第16話

翌日の朝になった。

 俺は街外れの工場に行く為の準備をしていた。

 リリアとトムは朝食を食べた後、一緒に遊んでいる。

 ふと、トムが作った人形が視界に入った。トムが作った人形は初日の物よりクオリティーが上がっていた。これは天才としか言いようがない。

「トム、ちょっといいか」

「なに?」

「なんでもいいから、俺たちの為に作ってくれないか」

 何となくの思いつきで言った。

「……ジェイムとリリアの為に?」

 トムは不思議そうに訊ねて来た。

「おう。そうだ」

「……時間がかかってもいい?」

「いいよ。作ってもらうんだから」

「わかった。作る」

 トムは満面の笑みで答えた。

「お姉ちゃんも楽しみにしてるね」

「うん。任せて」

 トムは棚に置いている紙粘土を取りに行った。その後、テーブルの前に座り、テーブルの上に紙粘土を置いてこね始めた。


 街外れの工場。今は使われていない。工場の敷地内に入らないようにする為の立ち入り禁止のテープが入り口に大量に貼られている。

 俺はテープを力一杯に千切り、敷地内に入った。

 工場の建物はかなり老朽化している。使用されなかった部品などが錆びていたり、木材の一部が腐っていたりする。埃も溜まっている。

 たった三年でこの様だ。建物や物はなぜだか分からないが人が使わなくなると劣化のスピードが加速する。そんな気がする。

 俺は工場の中央に行った。ここで居れば狙われやすいがこちらも反応がしやすい。

 腕時計で時間を確認する。

 AM10時55分。あと5分で指定の時間になる。

「ねぇ、ジェイム?」

 身体の中に居るリリアが話しかけてきた。

「どうした?」

「……なんか、緊張するね」

「そうだな。待っている時間が一番辛いな」

「だよね」

 ……会話が止まった。きっと、リリアは最悪のシナリオだった場合の事を考えているのだろう。それは俺も同じ。最悪のシナリオの場合、ここで戦わなければならない。

 俺達はかなり危険な賭けをしているのは間違いない。

「ねぇ、なんか音がしない?」

「…音?」

「うん。外から聞こえる。耳を澄ましてみて」

「分かった」

 リリアの指示通り耳を澄ませて、外の音に集中する。

「……車がこっちに向かって来ている」

 外から聞こえた音は車の排気音だった。その音は徐々に大きくなっていく。それは俺達に近づいて来ている事を意味する。

「……リリア」

「うん」

 俺は目を閉じて、何でも破壊出来る靴をイメージをした。

「OKだよ」

「了解」

 これである程度は戦える。もし、ジャルト・デアボロだった場合は、ここに落ちている鉄パイプや角材を変化させて戦う。

 車の排気音が止まった。

 車のドアが開いた音がした。そして、すぐにドアが閉まる音が聞こえた。

 革靴が地面に触れて鳴る音が近づいて来る。音の数からして、こちらに向かって来ているのは一人。……一人なら、どうにか出来る。いや、もしかしたら、車の中に何人か待機しているかもしれない。

