第3話

数時間前。

 俺はある人に頼まれて、ホテル・ドンキーワイルドの中を捜査していた。

 捜査内容は、死体オークションと失踪事件と大量殺人事件の因果関係。そして、その三つの出来事にこの街の市長に3年前なったガルイ・ホーキンスが関与しているか。

 ガルイ市長が来てから事件が急増した。高確率で関与しているに違いない。けれど、証拠を掴めていないのだ。

 ドンキーワイルドはヴァルトヘルト随一の高級ホテルで、50階建てである。サービスは他の街の高級ホテルにも引きを劣らない。さらにセキュリティは強固なものである。まぁ、依頼者から偽造IDを貰いホテル内に潜入出来ているのだからネズミ一匹通さないレベルではない。

 俺は最上階から10階まで、一階ずつ降りて、証拠があるか探していた。しかし、一向に手掛かりは見つからないでいる。

「別に怪しい所はないんだけどな。でも、それが怪しいよな」

 ここはヴァルトヘルト。安全とルールなど存在しない。そんなこの街に高級ホテルが建っている事自体が怪しい。

 俺は次の階に下りる為にエレベーターに乗ろうと、エレベーターに向かった。10階から2階の間は階段では行けない構造になっているからエレベーターに乗らないといけないのだ。

 エレベーターのドアが数個見えた。

 エレベーターは上に行く用と下に行く用が2つずつと従業員専用が一つある。

 従業員専用のエレベーター前では、ホテルの従業員が二人立っていた。従業員達は巨大な白い布が掛けられた大型の荷物を台車に乗せて、エレベーターが降りて来るのを待っていた。

「これって、地下のどこに運べばいいんですか?」

 従業員の一人が言った。

 俺は咄嗟に角に隠れた。普通のエレベーターには地下行きのボタンは存在しなかった。

「おい、お前。地下の存在はここで話すなよ」

「あ、すいません。でも、これって何が入ってるか気になりません?」

「……ここだけの話だぞ」

「はい。ここだけの話にするに決まってるじゃないですか」

「……改造された死体だ」

「死体。死体ですか」

 従業員の一人が大声を出した。きっと、驚いてしまったのだろう。

「声が大きい。誰かに聞かれていたら、俺達殺されるぞ」

 従業員は急いで大声を出した従業員の口を手で抑えた。そして、誰か居ないか周りを見渡している。

「分かったな。もう、絶対にこの話は禁句だぞ」

 従業員は何度も頷いた。

 従業員専用のエレベーターが降りてきた。従業員専用のエレベーターは、他のエレベーターに比べて、3倍程の大きさがある。これなら、何でも地下まで運べるし、関係者以外にはまずばれない。

 従業員専用のエレベーターのドアが開く。

 従業員達は改造された死体を乗せている台車を押して、エレベーターの中に入り始めた。

 チャンスだ。このまま地下に降りられる。

 従業員達はエレベーター内に入り、奥に進んだ。このエレベーターは奥も開く作りになっているのだろう。

 俺は息を殺して、足音を立てずにエレベーターの中に入った。それと同時にエレベーターは閉まった。

「誰だ」

「どうしたんですか?」

「誰か入って来た気がするんだ」

「本当ですか?」

 従業員の一人は感覚が鋭いようだ。普段は誰にも気配を気づかれないのに。もしかしたら、この従業員やり手なのかもしれない。

「ちょっと、確かめろ」

「え、俺がですか。嫌ですよ」

「いいから早くしろ」

「分かりましたよ」

 従業員の一人が俺の方に向かって来る。俺は荷物に掛かっている白い布を上げて、台車に乗った。そして、内側から白い布を降ろした。

「先輩。誰もいませんよ」

 従業員の声が近くで聞こえる。たぶん、目の前に立っている。

「本当か。ちゃんと見たんだろうな」

「見ましたよ。だから、もういいでしょう」

「……あぁ、分かった。戻って来い」

 足音が遠くなる。従業員は奥に戻ったのだろう。

 エレベーターが降り始めた。

 俺は後ろを向いた。視線の先には透明なケースに入った生き物の死体がある。いや、化け物の死体と言ったほうがいいのかもしれない。顔は人間だが、背中からは羽が生えており、皮膚は金属で覆われており、爪は大型肉食動物。足は熊の足そのもの。きっと、足を移植されているのだろう。尾骨付近からは大蛇のような尻尾が生えている。この世の物とは思えない禍々しさがある。

