第11話

ヴァルトヘルトの夜を照らす光は場所によって格差が激しい。大通りやカジノなどの娯楽施設の周りは煌びやかだ。それに対して、人通りの少ない場所は灯りが少なく、いつ襲われるか分からない恐怖心を抱かせる。今、俺達が歩いている路地裏がそれだ。足元を照らす光は道の両側の建物からこぼれる光だけ。その他の光はない。

「一つ質問していいか?」

 リーダー格的な男に訊ねた。

「なんだ。救世主」

 その呼び方はやめてほしい。しかし、ここで呼び方を改めさせても、意味がないかもしれない。きっと、大それたあだ名をまたつけるだろう。それはそれで嫌だ。もう、これは俺が受けいれるしかないのか。いや、そうに違いない。受け入れるしかないんだ。

「なんで、ファイターになるように頼んできたんだ?」

「……それはですね。昨日、うちのボスがオークションでファイターを落札出来なかったからなんです」

「お金が足りなかったのか?」

「違います。突然、会場内で爆発が起こって、オークションが中止になったんです」

「……爆発?」

 俺はリリアを見た。リリアはばつの悪そうな顔をしている。きっと、そのオークションは死体オークションだ。そして、その爆発を起こした張本人がここに居る。

「はい。その爆発のせいで、ボスがぶち切れてしまって。地下格闘技の大会に参加できるファイターを見つけて来いと。もし、見つからなかったらお前らが出ろって。それはどうしても阻止したかって。だって、俺達じゃ、一瞬で死んでしまうんで。なぁ、お前ら」

「そうです、そうです」

「絶対に死ぬ。5秒持ったらいいです」

 こいつらの言っている事を簡単に整理すれば死にたくないから代わりを探していたって言う事だ。なんて酷い奴らだ。地下格闘技の大会に参加しなければならない理由がなかったら、絶対に引き受けていない。

「それで、俺達は昨日、あの化け物を倒したアンタを探していたんです」

「……そっか」

「そうだ。俺たちの名前を教えてなかったですね。俺はカール。ひょろ長の方がアーベルでぽっちゃりがドリヒです」

 アーベルとドリヒは俺達に軽く頭を下げた。俺とリリアは二人と同じように頭を下げる。

「俺はジェイム」

「リリアよ。よろしく」

「ジェイムさんにリリアさんですね。よろしくお願いします」

 自己紹介を終えて、歩いていると雑居ビルが見えてきた。

「ここです」

 カールは雑居ビルの前で立ち止まった。中から光がこぼれている。どうやら、このビルの中にカール達のボスが居るようだ。

 このビルを見て、分かった事がある。カール達のボスは馬鹿ではない事だ。他の街のマフィアは権力や財力を見せつける為に大きな豪邸を建てる。しかし、この街ではそんな豪邸を建てる事は自殺行為に当たる。なぜなら、他のマフィアやゴロツキなどの格好の標的になってしまうからだ。だから、ヴァルトヘルトではこのビルのように街に溶け込んでいる方が賢い。

「入りますよ」

「……分かった」

 俺達は雑居ビルの中に入った。壁にはテナント看板が設置されていた。俺は一応、何があるか軽く目を通した。カジノと如何わしいアダルトな店の名前しか書かれていない。マフィアの所有するビルらしい。

 カールはエレベーターの前に行き、開閉ボタンを押した。エレベーターのドアが開く。

「どうぞ」

 俺とリリアはエレベーターの中に入った。その後、カール達も中に入って来た。

 エレベーターのドアが自動で閉まる。

 カールは階数が書かれていないボタンを押した。エレベーターは上昇をし始めた。どうやら、ボスは上階に居るようだ。

「ボスに変な事言わないでくださいね。俺達、殺されちまう」

「大丈夫。変な事は言わないよ」

「言う訳ないでしょう」

「ですよね。すいません」

 カールは頭を掻きながら、頭を軽く下げた。

 エレベーターが止まり、ドアが開いた。俺達は、エレベーターを降りた。エレベーターの近くには何もなく、物音も聞こえない。天井に付いている蛍光灯の光が付いたり消えたりして、階全体が薄暗い。様々な要素が重なり合って、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

「こっちです」

 カール達に誘導されながら、カール達のボスが居る部屋へ向かう。

 歩いていると、右側の部屋のドアが開いていた。

 俺はさりげなく、部屋の中を見た。部屋の中には拳銃などの大量の武器が置かれていた。そして、その奥には改造された死体らしきものが透明なケースに入れられ、保管されている。悪趣味極まりない。命を愚弄している。きっと、俺はカール達のボスとは仲良く出来ない。いや、マフィアだから仲良くする気は元々ない。

