第6話

夜のヴァルトヘルトはとても危険だ。元から危険な街ではあるが、夜になると事件の件数が昼間に比べて10倍程増える。女性が一人で出歩けば、8割の確率で事件に遭遇すると言っても過言ではない。軽い気持ちで出歩くと命がいくつあっても足りないと思う。

 そんな夜のヴァルトヘルトを俺とリリアはある人に会う為に歩いていた。

 多方面から視線を感じる。気を抜いたらすぐに襲われる。だから、俺は敵意剥き出しで、周りを気にしていた。

「顔、怖いよ」

 リリアは心配そうに言ってきった。

「危険だから」

「そ、そう。私の事は気にしなくても大丈夫だよ。自分で、ここに居る奴らは倒せるから」

 リリアは自信たっぷりだ。まぁ、この街に来るぐらいだから強いのだろう。しかし、まだその実力を目にしてないから心配だ。

「そう?でも、俺、夜街出歩く時はこんな顔になるんだ。癖ってやつだよ」

「癖?それじゃあ、仕方ないね。怖いけど」

「ごめん、ごめん。あ、今、ふと思い出したんだけど、なんで、階段の近くに倒れてたの?」

「あーあれ、あれはねぇ。爆弾が爆発した時に一番早く逃げられるように置いてたんだ」

「え?もしかして、あの爆発って君が起こしたの?」

 驚きであった。誰が起こしたか気にはなっていたが、その犯人がリリアだったとは。

「うん。その通り」

「でも、どうやって、爆弾を持ち込んだんだ。セキュリティは厳しかっただろ」

「簡単だよ。中に居る人に乗り移って、裏口を開けて入ったの」

「え、もしかして、建物とかすり抜ける事が出来たりするの?」

「うん。魂の状態でだったらすり抜けられるよ」

 リリアは当たり前かのように答えた。

「便利だな」

「便利なんだけどね。あとで、身体にはかなりの負担が掛かるんだ。だから、出来るだけ使わないようにはしてるんだけどね。まぁ、今回はセキュリティも厳しかったから仕方なく」

「やっぱり、デメリットもあるんだな」

 どんなものにもメリットがあればデメリットも存在する。人間と言う生き物はどちらも必ず持ち合わせているのだ。そうじゃないと、均衡を保てないのだろう。比重が片方に傾けば、崩れてしまうから。

