第15話
大勢のファイターが気絶して倒れている。壁やステージの床はひびが入ってたり、壊れている部分がかなり出来ている。
見積もり違いだった。5分のつもりが3分で全員を倒してしまった。そのせいか観客席に居るマフィア達は言葉を失っている。
「……ちょっとやりすぎたかな」
俺はリリアにだけ聞こえるように囁いた。
「……うん。そうかもしれない。もう少し時間かけてもよかったかもしれない」
「だよね」
ちょっと反省した。目立ち過ぎてしまった。
「……優勝はパルヴァーファミリーのファイター、ゴダル・フォーだ」
ガルイ市長の声が闘技場に響き渡る。
無音だった観客席からまばらだが拍手が聞こえる。
ゴダル・フォーは偽名だ。実名登録すると後で面倒な事に巻き込まれるに違いない。それを避ける為の偽名。この偽名はエントリーシートを書いている時に思いついた名前だ。
「それではゴダル選手。こちらに上がって来てくれ」
ガルイ市長が居る席の真下の扉が開いた。そこから黒服の男が出て来て、こちらに向かって来る。
「どうぞ。こちらへ」
俺は黒服に案内され、ガルイ市長のもとへ向かう。
扉を通り、階段を上った。
「ドアを開きますので少々お待ちを」
俺はドアの前で待機させられた。きっと、このドアの先にガルイ市長が居るのだろう。
「どうぞ」
黒服の男はドアを開けた。俺は奥に進んだ。
ガルイ市長が立っていた。エレンさんの姿は見当たらない。その代わりに飼い猫のソラがガルイ市長の傍に居る。
「優勝おめでとう。こちらへ」
ガルイ市長のもとへ向かった。
「それでは皆さん、優勝者へ拍手を」
観客席から俺に向かって拍手が贈られる。何も嬉しくはない。こんな悪趣味で外道な奴らからの拍手など。
「おめでとう」
ガルイ市長が握手を求めてきた。あんまり握手はしたくはないがこの状況で握手をしなかったら反感を受けるしかない。仕方なく握手に応じた。
……あれ、なんだか手に違和感を感じる。握手と言うよりは何かを渡してきていると言う方が正しいように思える。
「そのまま受け取ってくれ」
ガルイ市長が耳元で囁き、俺に何かを渡した。
俺は返事もせず受け取った。そして、ガルイ市長は俺が受け取ったことを確認して、手を離した。
俺は誰にもばれないように受け取ったものを握り締めた。
「では、ゴダル選手。観客に手を振ってくれ」
俺は渡された物を持っていない手で観客席に居るマフィア達に向かって、手を振った。
……何を渡されたんだ。
1時間後。
俺達はカジノ前に居た。
「アンタのおかげで今日は美味い酒が呑める。アンタも呑むかい?」
アヴァーは俺が優勝して上機嫌だ。それもそうだろう。賞金とタキシードの男のものも全て得る事が出来るのだから。
「すいません。まだ未成年なんで」
「アンタ、真面目だね。まぁ、いいや。本当にその子だけでいいのかい?」
「はい。ありがとうございます」
俺はリリアの妹・ユリアの身体を背負っていた。写真で見たことはあったがやはり可愛い。
「そう言う約束だったしね。あ、そうだ。市長の家の地下でやる大会にも出てもらうからね。優勝商品は10億ドルとその子の魂なんだから」
アヴァーは俺の顎を指で持ち上げた。
「出よう。私が全力でバックアップするから。お願い」
身体の中に居るリリアが言った。
出ない選択肢はない。だって、リリアの妹の魂を救い出す事が出来るんだから。
「わかった。その代わり、条件がある。その魂は俺がもらう」
「いいだろう。交渉成立だ。私はその魂には興味がないんでね。私が欲しいのは優勝の名誉と金だからね。それじゃ、今日は解散だ。大会の事が分かり次第、こいつらにお前に伝えるようにする。それでいいな」
アヴァーは俺の顎から指を放した。
「あぁ」
俺は頷いた。
「じゃあな」
アヴァー達はどこかへ去って行った。
「……ありがとう、ジェイム」
「当たり前だろ。絶対に取り戻そう、妹さんの魂を」
「うん」
リリアの声は嬉しそうだった。
「じゃあ、帰ろうか。トムも待ってるし」
「そうだね」
俺達は自宅に向かって歩き出した。