 ……緊張からか心臓の脈打つ音が聞こえる。

 人影が見えた。黒服を着た男がこちらに向かって来ている。

 緊張が走る。ジャルト・デアボロなのか。

「貴方がゴダル・フォー。いや、ジェイム・フォークスさんでお間違いないですか?」

 黒服の男が訊ねて来た。妙な殺気などは感じない。でも、なぜ、俺の本当の名前を知っている。偽名で登録したのに。

「……そうですが。なぜ、俺の名前を?偽名で登録したはず」

「貴方の名前はある情報提供者から聞きました」

「……ある情報提供者。それは誰です?」

 誰だ。ローレンさんか。いや、言うなら、俺に先に伝えるだろう。誰だ。……検討が付かない。

「それはお教えする事は出来ません。その方にも危険が及ぶ場合がございますので。すみません」

「……分かりました」

「自己紹介がまだでしたね。私、ガルイ市長から命を受けて、ここに来ました。ボー・ホフマンです」

「ガルイ市長からの命?」

「……ジャルト・デアボロが誰に乗り移っているかをお教えする事。それと依頼です」

「……まず、貴方がジャルト・デアボロじゃないって証拠を見せてください」

 まだ信用は出来ない。この男がジャルト・デアボロの可能性もある。

「それもそうですね」

 ボーは所持している拳銃や手帳などを地面に置いた。そして、手を上げた。

「……まだ、信用できない」

「……そうですね。じゃあ、リリアさん。私の身体に乗り移ってみてください。居られるんでしょ」

「なんで、それを」

「ある情報提供者から教えていただきました。さぁ、どうぞ」

 ボーは目を閉じた。

「どうする?」

「確かめるしかないよ。私、調べてみる」

「……わかった」

 俺は目を閉じた。すると、身体の中からリリアが出て行った感覚がする。きっと、ボーの身体に行ったのだろう。

 恐る恐る目を開けて、ボーを見る。

 ボーは目を開けた。

「大丈夫。この人は、ジャルト・デアボロじゃない」

 ボーが……いや、リリアがサムズアップをしている。どうやら、本当にこの人はジャルト・デアボロではないようだ。

「了解。それじゃ、戻って来て」

「分かった」

 俺は目を閉じた。すると、身体の中にリリアが入って来た。

「どうです。信用してくれますか」

 ボーは言った。

「はい。疑ってすみませんでした」

「いえ、仕方ありません」

「ありがとうございます。それで、ジャルト・デアボロは誰に乗り移っているんですか?」

「……ガルイ市長の妻、エレン・ホーキンス様です」

「エレン・ホーキンス」

 会った時の違和感は間違いではなかったみたいだ。

 ……それじゃ、死体オークションや地下格闘技大会はガルイ市長の意思で行っていないのかも。もしかして、脅されているのかもしれない。

「はい。ジャルト・デアボロはエレン様の身体を人質にとってガルイ市長に様々な事をさせているのです。そのせいで、ガルイ様はかなりの量の薬を服用されていて、いつ倒れてもおかしくないのです」