 人間のする事ではない。こんなふうに命を扱うなんて。許せない。絶対に許せない。

 ――エレベーターが止まった。

「運ぶぞ」

「はい。分かりました」

 台車が進んでいるのが分かる。どこに向かっているのだろうか。オークーション会場。あるいは倉庫か。

「ちょっと、重くなりました?」

「うるさい。ここでは声を出すな」

「あ、はい。すみません」

 従業員達の声が聞こえた。

 ――5分程経った気がする。突然、台車が止まった。

「運んで来ました」

 従業員の一人が言った。

「ご苦労。帰っていいぞ」

 男の声が聞こえる。低い声だ。従業員達とは違う。

「では、失礼します」

「し、失礼します」

 二人分の足音が遠くなっていく。きっと、従業員達の足音だ。

 ドアが開く音がした。そして、台車が動き始めた。

 ここは地下の何処だ。早く場所を把握したい。このままでは、全然身動き出来ない。

 台車が止まり、足音が離れていく。

 ドアが閉まる音がした。光はそのままだ。俺は台車と白い布を少しだけ上げて、周りを見渡した。人はいないようだ。だが、その代わりに透明なケースに入った改造された死体達が大量に置かれていた。

 俺は台車から降りた。ズボンから無音カメラを取り出して、透明なケースに入れられている改造死体を写真に収めた。

 これからどうする。外には人がいるはずだ。どうやって、この地下を移動する。

 部屋中を見渡した。すると、部屋の隅の壁面の下部に通気口が見えた。

 俺は通気口に駆け寄り、音がたたないようにゆっくりと蓋を外して、通気口の中を確認した。通気口の中にはハシゴが備え付けられていた。これで自由に移動出来そうだ。

 俺は通気口の中に入り、内側から蓋を閉めた。その後、ハシゴを使って、上に登った。


 通気口の中を進んでいると、蓋の間から下にある部屋が見える。部屋内では大勢の黒いスーツを着た男達と、露出が多い服を着た女性達が居た。きっと、どこかのマフィアのボスとその女なのだろう。

 自分達の欲求に正直な奴ら。死体オークションが始まるを待っているのかもしれない。そう思うとゾッとする。金があればどんな事をしてもいいのか。俺はこう言う奴らが嫌いで仕方がないのだ。

 俺は歯を食い縛り、怒りを抑えて、通気口内の中を再び進み始めた。

 ――アンモニア臭が漂ってくる。俺は匂いがする方に進んだ。すると、蓋が見えた。

 俺はその蓋のところまで進んだ。蓋の間から下が見える。男子トイレだ。黒いスーツを着た男が一人、鼻歌を歌いながら用を足していた。

 ふと、思った。このまま、通気口内を進んでいても、オークション会場には入れない。でも、この男に成りすませばオークション会場に入れる。

 俺はこの男に成りすます事を即断して、蓋を叩き落した。

「な、なんだ」

 スーツを着た男が慌てている。

 俺は通気口から、トイレに降りた。

「お、お前は誰だ」

「静かにしろ」

 スーツを着た男のお腹を殴った。男は一瞬で気絶した。

 気絶している男を個室トイレに運び、中から鍵をかけた。そして、男のズボンのポケットから財布を取り出して、中身を確認した。

「……カルロス・ボンズ」

 身分証に記名されていた名前だ。

 俺は男が着ているスーツを全て剥ぎ取り、着た。

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