第17話

夜空で満月が輝いている。綺麗だ。空だけはどこの世界も一緒。治安の悪さなど関係ない。いつぶりだろう。夜空を見上げたのは。きっと、それだけ見る暇がなかったのだろう。

 俺はリリアとトムを家に置いて、ローレンさんのバーに向かっていた。

 ヴァルトヘルトの夜の街はやはり危険だ。色んな方向から殺気や視線を感じる。夜空の美しさの余韻に浸る時間さえくれない。本当に物騒な街だ。

 バー・マリアの前に着いた。

 俺は周りに怪しい奴がいないか見渡した。

 ……周りには怪しい奴しかいなかった。馬鹿だな、俺は。この街はそんな奴しかいない。まぁ、俺の後を追って来ている奴はいなさそうだからいいか。

 俺はバー・マリアの店内に入った。

 店内は普段と変わらず酒の匂いが充満している。自分の気のせいかもしらないがこの前の事件の時より客数が減っているように思える。

「いらっしゃい」

 ローレンさんは俺に気づき、手招きしている。

 俺はカウンター席に座った。

「ミルクでいい?」

「はい。ミルクでお願いします」

 ローレンさんは後ろを向いた。冷蔵庫からミルクの入った瓶を取り出して、グラスに注いだ。その後、冷蔵庫にミルクの入った瓶を戻し、ミルクの入ったグラスを俺の前に置いた。

「ありがとうございます」

 俺はミルクを飲んだ。

「それで今日は何の用?」

 ローレンさんは周りに聞こえないぐらいの声で言った。

「俺が追っている案件の黒幕がはっきりしました」

「……そう。教えて」

「ジャルト・デアボロです。ガルイ市長はエレン婦人の身体を人質にされ、ジャルト・デアボロの命令に従っています」

「……そうなの」

 ローレンさんは険しい顔をしている。

「俺達は明後日、ガルイ市長の家で行われる地下格闘技大会に参加します」

「……わかった。私はその地下格闘技大会の会場には行けない」

「なんですか?」

「招待されていないからよ。招待されていない者が会場に居ればすぐにばれて、外に追い出される」

「……そうですか。それじゃ、マフィア達を逮捕出来ないんですね」

 探偵には捕まえる権限はない。あくまで捜索のみ。権限がなければどうする事も出来ない。

「それに関しては大丈夫。仲間が潜入してるから」

「……そうなんですか。その人の名前は」

「……ごめんなさい。それは教える事が出来ないの。その者にも、この街で立場があるから」

 ローレンさんは申し訳なさそうに言った。これだけは仕方ないのかもしれない。その人の身の安全を考えれば。

「……はい」

「でも、大丈夫よ。そいつは出来る奴だから。ベストタイミングで私達に連絡をくれるはず」

「わ、分かりました。そんなに信頼している人なんですね」

「えぇ、そうよ」

 ローレンさんはその人をかなり信用しているようだ。もう、これは信用するしかない。誰かは分からないが頑張ってもらうしかない。

「……それじゃ、俺も、いや、俺達も頑張らないといけませんね」

「死なないでよ」

「死にませんよ。絶対に」

 俺はニコッと笑った。

「笑顔見せれる余裕があるなら大丈夫ね」

「はい。大丈夫です」

「じゃあ、頼んだわよ」

「はい。だから、今日はもう一杯ミルクください」

「……ふふふ。しょうがない子ね。分かったわ。すぐ用意するから」

 ローレンさんは微笑んだ。

「ありがとうございます」

 ローレンさんは後ろを向いた。冷蔵庫を開けて、ミルクの入った瓶を手に取り、グラスに注いでいる。

 また、ミルクを絶対飲みに来よう。ふと、ローレンさんの後ろ姿を見て思った。

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