自宅前に着いた。
圧勝だったがやはりあれだけの数を相手にすると疲れる。それに一秒でも早くリリアを自身の身体に戻してあげないと。
俺はドアの施錠を開けて、中に入った。
玄関に置いている時計を見て、時間を確認する。午後11時。思っていた以上に時間が経っていた。
「ただいま」
返事がない。トムは寝ているのか。まぁ、こんな時間だし仕方がないか。
ドアの施錠を閉めた。
俺は背負っているユリアの身体を壁にもたれかかせた。その後、靴を脱ぎ、家に上がる。そして、ユリアの身体をまた背負って、リビングに向かった。
リビングに着くと、トムがリリアの顔に油性ペンで落書きしようとしていたのを目撃してしまった。
「おい、トム。何してるんだ」
トムは俺の声に気づき、振り向いた。
「……えーあーそれは……おかえりなさい」
トムは苦し紛れに言った。
「ただいまってさっき言ったんだけどな。もしかして、リリアの顔に何を描こうか悩んでいて俺の声が聞こえなかったのかな」
「……えーうーっとね……うん、そう」
トムはどうやってもこの状況を打破する事が出来ないと悟ったのだろう。白状をした。
「駄目だろ。いたずらしちゃ」
「……ごめんなさい」
トムはしょんぼりした顔をしている。
「ジェイム、私から色々と言うからそれぐらいにしてあげて」
「……おう」
俺はリリアにだけ聞こえるぐらいの声で囁いた。そして、目を閉じた。
身体の中からリリアが出て行く感覚がした。
「久しぶりの身体!でも、まだ立ち上がれない」
リリアの声がリリアの身体の方から聞こえる。どうやら、自分の身体に戻ったのだろう。
俺は目を開けて、確認した。
リリアは寝転びながら、俺に向かってピースポーズをしている。
「トム、いたずらしようとしたのは駄目よ。でも、私の身体を守ってくれたんだよね。ありがとう。あと、長い間一人にしてごめんね。寂しかったんだよね」
リリアはトムの頭を優しく撫でた。
「……うん」
トムの声は震えていた。
俺には出来ないフォーローの仕方だ。自分もまだまだ勉強しないといけない事がたくさんある。この街にずっと居て麻痺していたのかもしれない。もっと色んな視点で物を見ないと。
「ジェイムにご馳走作ってもらう」
リリアは言った。たしかにリリアは言った。
「おい、ちょっと待って」
「いいでしょ」
「……仕方ない。今日は簡単なものしか作れないからな」
「うん。ジェイムが作ったら何でもご馳走だよ」
リリアはニコッと笑った。
俺はその笑顔にドキッとしてしまった。
「お、おう」
「あと、ご飯作る前に一ついい?」
「なんだ。市長からもらった紙を見ようよ」
「……そうだな」
ガルイ市長に握手されたさいに渡されたのは小さく折られた紙だった。アヴァー達と居る時は紙の内容を確認出来なかった。
俺はリリアが寝転んでいるソファに向かった。
リリアは上体を起こした。
俺はユリアの身体をソファに置いた。その後、ズボンのポケットからガルイ市長に渡された小さな紙を取り出した。
「開けるぞ」
俺は折られた紙を開いた。
「……これは」
紙には『明日。AM11に街外れの工場に来てくれ』と書かれていた。
「……罠かな」
リリアは不安げに言った。
「分からない。でも、行かないとガルイ市長かエレンさんどちらがジャルト・デアボロか知る事が出来ない」
「……行くの?」
「行くしかない」
「……分かった。行かないと分からないもんね。私もジェイムの身体に入ってついて行く」
「それじゃ、行くで決定だな」
「うん」
意見が合致した。もし、これが罠だったらぶち破ればいい。それだけの事だ。
「……また一人」
トムは寂しそうな表情をしている。
「トム。今追っている案件が終わったらいっぱい遊ぼう」
「……本当に?」
「本当だ。約束しよう」
「……うん、わかった。絶対だよ」
トムの表情は明るくなった。
「絶対にだ」
俺はトムの頭を撫でた。
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