入れていくか」
「うん。頑張ろう」
俺は深呼吸をして、息を整えた。そして、「しゃあ」と叫んで、気合を入れた。
「両ファイターステージに進んでください」
ステージに進む。向こう側の入り口からもファイターが出てきた。
「……そんな」
敵の姿を見て、目を疑った。しかし、それは紛れもない事実として存在している。
肩に二本、脇腹に二本、腕が移植されている。そして、元からある手が二本。合計六本。さらに全ての腕は金属でコーティングされている。ボディはダイヤモンド加工、足はチータの足。作品名は阿修羅。
対戦相手は俺がこのヴァルトヘルトで尊敬していた人の中の一人。ゴンザレー・ドントだった。
「ギャー」
ゴンザレー・ドントは叫んだ。人間の叫び声と言うよりは動物の叫び声に近い。
泣いている。俺はその叫び声が泣いているように聞こえた。
「……大丈夫?」
身体の中に居るリリアが心配そうに訊ねて来た。
「なんでだ?」
「……泣いてるから」
俺は知らないうちに涙を流していた。それは、きっと感情を上手く咀嚼出来ていないからだろう。怒り、苦しみ、迷い、様々な感情が自分の中で飛び交っている。
「大丈夫だよ。勝つから」
「……うん」
リリアはそれ以上は何も言わなかった。
「それではパルヴァーファミリーのゴダル・フォーとザインファミリーのゴンザレー・ドントの試合を始めます。レディーファイト」
アナウンスが戦いの始まりを告げる。
ゴンザレー・ドントは6本の腕で殴ってきた。速度はエドガー・スミスの突進とは比べ物にならない程に速い。そして、重い。
俺はとっさに剣を盾にして、攻撃を防いだ。一発でもまともに喰らえば当たった箇所の骨は粉々になるに違いない。
「お前には大金をはたいたんだ。勝ちやがれ」
「六本も腕があれば楽勝だろ」
「お前のせいで、今まで賭けに負けてきたんだ。今日ぐらい勝たせろ」
聞くに堪えない言葉が観客席から聞こえる。
……ふざけるな。黙れ。
俺はこの人がどれだけ素晴らしい格闘家で人間だったのかを知っている。これ以上、ゴンザレー・ドントの人生を踏み躙るな。
俺は怒りに身を任せて、肩と脇腹に移植された腕を切り落とした。
ゴンザレー・ドントはもがき苦しんでいる。一秒でも早く楽にしてあげたい。
「ジェイム?」
リリアは一瞬の出来事に驚いているのだろう。
「ごめん、リリア。武器を変えたい」
「わ、わかった」
俺は目を閉じた。そして、ダイヤモンドさえも破壊出来るボクシンググラブをイメージをした。
「もう、大丈夫」
リリアは言った。
「ありがとう、リリア」
俺の両手を見ると、ボクシンググラブが付いている。
「……ゴンザレー・ドント。俺は貴方を尊敬していました。だから、俺は貴方を化け物ではなく一人の格闘家して倒します」
これがゴンザレー・ドントの人生に対しての最高のリスペクトだと思う。
「ギャオンア」
ゴンザレー・ドントが叫びながら左手で殴ってきた。
俺はそれを避けて、ダイヤモンドでコーティングされているボディを殴った。
ボディのダイヤモンドは粉々になり、ゴンザレー・ドントの身体はその場に倒れた。動く気配はない。終わった。
ゴンザレー・ドントの生涯は格闘家して終わった。
「勝者、ゴダル・フォー」
観客席からは歓声と罵声が聞こえる。
「リリア、このボクシンググラブ解除してくれないか」
「う、うん」
ボクシンググラブはパイプに姿を戻した。
俺はパイプをその場に置いた。そして、目の前に横たわるゴンザレー・ドントの遺体に対して目を閉じて合掌をした。
「決勝戦は2時間後に行います。ゴダル・フォー選手は2時間後、ここに戻って来て下さい。よろしくお願いします」
俺は目を開いた。そして、地面に置いたパイプを拾い、控え室に向かう。
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