第5話
ホワイトシチューのいい匂いが鼻を刺激する。
「もう完成だな」
小皿にホワイトシチューを少量注いで、味見する為に口に入れた。
美味しい。自画自賛になってしまうが。美味しいものは仕方がない。
俺はリリアがいつ起きてもいいようにキッチンで料理をしていた。
リリアは隣のアトリエ兼リビングのソファで寝ている。
「キャー。え、何、え」
隣の部屋からリリアの悲鳴が聞こえた。
俺は火を消して、隣の部屋に向かう。
隣の部屋では、リリアがソファから転がり落ちていた。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょ、ちょちょ」
リリアは部屋に置いてある人形達を指差した。かなり混乱しているように見える。
「人形がどうしたの?」
「に、人形なのこれ。」
「うん。人形だけど」
「……そうなんだ。びっくりしたわ。心臓、背中から出ると思った」
リリアは、少し落ち着いた気がする。それにしても、独特な表現だ。普通、心臓が飛び出すとかだろう。なぜ、背中から出るんだよ。
「人間だと思った。リアル過ぎて。貴方、人形作る人なの」
「そうだよ。人形造形師」
「じゃあ、なんで、あんな所に居たの」
「探偵もしてるから」
「……どっちが副業?」
「人形を作る方が」
「え、絶対人形作る方を本業にした方が儲かるよ。あ、あと助けてくれてありがとう。てか、ここ貴方の家。何で、あそこに居たの。ねぇねえ」
リリアはマシンガンかのように怒涛に様々な事を言ってきた。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。一つずつ答えていいかな」
「あ、ごめん。いつものくせで」
いつもこの調子なのか。驚いた。
「まず、人形は儲ける為に作ってない。次は、どう致しまして。その次は、ここは俺の家で合ってるよ。最後は君があそこに居た理由を教えてくれたら話すよ」
「分かった。話す」
間髪居れずに即答した。そんなに早く答えるか普通。
「ありがとう。話してくれるんだ……て、言うか。そんな簡単に話していいの」
「うん。別にいいよ。減るもんじゃないし。君は悪い人じゃないし。身体を助けてくれたお礼ってやつかな」
「お、おう」
顔が熱くなった。ちょっと、恥ずかしい。そして、嬉しい気もする。
「顔赤くなってるよ。可愛いね」
「可愛いって言うなよ。なんか、嫌だ」
「可愛いって褒め言葉なんだけどな。君が嫌がるなら言わないようにする」
「……言ってもいいよ。別に」
「本当に?可愛い。キュート。プリティ。可憐。かわゆい。めんこい……あとは、えっとー」
「もう、もうそれはいいから。何で、あそこに居たか教えてくれるかな」
「ごめん。……あそこに居た理由は妹を探す為とある男を探す為なの」
リリアは和やかな表情から真剣な表情に一変した。あまりの変化に、一瞬だが、戸惑ってしまった。
「……妹とある男?」
「うん。私と妹はある男を追って、この街に来たの。そして、男を追っている途中で男に妹が誘拐されてしまって。それにあのオークションにはその男が絡んでいるのは確実だし」
「……妹さんが誘拐されたのか。そのある男って、ガルイ市長の事かい」
「違うかもしれないし、合っているかもしれない」
リリアの回答は曖昧。どっちとも取れる答えだ。
「……どう言う事?」
「男がそのガルイ市長の身体に乗り移っているかもしれないから」
「……乗り移る?その男は一体何者なんだ」
「……剥がし屋・ジャルト・デアボロ」
「ジャルト・デアボロ」
初めて聞いた名前だ。
「他人の身体に乗り移る事ができ、さらに身体から魂を抜き取り違うものに入れる事が出来る」
男の能力はリリアの能力に似ている気がする。
