第9話

食事を終えて、皿を洗っていた。リビングではリリアとトムがゆっくり時間を過ごしている。

「いっぱい食べたね」

「うん。美味しかった」

 隣のリビングから嬉しい言葉が聞こえてくる。二人に会うまでは心は冷め切っていた。けれど、この二人が作り出す他愛も無い時間が今まで冷めていた心を溶かしてくれているような気がする。

 俺は洗い終えた皿を食洗機に置き、中身がなくなった鍋を洗い始めた。

 二人の食欲は想像を絶するものだった。三日分のつもりで作ったカレーを一食で食べきったのだ。それも殆ど二人で。

 鍋を洗い終え、リビングに向かった。

 リリアはテーブル前に座っていた。トムは立って、リビングに置いてある棚に並べている人形を不思議そうに見ていた。

「どうした?」

「……これって、ジェイムが作ったの?」

 トムは目を輝かせて、興奮気味に訊ねてきた。どうやら興味を持ってくれたようだ。

「おう。そうだよ」

「へぇー僕も作ってみたい」

「よし、作り方を教えてやる」

「本当に?やった!」

 トムは嬉しそうに何度も手を上げている。

 俺はそんなトムの姿を見て嬉しくなった。

「リリアも作ってみるか?」

「………………」

 返事がない。リリアを見ると、リリアは寂しそうな表情を浮かべて、誰かが写っている写真を見ていた。

「リリア」

「……あ、ごめん。なに?」

「その写真なんだ?」

「あ、これ?」

 リリアは写真を見せてくれた。写真にはリリアによく似た女性が写っている。けれど、写真に写っている女性の髪色は青色ではなく緑色だった。そして、雰囲気は美人と言うよりは可愛い。

「……妹のユリアの写真」

「……そっか」

「うん?その人どっかで見た気がする」

 トムは写真に写るユリアを見て呟いた。

「え?本当に?」

 リリアはもの凄い剣幕でトムの肩を掴んで訊ねた。

「うん。ちょっと待って。思い出すから」

「お願い。早く思い出して」

 トムは目を閉じて、腕を組みを思い出し始めた。

「……あ、思い出した。カジノの地下格闘技場で見たんだ」

 トムは目を開けて言った。

「カジノの地下格闘技場。それは本当なのね」

「うん。この目でたしかに見たよ」

「ローレンさんが言ってた噂はやっぱり真実だったんだ」

「よかったな。リリア」

「うん。ありがとうね。トム」

 リリアはトムの頭を思いっきり撫でた。そのせいで、トムの髪の毛はボサボサになってしまった。

「どう致しまして」

 トムはくしゃくしゃな笑顔を見せながら、頭を掻いている。きっと、「ありがとう」と言われたのが嬉しかったのだろう。そして、褒められた事で照れてしまったのかもしれない。

「……でも、ちょっと待ってよ」

「どうしたの?」

「トム?なんでカジノに居たんだ?」

 なぜ、トムがカジノの地下格闘技場を知っているんだ。それにどんな理由でカジノに入ったんだ。普通に考えて危険すぎる。もしかして、ジャルト・デアボロかガルイ市長に関係があるのか。でも、それだったら、化け物に襲われた理由はなんだ。

「……お腹空いてて」

 トムは恥ずかしそうに答え、俯いた。

「お腹空いてて何でカジノに入ったんだ。お腹空いてたらレストランとかに入ればいいだろう」

「たしかに」

「お金持ってないし、カジノなら通気口とかに入って簡単に侵入できるし、お客さんの為の食べ物が大量に置いてるから何個か食べ物を盗んでもばれないと思ったから」

「……本当にお腹が空いて入ったんだな」

「うん……本当だよ」

 トムは申し訳なさそうに頷いた。

「……そっか。それならいいや。ごめんな。問い詰めるような言い方して」

 トムの姿を見て、罪悪感を感じてしまった。こんな子供を疑うなんて、俺は酷い奴だ。仕事のせいなのか人を疑うのが癖になってしまっている。こんな子がジャルト・デアボロかガルイ市長に繋がっているはずがない。それに化け物に襲われたのは偶然だったのだろう。

「大丈夫だよ」

「もうそんな危険な場所に行ったら駄目よ。分かった?」

 リリアはトムに注意をした。トムは深く頷く。

「よし、偉いぞ。それじゃあ、ジェイム。どうやってカジノの地下に行く。トムと同じように通気口から侵入する?」

「通気口から侵入するとかトムの前で普通言うか?今、自分で注意したところだろ。説得力なさすぎるだろ」

「あ、えーっと、なんと言うか。うーん、あれだ。気が焦っちゃて、つい」

 リリアは顔を赤くして言った。妹を早く助けたいのだけは強く伝わってくる。

「僕は気にしてないよ。あれだよね。お姉ちゃんって、天然さんなんだね」

「え?……私が天然?そんな訳ないわよ。なに言ってるのよ。ねぇ、ジェイム?」

「トムの言うとおりだろ。君は天然だよ」

「うーん、二人して、私をいじめる。私も天然じゃなくて、賢いんだから」

「説得力ないよ。なぁ、トム」

 トムは笑いながら頷いた。俺もトムの笑いにつられて笑ってしまった。

「なんで、二人とも笑うのよ。失礼よ」

「だって、だってよ」

「お姉ちゃんが面白いから。ハハハ」

「……決めた。私、いじけてやる」

 リリアは頬を膨らませた。その後、後ろを向いた。どうやら、拗ねてしまったようだ。

「悪かったよ。許してくれよ。なぁ、リリア」

「ごめんなさい。お姉ちゃん」

「嫌よ。二人とも許さない」

 リリアは振り向かずに答えた。かなり面倒な状態になってしまっている。

「明日の朝ごはん、トムと一緒にリリアの食べたいものを作ってあげるから」

「うん。美味しく作るよ。だから、許してよ。お姉ちゃん」

「……本当に?」

「本当だよ。なぁ、トム」

「うん。びっくりするぐらい美味しく作るから」

「そこまで言うなら許す」

 リリアは振り向いて答えた。機嫌を取り戻してくれたようだ。一時はどうなるかとひやひやした。

「それで、どうやって、カジノに入るの?」

「……お前なぁ……まぁ、いいや」

 リリアはやはり天然だ。けれど、それは注意しても治らない気がする。いや、治さなくいいかもしれない。よく捉えれば個性だ。一緒に居て、飽きないだろうし。周りを笑顔にしてくれる。

「どうしたの?」

「何でもない。ローレンさんが言ってた事覚えてるか?」

「ローレンさんが言ってた事?」

「妹さんが地下格闘技の優勝商品になっている事だよ」

「それがどうしたのよ?」

「きっと、厳重に保管されているはずだ。だから、侵入して助けるより、地下格闘技で優勝した方が妹さんを無事に助けられると思うんだ」

 もし、侵入がばれて捕まればただではすまない。まぁ、リリアとなら捕まる気はしないが。けれど、もしものためだ。より確率が高い方がいいに決まっている。

「た、たしかに」

「だから、明日。地下格闘技に参加する方法を探そう」

「わかった」

「人形の作り方は?」

 トムは不安そうな表情で訊ねてくる。

「大丈夫。探しに行く前に教えてあげるから」

 俺はトムと同じ目線になる為に屈んでから、トムの頭を優しく撫でた。

「……うん。わかった。絶対だよ」

「当たり前だろ」

 トムはとても嬉しそうに笑った。

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