「うん。結局は私も人間だからね」

「そうだね。でさ、爆弾はどこで手に入れたの?」

「うーん、それはヒ・ミ・ツ」

 リリアは口に人差し指を当てて言った。

「なんだよ、それ。気になるな」

「また今度、教えてあげるよ」

「それじゃあ、今教えてもいいだろ」

「うーん、それは違うんだなー。これが」

 リリアはもったいぶって答えようとしない。

「なんだよ、それ」

 そうこうしている間に目的地近くに辿り着いた。

 ある人が居る建物が見える。建物の外装はいつ見ても変わらない。けれど、いつもと同じように危険さと安堵感が入り混じる変わった雰囲気を醸し出している。

「あ、あれだよ。俺の依頼者が居る場所は」

 俺はある人が居るバー・マリアを指差した。いや、経営していると言った方が正しいかもしれない。

「あのマリアって店?」

 俺は頷いた。

「じゃあ、入るよ」

「ちょっと待って」

 リリアは俺を呼び止めた。

 俺はリリアを見た。

 リリアは不安げな表情を浮かべている。急にどうしたのだろう。

「どうしたの?」

「私、18だけど入っていいの?お酒飲めないよ。ミルクあるの?」

「大丈夫だよ。俺も、18だし。それにお酒なんて飲まなくていいよ。あ、ミルクはあるよ」

「そっか、それならいいや。てか、同い年だったんだ」

「そういえば、そうだね。それじゃあ、入るよ」

 リリアは頷いた。

 俺とリリアは扉を開けて、中に入った。

 店内ではごろつきや大きなタトゥーを入れた女性達が酒を飲んでいた。外に比べれば、危険度も減った気がする。危険な事には変わりはないが。

「いらっしゃい」

 カウンターの方から女性の色っぽい声が聞こえた。

 俺はカウンターの方を見る。そこにはローレン・サルローさんが居た。いつ見ても、艶らしく、品がある人だ。下品さが全くない。大人の女性って言う感じだ。

「どうも」

 俺は軽く会釈をした。

「あ!ジェイムじゃない。こっちこっち」

 ローレンさんは手招きしてきた。周りのごろつきが俺を睨んでくる。お前とローレンさんはどんな関係なんだと、言わんばかりの表情で。

「あの人が依頼者?」

「うん。そうだよ。あの人が俺の依頼主」

「綺麗な人なのは分かるけど、どんな人なの?」

「話せば分かるよ。行こう」

「う、うん」

 俺とリリアはローレンさんのもとへ行き、カウンター席に座った。

「横に居るのは彼女さん?」

「違うよ。ビジネスパートナーだよ」

「本当かしら?」

 ローレンさんがからかってくる。この人はすぐ、俺をからかう。

 リリアはどうしたらいいか分からないのだろう。無言でいた。

「本当だよ、本当」

「冗談よ、冗談。で、今日はどうしたの?」

 ローレンさんは艶やかな長い黒髪をかきあげて訊ねてきた。その所作に少しだがドキッとした。いつも思う。この人は色気製造機だ。いとも簡単に色気を振りまいている。だから、色んな男達が周りに群がってくる。まぁ、ローレンさんは群がる男達を相手にはしないが。

「進捗情報を伝えに」

「あら、そう」

 ローレンさんは真剣な表情になった。仕事モードの顔だ。

「飲み物はどうする?」

「二人とも未成年だからミルク二つで」

「はいよ」

 ローレンさんはカウンター内にある冷蔵庫を開けて、ミルクが入った瓶を取り出して、二つのグラスに注ぎ始めた。

「ねぇ、話しを聞いてても全く分からない。どう言う人か教えてよ。このままじゃ、私この人とどう接すればいいか分からない」

 リリアは小声で囁いた。

「……国際警察だよ」

「へぇ?国際警察?」

 リリアは驚きのあまり大声を出しそうになった。だが、周りを見て、小声で訊ねてきた。

「うん。国際警察」

「本当に?ガチ?リアル?マジで?」

 リリアは混乱している。まぁ、混乱するのは仕方ないだろう。普通に考えて、こんな街のバーのママの正体が国際警察だとは思わない。それにこれだけ色気を振りまいているのだから。でも、事実なのだ。ローレンさんは国際警察だと言う事は。

「本当でガチでリアルでマジだよ」

「そ、そうなんだ。びっくりした」

「はい。ミルク」

 ローレンさんは俺とリリアの前にミルクが入ったグラスを置いた。

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「ジェイム、アンタ私の正体この子にばらしたでしょ」

 ローレンさんは地獄耳だ。かなり距離が離れていても、集中すれば何を話しているか内容が分かるらしい。

「はい。だって、ビジネスパートナーなんで」

「まぁ、いいけどね。ここに連れて来ている時点で、この子を信用しているのは分かるし。あ、貴方、名前教えてくれないかな?」

「……リリア・プシュケーです」

「リリア・プシュケー……」

 ローレンさんは何か引っ掛かっているかのような表情を浮かべている。

「どうかしたんですか?」

「いや……うーん。リリアちゃん。貴方の親族にユリア・プシュケーっている?」

「妹です。私の妹です。どうかしたんですか?」

 リリアは立ち上がって、訊ねた。

「……貴方の妹が地下格闘技の大会の優勝商品になっているっていう噂があるのよ」

「え?それは本当ですか?」

「噂だから事実とは限らないんだけど、この街だったら噂は事実のようなものだから事実だと思うわ」

「その地下格闘技はどこでやってるんですか?」

 リリアの声がどんどん大きくなっていく。ようやく見つけた手がかりだから仕方がない。

「……ごめんなさい。そこはまだ分からないわ」

「……そ、そうですか」

 リリアは残念そうに席に座った。

「ごめんなさいね」

「だ、大丈夫です」

 リリアは俯きながら答えた。この手がかりだけではないのと同じようものだ。そして、その手がかりが気持ちを不安にさせ、焦る要因になると思う。

 俺はリリアの背中を軽く二度叩いた。

「……ジェイム」

「絶対に見つけるからさ」

「……ありがとう……ありがとう」

 リリアの瞳は少し赤くなっている。今にも涙が出そうだ。自分の中で様々な葛藤と戦っているのだろうと思った。

「進捗情報をローレンさんに話してもいいかな?」

「……うん。大丈夫だよ」

 リリアは手で目を擦り、ミルクを一気飲みしてから言った。

「ありがとう。それじゃあ、ローレンさん進捗情報です。やはり、ガルイ市長と一連の事件は繋がっていました。リリアが死体オークション会場で、ガルイ市長を目撃したようで」