「それじゃ、死体に魂を入れる事も出来るって言う事かい」
「えぇ、その通り」
リリアは頷いた。
改造した死体に魂を入れて、生物兵器として、利用出来ると言う事だ。想像しただけで、恐ろしくなる。
「そして、ジャルト・デアボロの最大にして最悪の能力。剥がし屋って所以にもなっている能力。魂のコーティングを剥がす事が出来る」
「……魂のコーティング?」
「生物の魂は球体で、表面には霊子と言うコーティング剤で塗装されているの。けれど、ジャルト・デアボロはその霊子を剥がして、魂を生身の状態にする事が出来るの」
意味不明な事ばかりだ。けれど、さっき、リリアの魂が俺の身体に居たのは事実だ。だから、この話も事実に違いない。
「その生身になった魂はどうなるの?」
「コーティングで制御されていたものがなくなり自我が保てなくなる。そして、暴走する。魂の寿命が尽きるまで」
「……元には戻らないの」
「えぇ、絶対に戻らないわ。残念だけど」
リリアは虚しそうに答えた。
「……そうか。三つ質問していいかい」
「いいよ。言って」
「君とその男の能力が少し似ているのはどう言う事なんだ?」
「私達の一族とジャルト・デアボロの一族は元は同じ一族だった。けど、数百年前にジャルト・デアボロの祖先がコーティングを剥がす能力を手にして、デアボロと名乗り、一族を抜けたの。それから、私達一族とジャルト・デアボロの一族は敵対関係になった。だから、言ったら遠い親戚みたいなものなの」
「……そうなんだ。二つ目の質問。追っていた理由は?」
「ジャルト・デアボロを殺す為。これ以上の犠牲者を生み出さない為に」
リリアは拳を握り、力強く語った。とてつもなく意思が固いように見える。きっと、何を言っても、その意志は折れないに違いない。
「……そうか。三つ目の質問。妹さんの魂のコーティングは剥がされる事はないの?」
今までの話を聞いていると、明らかに妹さんの魂が危ない。早く、妹さんを見つけ出さないと取り返しのつかない事になるはずだ。
「それは大丈夫。私達一族の魂のコーティング剤は霊王子(れいおうし)と言って、どんな事をしても剥がせないものなの」
「……そうなんだ」
霊王子と言う物がどれだけ凄いかは分からないが、妹さんの魂が無事なのは理解出来た。それを聞けて、ホッとした。
「じゃあ、私、全部答えたから。質問していい?」
リリアは真剣な表情から、柔らかい表情に変わった。
何というか、表情豊かと言えばいいのか、掴み所が分からないと言うか、不思議な女性だ。まぁ、嫌ではないから別に問題はないんだが。
「うん。いいよ」
「貴方があそこに居た理由は?」
「この街で起こっている失踪事件と殺人事件と、死体オークションが関係があるか。そして、ガルイ市長がその全てに絡んでいるかを調べていたんだ」
「そのガルイ市長の写真とかある?もしかしたら、会場で見たかもしれないから」
「分かった。ちょっと待って」
人形の後ろに隠していた箱から写真を取り出した。写真にはガルイ市長とガルイ市長の妻、エレン・ホーキンス。さらにその二人が飼っているペルシャ猫のソラが写っている。
写真に写るエレン・ホーキンスの左手薬指にはサファイアの指輪がはめられている。きっと、ガルイ市長がプレゼントしたのだろう。夫婦仲はとてもいいと聞いている。
俺はリリアに写真を手渡した。
「あ、この男の人居たよ。女の人は居たか分からないけど」
「本当に本当か?」
「うん。本当に本当」
これでガルイ市長がこの一連の事件に絡んでいる事が確定した。あとは、証拠を集めるだけだ。
「よし、これで事件の真相に近づいたぞ」
「あのさー、えーっとさ、何ていうかさ。一つ提案があるんだけどいいかな」
リリアはモジモジしている。一体どうしたのだろうか?