 思った通りだった。ガルイ市長はジャルト・デアボロに脅されている。それに自分の意思とそぐわない事ばかりしているせいで身体に異常が出ている。

「……それで、依頼とは?」

「エレン様の身体からジャルト・デアボロを追い出して頂きたいのです」

「……身体から追い出すですか」

 ジャルト・デアボロを身体から追い出したとしても、ガルイ市長の身体に乗り移る可能性もある。ボーさんにだって。

「私も全力でサポートします」

「……はぁ」

 どうすればいい。ジャルト・デアボロをエレンさんの身体から追い出して、他の人に乗り移らないようにするには。

「……ちょっといい?」

 身体の中に居るリリアは言った。

「なんだ?」

「ジャルト・デアボロの身体の居場所って分かるのかな。ジャルト・デアボロの身体さえ見つかれば、どうにかする方法はあるんだけど」

「その方法って?」

「ジャルト・デアボロの前で身体を危険に晒すんだよ。そうしたら、何が何でも自分の身体を守ろうとエレンさんの身体から出ると思うんだけど」

「……たしかに」

「それでそのまま倒したらいいんじゃない」

 名案だ。それが一番エレンさんの身体からジャルト・デアボロを追い出す可能性がある。

「その案で行こう」

「うん。我ながらナイスアイデア」

 リリアは自画自賛した。まぁ、それぐらいしても誰も文句は言わない。俺にはない発想だ。ちょっと羨ましい。

「依頼は受けてくれますか?」

 ボーさんは神妙な面持ちで訊ねて来た。きっと、ボーさんもかなり苦労しているのだろう。

それが顔に出ていると言う事は深刻な状況だと言う事だ。早く、ボーさんもガルイ市長もエレンさんも助けないと。

「はい。でも、お願いがあるんですけどいいですか?」

「はい。依頼を受けてくださるならなんでも言ってください」

 ボーさんの表情が少し明るくなった。

「ジャルト・デアボロの身体の在り処は分かりますか?」

「……分かりません。でも、エレン様の身体では基本外には出ません。死体オークションや地下格闘技大会などは例外ですが」

「……そうですか」

 ……ガルイ市長宅が怪しい。探偵の感ってやつが言っている。

「市長の家が怪しくない。自分の大事なものって普通目に見える場所か安心出来る場所にしか置かなくない」

 身体の中に居るリリアが言った。どうやら、俺と同意見のようだ。

「だよな。って事は、家を調べる必要があるな」

「そうだね」

「すいません。家の見取り図とかって貰う事って出来ますか?」

「……はい。早急に手配します」

「お願いします」

「それでは市長宅を調べると言う事ですか?」

「はい。そのつもりです」

「それじゃ、明日の地下格闘技大会の段どおりをお教えしときます。その方が家を調べやすいと思うので」

 ボーさんは言った。たしかに一日のスケジュールが分かればある程度探す時間がどれくらいかが分かる。それで、どこを重点的に探せばいいか考えられる。

「はい。教えてください」

「まず、大会は16時にスタートします。16時半に一試合目。17時半に二試合目。そして、

二時間の休憩後、決勝戦です」

「……それじゃ、一番動きやすいのは決勝戦までの二時間ですね」

 タイムリミットは2時間。その間にジャルト・デアボロの身体を探し出さないと。そして、試合に勝たないと。二つのプレッシャーがある。

「そう言う事になりますね。控え室は通気口からガルイ市長宅に繋がる部屋を手配します」

「助かります」

「では、どうかガルイ市長とエレン様を助けてください。お願いします」

 ボーさんは頭を深く下げた。

 絶対に助けないと。そうじゃないと、探偵の名が廃る。それにこれはガルイ夫妻の事だけじゃない。リリアの妹、ユリアさんの為でもある。俺、いや、俺達が頑張らないといけない。

「はい。絶対に助けます。だから、顔を上げてください」

「……ありがとうございます。すみませんがメールアドレスを教えてください。電話などは怪しまれるので」

 顔を上げたボーさんは言った。そして、地面に置いた手帳を拾い、手帳を開いた。

 俺はボーさんからペンを受け取り、その手帳にメールアドレスを書いた。

「ありがとうございます。それでは手配などがございますので失礼させていただきます」

「はい。お願いします」

 ボーさんは俺に頭を軽く下げた。その後、工場から去って行った。

「……疲れた」

 つい、言葉を吐いてしまった。緊張から解き放たれて、ホッとしたからに違いない。

「うん。本当に疲れた」

 体の中に居るリリアも同じようだ。

 こんな緊張感出来れば味わいたくない。この依頼を早く終わらせたい。

「じゃあ、家に帰って色々と準備しよっか」

「そうだね。それが一番いい」

 意見が合致した。

 俺達は工場をあとにして、家に向かう。


 自宅のリビング。

 トムは必死に何かを作っている。今は邪魔をしない方がいいだろう。邪魔をしたら、せっかくの集中力が切れてしまう。それは創作においては一番避けなければならない事。だって、物を作っている時に邪魔をされたら腹が立つ。

 リリアは家に帰ってすぐに自身の身体に戻った。戻った瞬間はこの前と一緒で動けなかったが2時間も経ったのでだいぶ動けるようになっている。

 俺とリリアはボーさんからメールの添付ファイルで送られてきたガルイ市長の家の見取りをパソコンの画面に表示させて、それを見ながら作戦を練っている。

「重点的に調べるのはエレンさんの部屋でいいよね」

「そうだな。そこが一番怪しい」

「ジャルト・デアボロの身体を見つけたらそのまま闘技場に運ぶ?」

「……そうしようと思う。変に痛めつけたら、何を起こすか分からないし」

 最優先はエレンさんの身体とリリアの妹・ユリアの魂の奪還だ。ジャルト・デアボロの事は後回しでいい。

「だよね。周りに危害を加えられた困るし。ユリアの魂やガルイ市長やエレンさんの身体にもしもの事があったら嫌だもんね」

 ……あれ、ちょっと待てよ。なんか、俺もリリアも忘れている事がある気がする。助けるのはリリアの妹のユリアの魂。それにガルイ市長とエレンさんの身体……エレンさんの身体。そうだ。エレンさんの魂。エレンさんの魂はどこにあるんだ。

「……エレンさんの魂はどこにあるんだ」

「た、たしかに。ユリアの魂は身体から離れていても大丈夫だけど。エレンさんの魂は違う。きっと、何かの肉体に入れられているはず。そうじゃないと、エレンさんの魂がもたない」

「……じゃあ、その肉体も探さないといけないのか」

「そう言う事になるね」

「困ったな。これに関してはジャルト・デアボロに吐かせるしかないのか」

 どう交渉すればいい。エレンさんの魂が入った肉体を盾にされたら、何も身動きがとれないぞ。

「……その方法しかないかもしれないね」

「もう少し考えよう」

「そうだね」

 俺とリリアはエレンさんの魂がどんな肉体に入れられているかを考え始めた。

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