第18話

地下格闘技大会当日の朝。

 緊張や様々な事を考えていたせいかちゃんと睡眠を取れていない。まぁ、これを言い訳にはしないけど。

 朝食を食べ、リビングのソファに座って、どんな事が起こっても大丈夫なようにシュミレーションをしていた。

 リリアを見る。リリアも真剣そうな表情で何かを考えている。

 今日でこの事件の全てが終わるのだ。今日、失敗すれば今までの行いが全て水の泡になってしまう。絶対にそれだけは避けたい。だから、必ず成功させてみせる。

 トムが笑顔で近づいて来た。

「ねぇ、出来たから見て」

「出来たのか。分かった。見るよ」

 俺はトムに手を引っ張られて、トムの作ったものが置かれている小型のテーブルへ向かう。

「これだよ」

 トムは小型のテーブルの上に置いてある二つの物を指差した。

「……これは?」

「最強の剣と最強の盾だよ。自分で戦うの。こんな剣と盾があったらジェイムのお仕事に役立つでしょ」

 トムが作った物は自我を持っていると言う設定の剣と盾の人形。剣の鍔の部分はライオンの顔が彫られている。ライオンの鬣の部分は炎のようだ。盾のデザインは鋼鉄の羽が何枚も重なっている。どんな攻撃でも受け止めてくれそうだ。

「凄いな」

「それでね、それでね。この剣と盾が合体したらどんなものでも貫く弾丸を持つ龍の形をした拳銃になるの」

「合体もするのか。俺にはない発想だ。本当に凄いぞ」

 トムの発想には驚かされてばかりだ。それと同時にかなり心配させているのも分かる。俺達に出来るだけ傷ついてほしくないのだろう。

「……うん」

 トムは俯いた。

「大丈夫だ。絶対帰って来るからな。この剣と武器が俺達を助けてるくれるから」

 俺はトムの頭を優しく撫でた。

「絶対だよ。絶対に帰って来てね」

 トムは右手の小指を突き出して来た。

「うん。絶対だ」

 俺は右手の小指をトムの右手の小指に絡ませた。

 ……絶対にこの家に帰って来る。絶対に。


 午後2時30分。

 俺は靴に履き替えて、家を出ようとしていた。

 身体の中にはリリアが居る。準備は完璧。後はこの作戦を成功させるだけ。

「トム、誰が来てもドアを開けたら駄目だぞ」

 俺達を見送る為にトムは玄関に居る。

「うん。分かってる」

「あと、リリアとユリアさんの身体を守ってくれよ。守れるのはトムだけだから」

「どんなことがあっても守るよ」

 トムは力強く答えた。

「トム、かっこいい。頼りにしてる」

 身体の中に居るリリアが言う。

「リリアが頼りにしてるって」

「うん。任せて」

「よし、じゃあ、行って来る」

「行ってらっしゃい」

 俺はドアを開けて、ガルイ市長の家に向かう。


 午後3時15分。ガルイ市長宅前。

 俺達はアヴァー達が来るのを待っていた。周りには大勢のマフィア達がいる。自分だけ浮いている気がする。早く来いよ。あいつら。

 ……それにしても豪邸だ。驚く程に大きい。富と権力の象徴と言っても過言ではない。こんな家だったら逆に落ち着けない。やっぱり、俺は庶民だ。

 豪邸だから門も大きい。門の両側には黒服を着た男が立っている。いわゆる、門番ってやつだと思う。

 黒服の男達が門を開けた。

 マフィア達が敷地内に入って行く。時折、高級車やトラックも入って行く。あと、1時間もしないうちに地下格闘技大会が始まる。

 高級車がこちらに向かって来ている。また、どこかのマフィアか。アヴァー達はまだ来ないのか。戦う俺達の身にもなってくれ。本当に自分勝手な奴らだ。

 高級車が俺の前で止まった。そして、運転席から運転手がドアを開けて現れた。

 運転手は後部座席のドアを開けた。すると、車内からアヴァー達が出てきた。

「何そこで突っ立ているんだい。早く行くよ」

 アヴァーの一声目がこの言葉だった。

 ……おい、ちょっと待って。こっちは、お前らが来るのを待ってたんだぞ。ちょっとでいいから。待たせたなとか遅れてすまないとかあるだろ普通は。まぁ、普通をこいつらに求めても無駄か……静まれ、俺の苛立ち。