「いいけど。言ってみてよ」
「手を組まない?貴方はガルイ市長が一連の事件の黒幕だと言う証拠探し、私は妹とジャルト・デアボロを探す。たぶん、お互いが探しているものって、どこかで繋がっている気がするの」
リリアの提案はすんなり腑に落ちた。こんな危険な街だ。一つの事件が違う事件を生み出したり、繋がっていたりする。。それに一人で探すより、二人で探した方が単純に考えて、効率が2倍になる。男ではいけない場所を調べる事も出来る。手を組む事にデメリットは何一つないはずだ。メリットしかない。
「よし、手を組もう」
俺は右手を差し出した。
「うん。よろしくね」
リリアは右手で俺の右手を握り、握手した。交渉成立。これで、ビジネスパートナーになった。互いの利益の為に力を出し合うのだ。
「なんか、いいね。初めてだよ。仲間って言うの」
リリアは微笑んだ。俺は一瞬、リリアの笑顔に心奪われそうになった。これで分かった。恥ずかしいが女性の笑顔に弱いみたいだ。気をつけないといけない。
「そ、そうだね」
「ねぇ?あのさーずっと気になっているんだけどさ。このいい匂いなに?」
リリアはキッチンの方に視線を送った。
「うん?あー食べる?。ホワイトシチュー」
「ホワイトシチュー?食べたい。この街に来てからちゃんとしたご飯食べれてないから腹ペコなんだ」
「そっか、それならいっぱい食べていいよ」
「やったーいぇーい」
リリアは手を解いた。そして、両手を挙げて、喜んでいる。その姿は、まるで子供が欲しかったおもちゃを買ってもらった時のようだ。リリアをずっと見ていても、飽きないだろう。こんなに表情と表現が豊かなら。
「ちょっと待ってて。持って来るから」
「分かった。あそこのテーブル持って来たらいい?」
「うん。頼むよ」
「了解、了解」
リリアはテーブルを運び始めた。
俺はキッチンに行き、戸棚から深皿を二枚取り出した。その後、ガスを点けて、ホワイトシチューをお玉でかき混ぜて、温め直す。
いつぐらいぶりだろう。人と一緒にご飯を食べるのは。まだ、ホワイトシチューを食べてないのに身体が温まる感じがする。気のせいかもしれないけど。
ホワイトシチューが温まった。お玉で二枚の深皿に注ぐ。
「パンもいるかい?」
「いる。パンいる」
隣の部屋からリリアの返事が聞こえる。
「はいよ」
俺は、買い物袋に入った紙に巻かれているバゲットを手に取り、ワークトップの上に置いた。
ワークトップの上に置いたバゲットの紙を剥がし、引き出しから包丁を取り出し、包丁を水で洗い、軽くタオルで拭いて、その後、紙の上でバゲットを10等分に切った。
戸棚から大き目の皿を取り出して、10等分にしたバゲットを乗せた。
「ちょっと、取りに来てくれない」
「わかった」
リリアがキッチンに来た。
「何を運べばいいの?」
「このバッゲトと、そこの戸棚からスプーンを二つ取り出して、持って行ってほしい」
俺はリリアが分かるように戸棚を指差した。
「承知の承知」
リリアは戸棚を開けて、中からスプーンを二つ手に取った。それから、開けた戸棚を閉めて、ワークトップの上に置いているバゲットが乗った皿を隣の部屋に持って行った。
俺はホワイトシチューが入った深皿を二枚、両手で持って、隣の部屋に行く。
隣の部屋では、リリアがテーブルの前に座っている。テーブルの中央には、バゲットが乗っている皿が置かれていた。
「はい。これ」
俺はホワイトシチューが入った深皿を一枚、リリアの前に置いた。
「ありがとう」
軽く頷いた。
俺はリリアの向かいに座り、ホワイトシチューが入った深皿を自分の前に置いた。
「はい。スプーン」
リリアからスプーンを受け取った。
リリアは今にもよだれがこぼれそうな程にじっとホワイトシチューを見つめている。早く食べたいのだろう。
「それじゃあ、いただきます」
俺は両掌を合わせて言った。
「いただきます」
リリアも同じように両掌を合わせて言った。そして、すぐにかぶりつくかのように一心不乱に食べ始めた。
俺もホワイトシチューを食べ始める。
リリアはとても美味しそうにホワイトシチューとパンを食べている。本当にお腹を空かしていたのが分かる。
「美味しい。本当に美味しい。店の味だよ」
リリアの鼻の下にホワイトシチューのスープがちょっと付いている。気づいてないみたいだ。
「ありがとう。おかわりあるから食べて」
「うん。ごちそうになります」
「どうぞ。付いてるよ」
「何が?」
俺は自分の鼻の下を触った。
「あ、やばい。恥ずかしい」
リリアは俺の行動を見て、鼻の下にスープが付いている事に気づき、手でスープを拭き取った。そして、食事を再開した。
「あのさ、いきなりなんだけどいいかな」
「なに?」
リリアはスプーンを止めた。
「今夜、会って欲しい人がいるんだけどいいかな?」
「うん、いいよ。誰と会うの?」
「俺の依頼者だよ」
「……分かった」
俺はリリアの深皿に視線を送る。深皿にはホワイトシチューが入っていない。もう食べきったようだ。
「おかわり入れてこようか」
「うんうん。お願いします」
俺は立ち上がり、リリアの深皿を手に取り、キッチンに向かった。
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