第13話

カジノ・ミラージェン前に着いた。

 普段と変わらず下品なネオンが光っている。はっきり言って、仕事じゃない限り来ない場所。無縁な場所。

 様々なファミリーのマフィアのボスらしき人物達が周りに居る。そして、怪しげなトラックがカジノの裏口に向かっているのが見える。きっと、地下格闘技の大会で使われる改造死体などが積まれているのだろう。

 周りを見渡して確認したが、まだ、アヴァー達は来ていないようだ。まぁ、仕方ない。だって、午後7時まで後10分もある。マフィア達がそこまで早く来るわけがない。もし、来ていたら、明日雪が降るだろう。そして、オーロラも見えてしまうに違いない。

「ねぇ。ジェイム」

 身体の中のリリアが話しかけてきた。

「どうした?」

 周りに怪しまれないように小声で言う。

「右を見て。あれって、市長の猫じゃない」

「……市長の猫?」

 俺はリリアの指示通り右を見た。

 ……ソラだ。ペルシャ猫のソラだ。市長の飼い猫だ。

 ソラの首元にはサファイアの指輪に紐を通して作ったであろうネックレスがかけられている。

 待てよ。あのネックレスって市長の妻・エレン・ホーキンスの物じゃないのか。

「違う?写真の猫だと思うんだけど」

 身体の中に居るリリアが言う。

「……市長の猫で間違いないと思う」

「よかった。で、どうする?このままにしてたら危なくない」

「そうだな。保護しよう」

「……私は何も出来ないのでお願いします」

「了解」

 俺はソラを刺激しないようにそっと近づいていく。

 ソラは一歩も動かずに俺の事を凝視している。

 威圧感ではないが微妙な緊張感がある。このソラが只者の猫ではないと言う証明だ。

 ……あと一歩……あと一歩で抱き抱える事が出来る間合いに入る。頼むから動かないで。爪で引掻かないで。逃げないで。

「……よし」

 ソラを抱き抱え保護する事が出来た。抵抗する素振りもない。大人しい。驚く程に大人しい。猫なら少しでも抵抗してもいい気がするが。

「なんか。大人しいねぇ」

 身体の中に居るリリアが言う。

「だよな」

 ――集合時間の午後7時になった。

 アヴァー達がこちらに向かって来ている。三人衆の服装は普段と違いスーツを着ている。着慣れてないせいか違和感がする。服に着られている感じだ。ちょっと間抜けに見える。

 正装しないと会場に入れないのだろう。

 アヴァーは黒いドレスを身に纏っている。その上に毛皮のコートを羽織っている。歩く度に見える太股が妖艶さを醸し出している。正体さえ知らなければ見惚れているかもしれない。それ程に美しい。

「逃げ出さずに来たかい」

 アヴァーは言った。普通、こんばんわとか来てくれてありがとうとかだろう。もう少し気の利いた事を言えないのか。仮にも、アンタの為に命を懸けて戦うファイターだぞ。ちょっとだけでもいい、敬え。

「逃げ出すわけないだろ。契約なんだから」

「……それもそうだ」

 アヴァーはほくそ笑んだ。

「その猫はなんだい」

「市長の猫だ。さっき保護した」

「市長に媚を売るつもりかい?」

「まぁ、そう言うところかな」

「……食えない奴だね。行くよ。アンタ達」

「了解です」

 三人衆はアヴァーに向かって敬礼した。

「アンタも行くよ」

「了解しました。ボス」

 俺達はカジノの中に入った。

 ルーレットやスロットなどの様々なゲームが金を懸けて行われている。客達はゲームに夢中になっている。

 ディーラーやバニーガールやサングラスをかけた黒服の男達が居る。

 アヴァー達が奥に進んでいく。俺はその後について行く。

 進行方向に見えるのはVIPルーム。VIPルームの入り口の扉のすぐ傍にサングラスをかけた黒服の筋肉質の男が立っている。

 VIPルームに近づくにつれて雰囲気が禍々しくなっていくのが肌で感じる。それに周りから監視されているような視線を感じる。ここで間違えない。地下格闘技場に繋がる場所は。