「は、はい」

 俺はアヴァー達の後について行き、ガルイ市長の豪邸の敷地内に入る。

 ……庭だ。この世界一危険な街・ヴァルトヘルトに芝生が生えた庭がある。それに噴水やオブジェもある。別の地域に来たみたいだ。

 俺達は庭を通り抜け、豪邸の中に入った。頭上にはシャンデリアがあり、床には高級絨毯が敷かれている。壁には絵画が飾れており、クリアケースに飾られている骨董品はきっと数十万ドル以上はするようなものばかりだ。

 黒服の男が俺達に気づき、向かって来る。

「どちらのファミリーでしょうか?」

「パルヴァーファミリーだ」

 アヴァーが答える。

「……パルヴァーファミリー、失礼しました。あちらのエレベーターで地下へ」

「どうも」

 俺達は黒服の男の指示通り、エレベーターに乗った。

 エレベーターの中には俺達と今さっきの黒服の男とは違う黒服の男が居る。

 エレベーターがどんどん下降していく。

 誰も何も話さない。まぁ、話す事がないのだから仕方がない。

 エレベーターが止まった。エレベーターのドアが開いた。ドアの先には格闘技場が見える。

「どうぞ。エレベーターを降りて、そのまま前に進んでください」

 俺達は格闘技場前に進んだ。入り口は二つある。二つの入り口の間には受付があり、黒服の男が立っている。

「ファミリー名をどうぞ」

 入り口で受付をしている黒服の男がアヴァーに訊ねた。

「パルヴァーファミリーですね。かしこまりました。ファミリーの方々はあちらへ。ファイターの方はあちらへお進みください」

 受付の黒服の男は俺達に指示した。

「負けるんじゃないよ」

 アヴァーは言った。

「分かってますよ。優勝すればいいんだろ」

「……ふん、面白い奴だ。その通りだ。アンタ達行くよ」

「分かりました、ボス」

「負けるなよ」

「右に同じく」

 アヴァー達は入り口に入って行った。

「じゃあ、行こうか」

 身体の中に居るリリアに語りかけた。

「うん。絶対に今日の作戦成功させようね」

「おう。当たり前だよ」

 俺達はアヴァー達が進んだ入り口とは別の入り口に入った。すると、黒服の男がこちらに近づいて来る。

 ……見覚えがある顔だ。ボーさんだ。ボーさんに違いない。だけど、ここで知り合いのように振舞ってはいけない。誰が見ているか分からない。気を抜くな、俺。

「ファイターの方ですね。控え室までご案内します」

「お願いします」

 ボーさんに案内され、廊下を歩いていると突き当たりに控え室が見えた。

「こちらの控え室で待機してもらいます。部屋の中を説明するので、中へ入ってください」

「分かりました」

 ボーさんは控え室のドアを開けた。

 俺達は控え室に入った。控え室の中央にはテーブルが置かれている。テーブルの上には食べ物や飲み物が用意されている。

 壁には折りたたみ式のパイプ椅子が数脚もたれかけいている。パイプ椅子の横には脚立がある。

 ボーさんは控え室のドアの鍵を閉めた。

「ジェイムさん、本日はよろしくお願いします。リリアさんも身体の中に居られますよね」

「こちらこそお願いします。リリアは身体の中に居ます」

「じゃあ、上の豪邸に繋がる通気口の位置をお教えします。天井を見てください」

「はい」

 俺はボーさんに言われた通りに天井を見た。部屋の角の部分に通気口が見える。

「あの通気口が上の豪邸に繋がります。通気口の蓋のネジはあらかじめ緩くしているので簡単に開きます。そこにある脚立で通気口までお登りください」

「了解しました」

「本当にすみません。お願いするばかりで」

「謝らないでください。色々としていただいてるので」

「……はい。では、どうか、ガルイ様とエレン様をお助けください」

「はい。必ず」

「ありがとうございます。それでは」

 ボーさんは俺達に頭を下げた。その後、ドアを開けて、外に出て行った。

 俺はパイプ椅子を一脚手に取り、テーブル前で広げて、座った。

「ねぇ、ジェイム」

 身体の中に居るリリアが話しかけてきた。

「どうした?」

「今は豪邸に潜入する事よりも勝つ事に集中しようね」

「……そうだな。今回は相手によって、武器を変えよう。この前みたいに手を抜くのは無理だろうし」

 この前の大会とは違い、どんな敵が出てくるのか分からない。気を抜いた瞬間負けるかもしれない。もう今日で全てが終わる。だから、勝つ事だけに集中すればいい。他の雑音は無視すればいい。

「そうだね。全力で勝ちに行こう」

「おう」

 勝つ。絶対に勝つ。関わっている人の為に。そして、自分の為に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る