 カールがドアの前で立ち止まり、ドアを三度ノックした。

「カールです。地下格闘技の大会に参加させるファイターとそのマネージャーを連れてきました」

「……入れ」

 部屋の中から威圧感のある声が聞こえた。けれど、男の声ではないような気がする。

「失礼します」

 カールがドアを開けた。そして、先にカール達が中に入り、俺達はそのあとに入った。

「男の方がファイターかい」

 長髪の女性が長机の前の椅子に座っていた。髪色はブロンド。瞳はエメラルドグリーン。釣り目。年齢はおそらくローレンさんと同じぐらい。道ですれ違えば二度見をする程に顔が整っている。だが、それ以上におぞましく禍々しいオーラを身に纏っている。まさにマフィアのボスらしい存在感だ。

「はい。そうです」

 カールは答えた。カールはどことなく緊張しているような気がする。

「ジェイムです」

「本当に強いのかい」

「……大丈夫です。昨日の化け物を倒したのはこの人のなんで」

「そうかい。なら、試しさせてもらうよ」

 カールのボスは、長机から何か取り出して、投げてきた。

「……殺す気ですか」

 カールのボスが投げてきたのものはナイフだった。

 瞬時に反応して取ったからよかったが、もし、ちゃんと反応していなかったら頭に刺さって死んでいた。

「……試しただけよ。……どうやら、雑魚ではないようだね」

 カールのボスは不敵な笑みを溢した。やはり、ヴァルトヘルトのマフィアのボスだ。倫理観などと言った良心はない。あるのは欲望と殺意などの悪き心のみ。人間の皮を被った悪魔その者だ。

「何するんですか!」

 リリアは声を荒げた。

「……黙れ」

 カールのボスは鋭い眼差しでリリアを睨んだ。

 リリアは恐怖心からか後ずさった。まるで、その姿が大蛇に睨み付けれた小動物のようだった。

「話が分かる子じゃないか。嫌いじゃないよ。お嬢ちゃん」

「…………」

 リリアの足が震えている。きっと、今まで味わった事の恐ろしさなのだろう。人間が一番恐怖心を抱くのは知らないものに対峙する瞬間だ。

「大丈夫」

 俺はリリアの震える手を握った。

「……ジェイム」

 リリアの手の震えが徐々に落ちついてきている。

「ハハハ、ごめんなさいね。やりすぎたわ。昨日、オークションがパーになったストレスを発散させてもらっただけよ。もう、怖がらなくていいわ」

 カールのボスの雰囲気が変わった。おぞましく禍々しいオーラーはどこかに消え、蛇のように鋭かった目つきも和らいでいる。その豹変の仕方がまた恐怖を駆り立ててくる。やはり、この女は只者ではない。場を掌握する才能を持っているのだ。

「……はぁ」

「あたしの名前はアヴァー・パルヴァー」

「俺がジェイムでこの女性はリリアです」

「ジェイムにリリアね。あたし、せっかちだから話を進めてもいい?」

「……どうぞ」

「ジェイム。いきなりだけど、アンタには地下格闘技の大会に出て優勝してもらう。そして、ガルイ市長の屋敷で開催される地下格闘技の大会に出場してもらいたい」

「ボ、ボス。地下格闘技の大会に出るだけでよかったんじゃないんですか?」

 カールが話しに割り込んできた。

「……気が変わったのさ。いいだろ。別に」

「あぁ。条件を飲んでくれたら構わない」

「おい。アンタ、変な事は言わないって約束だろ」

「カール。アンタは黙っときなさい」

「す、すいません」

「条件ってなんだい?」

 アヴァーが訊ねてきた。

「……優勝商品の女性の身体を、俺に渡す事だ」

「……女の身体をよこせだと。何をするつもりだい。やましい事でもしようってかい。アンタ善人面して、考えてる事はド変体じゃないかい」

 アヴァーは人を馬鹿にしたような笑い方をしている。

 俺は何を言われても構わない。リリアの妹を助ける為だ。それぐらいの覚悟は持っている。

「……リリアの妹の身体だ」

「……ふーん。そう言う事かい」

「どっちだ。早く決めろ」

「あたしに命令するのかい?」

 部屋の空気が重くなった気がする。きっと、その原因はアヴァーが殺気を放っているからだと思う。そして、殺気の標的は間違いないく俺だ。

「おい、アンタ。早くボスに謝れ。俺達まで死んじまう」

 カールが必死に謝るように催促してくる。そんな事知ったことか。こっちは大事な取引をしているのだ。

「……命令じゃない。提案だ」

「……ふん。アンタ、気に入ったよ。優勝さえしてくれるなら、女の身体はくれてやる。女の身体には興味がないからね」

 アヴァーから殺気が消えた気がする。どうやら、取引成立のようだ。

「あぁ、優勝するさ」

「……頼んだよ。じゃあ、明日の夜7時カジノの前で。アンタだけで来な」

「なんでだ」

「試合に参加するのはアンタだ。試合に出ない奴の面倒までは見ない」

「……でも」

「それでいいです。私は」

 リリアは言った。

「いいのか」

「いいよ」

「聞き分けのいい子だ。商談成立って事だ。明日は頼むよ」

「……了解。ボス」

 俺は軽く頭を下げた。その後、リリアの手を引っ張り、一緒に部屋を出た

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