 アヴァー達の足が止まった。俺も立ち止まる。

「パルヴァーファミリーのアヴァーだ」

「……少々お待ち下さい」

 黒服の男は耳に付けている無線機で連絡を取り始める。なんとも言えない緊張感が漂っている。

 黒服の男が無線機で連絡するのを止めた。

「……お時間取らせてすみませんでした。本人確認できました。お連れの方々はファミリーの方々でよろしいですか?」

「そこの三人がファミリーのもんだ。そいつだけは違う。今日の大会にエントリーするファイターだ」

「……了解致しました。では、中へ」

 黒服の男は扉を開いた。

 アヴァー達は何のためらいもなく中に入って行く。

 俺は後について行く。

 VIPルームの中に入った。正面には地下に行く為のエレベーターがあった。他には悪趣味なオブジェや違法な武器などが飾られている。

 アヴァーはエレベーターの前で立ち止まった。そして、エレベーターのボタンを押した。

 数秒すると、エレベーターのドアが開いた。

 アヴァー達と俺達はエレベーターの中に入る。中に入ると、アヴァーがB5階のボタンを押す。

 エレベーターのドアが閉まり、下降し始める。

 エレベーターの壁面はガラス張りで地下の風景が見える。

 地下は地上のカジノとは比べ物にならない程ゴージャスな飾り付けがなされている。そして、闘技場が見えた。思っていた以上に大きい。100人が同時に戦っても大丈夫なぐらいのサイズだ。観客席は1万人ほどは収容できそうだ。どうやって、こんな地下施設を作ったのだろう。

 様々な事を考えている内に地下5階に着いた。

 エレベーターのドアが開く。

 アヴァー達と俺はエレベーターから降りる。

 ある程度歩くと、闘技場の受付が見えてきた。受付の傍に腕を組んで眉間に皺を寄せているエレン・ホーキンスが立っていた。夫のガルイ市長の姿は見えない。

 写真で見たエレンさんとは雰囲気が違う。まるで、別人のようだ。でも、もしかしたら、この姿が本性なのかもしれない。

「エントリーして来な。あと、媚も売って来な」

 アヴァーはニヤリと笑った。この人は無意識に他人を見下しているのだろう。発言でよく分かる。まぁ、それぐらいの人間じゃないとこの街のマフィアのボスは務まらないのだろう。

「……了解」

 俺は何も言い返さずに返事をした。

「いいの?言い返さないで」

 身体の中の居るリリアが言う。

「……いいんだ。ここで事を荒げるのは得策じゃない。俺たちの目的は君の妹の身体を取り返す事だろ」

 身体の中の居るリリアに向かって小声で言う。

「……そうだけど」

「納得して。OK?」

「……うん」

 リリアは渋々納得してくれたようだ。

「すいません。エレンさん」

 返事がない。小さな声で言ったつもりはないのだが。

 俺はエレンさんの目の前に行った。

「すいません。エレンさん」

「……なんでしょうか?」

 エレンさんは不機嫌そうな顔で言った。

「この猫、エレンさん達の飼い猫ですよね」

「……そうだけど」

 反応がおかしい。普通なら「ありがとう。どこに居ました?」とか訊ねてくるはずだ。それにソラの反応もおかしい。なぜ、飼い主のもとへ行こうとしない。

「……ねぇ、貴方ちょっと来て」

 エレンさんは近くに居た黒服の男を呼んだ。

「なんでしょうか」

 黒服の男はエレンさんに駆け寄り訊ねた。

「その猫、あの人の所へ持って行って」

 エレンさんは右手でソラを指差した。

「はい。かしこまりました。では、すいません」

「……あ、はい。お願いします」

 俺は黒服の男にソラを手渡した。

 黒服の男はソラを抱き抱えて闘技場の中に入って行った。

「ありがとうございます」

 エレンさんは笑顔で言った。写真の笑顔とは違う。なんだが、ぎこちない。もしかして……

いや、そんな事はないはず。

「いいえ。どうも」

 俺はエレンさんに頭を軽く下げて、受付に向かう。

「エントリーしたいんですけど」

「かしこまりました。では、このエントリーシートにご記入下さい」

「……はい」

 俺は受付嬢に手渡されたエントリーシートを記入し始めた。

「……あのーちょっといい?」

 身体の中の居るリリアが話しかけてくる。

「なんだ」 

 俺は周りに怪しまれないように小声で訊ねる。

「……エレンさんってあんな人なの?」

「俺がローレンさんから貰った資料に書いていた人物像とはかけ離れてる」

「……そうなんだ」

 リリアは何か言いたげだ。

「なんか、思う事があるのか?」

「まぁ、ちょっと」

「言ってくれ」

「……エレンさんがジャルト・デアボロの可能性があるかもしれない」

「……俺もそれはあるかもしれないと思う。けど、まだ証拠が足りない。ガルイ市長がジャルト・デアボロの可能性もある」

「……そうだね。証拠を集めないと」

 アヴァーが受付台を叩いた。

「待たせる男は嫌いなんだ。早く書きな」

 アヴァーは俺を睨んで言った。短気だな、この人は。

「すいません。すぐ書きます」

「1分だ。早く書け」

「了解」

 アヴァーは三人衆の所へ戻った。

「……また後で」

 俺は身体の中に居るリリアに向かって小声で言った。

「わかった」

 俺はエントリーシートの記入していない部分を書いた。

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