「それは本当なの?」

 ローレンさんはリリアに訊ねる。

「はい。たしかに見ました」

「そう。やはり、ガルイ市長は一連の事件に繋がっていたのね。それじゃあ、ジェイム。貴方のこれからの捜査は、ガルイ市長の身辺捜査をしてもらえないかしら」

「分かりました」

「……一ついいですか?」

 リリアは言った。

「何でも言って、情報は多い方がいいから」

「もしかしたら、ジャルト・デアボロと言う男がガルイ市長の身体を乗っ取って、一連の事件を起こしているかもしれないんです」

「ジャルト・デアボロ。それって、剥がし屋・ジャルト・デアボロ?」

「はい。その通りです」

「ローレンさん知ってるんですか?」

「えぇ、指名手配犯よ」

「指名手配犯……俺、一度も指名手配書で見た事ないですよ」

 どう言う事だ。この街に貼られている指名手配書は全て目にしている。それに指名手配書に載っている者達の名前と顔は全て把握しているのに。

 俺は見過ごしたのか?いや、そんな簡単なミスをするわけがない。

「仕方ないわ。この街ではジャルト・デアボロの指名手配書を貼ってないの。ジャルト・デアボロの能力はこの街では危険過ぎるから」

「どう言う事ですか?」

「この街はすぐに噂が事実として拡がるでしょ」

「はい。たしかに」

「だからよ。例えばね、Aと言う男に乗り移っている噂が広がればAが懸賞金の為に狙われる。次にBと言う男に乗り移ったと噂が拡がればBが狙われる。それが何度も続けば街の人々は疑心暗鬼になり、この街はもっと危険になる」

「……そう言う事ですか」

 理由に納得した。ローレンさんが言った事が実際に起これば、確実に事件件数は何十倍以上にも跳ね上がるはずだ。そうなると、この街は街としての機能失う。ただの無法地帯になってしまう。

「えぇ。でも、その情報が知れてよかったわ。ありがとう。リリアちゃん」

「はい」

 突然、何か重いものが落ちて地面に衝突したような音が外から聞こえた。店内は少しその衝撃のせいか揺れた。

「何かしら?」

 俺の前に置いているミルクが入ったグラスが揺れたせいで倒れ、中身がこぼれてしまった。

「なんでしょうかね。あ、フキン貰えないですか、ミルクがこぼれちゃったんで」

「本当だわ。ちょっと待ってね。ミルク入れなおしてあげるから」

「すみません」

 ローレンさんはフキンを俺に手渡した。

 俺はフキンを使って、カウンターの上にこぼれたミルクを拭く。

 ローレンさんは冷蔵庫を開けようと、取っ手に手を掛ける。

 店の扉が荒々しく開けられた。そして、外から男が急いで入ってきた。

「化け物だ。化け物が現れたぞ。子供が一人襲われてる」

 男は息を切らせている。嘘ではないはずだ。だとしたら、子供が危険だ。

「化け物だってよ。可哀想に」

「私は行かないわよ。巻き込まれたくないし」

 店内の居る者達はざわつき始めた。ここに居る奴らは見かけ倒しか自分が一番大切な奴らしか居ないようだ。

「化け物ですって」

「ローレンさん。俺が見てきます」

 俺は席を立ち上がった。

「頼んだわ」

「私も行く」

 リリアも席を立ち上がった。

「危険だ。俺だけでいい」

「私も戦えるわ。お願いよ。そうじゃないと身体乗っ取るわよ」

「分かった。それじゃあ、一緒に行こう」

 強引だった。けれど、それだけ意志が固いのだろう。その意志を踏みにじるのはよくない。もし、なにかあれば、俺がリリアを守ればいい。

「ありがとう」

 俺とリリアは扉の方に向かった。

「俺達が行きます。案内してもらっていいですか?」

「君達が来てくれるんだな。分かった。案内する」

 俺とリリアと男は扉を開けて、化け物が居る場所に向かった。

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