第14話

……困った。勢いよく博物館から出たのはいいもののどう娘さんと対の人形を探せばいいか分からない。70年前にタイムスリップでも出来れば簡単なんだけど、それは出来ない。あーどうしたものか。

 道端にヒントが転がっていたらいいのに。でも、そんなに簡単に見つかれば苦労はしないよな。いやー難しい。

 ふと、視線の先にアンティークショップ・クレイが見えた。

 ……ちょっと待てよ。おっちゃんの店にはバヌー・ジャザリーが作った古時計があったはず。それにおっちゃんは俺が小さい頃からご高齢だったはず。こ、これは行くしかない。

 俺はアンティークショップ・クレイに急いで向かう。

 0.1%の可能性が1%に。いや、それ以上の可能性になるかもしれない。

 アンティークショップ・クレイの前に着いた。俺はドアを開けて、店内に入る。

「いらっしゃい。お、テルロか」

 カウンター前の椅子に腰掛けているおっちゃんが言った。今日は下に隠れていないんだな。いや、そんな事どうでもいい。

「どうも。おっちゃん頼みたい事があるんだけどいいかな?」

「髪飾りの値引きか?」

「違うよ。ちょっとだけ古時計に触れてもいい?」

「え?触れるのか?」

「……駄目かな?」

 おっちゃんは驚いていた。それはそうだよな。大事にしているものは触れられたくないよな、普通は。

「いいよ、別に。お前さんなら」

「駄目だよな。え?いいの?」

「あぁ。何か用があるんだろ。それにお前以外のやつには触らせんよ」

「あ、ありがとう」

 俺は古時計に駆け寄った。そして、左手に付けている手袋を外して、古時計に触れる。

 ……様々なイメージが浮かんでくる。人形を作っている男の姿。サクラの花びらのネックレスを首にかけている少女。

 俺はゆっくり目を開けた。

 サクラの花びらのネックレスを俺はどこかで見た事がある気がする。思い出せ。思い出すんだ、俺。…………あ、もしかして、あの人か。ミロナの前で泣いていた老婆だ。絶対にそうだ。でも、どこの地区に住んでいるんだ?

「何かわかったのか?」

「あぁ、おっちゃんさ。ラルカ・ジャザリーって人知ってる?」

「ラルカちゃんか。知ってるぞ」

「本当?それじゃ、住んでる場所とか知ってる?」

「それは分からない。一度、この街を出ているからな。数年前に戻って来たと言う噂は聞いたが見た事はない。それに母側のファミリーネームになっているはずだしな」

「……そうなんだ。一回博物館で見たんだけどな」

「それは本当か?」

「うん。本当だよ。ミロナを見て泣いてたよ」

「……そうか。それならもう一度博物館に行ってみたらどうだ?」

「な、なんで?」

「大好きだった、お父さんが作った大事な人形だ。目に焼き付ける為に何回でもいくはずだ。それにあの人形はラルカちゃんの為に作られたものだしな」

「……そうなんだ」 

 それじゃ、なぜラルカさんの手から離れたんだ。何かあったのか?

「色々とあったんだ」

「……色々って何?」

「……バヌー・ジャザリーさんは天才だった。だけど、お金には全くの無頓着だった。だから、借金がかなりあった。妻のマリカさんはその借金を返す為に毎日必死に頑張っていた。バヌー・ジャザリーさんが死んだ時に金持ちが現れたんだ。その金持ちは「バヌー・ジャザリーの作品全てと屋敷を譲れば一生働かなくてもいいお金を渡す」と言った。マリカさんはそれを了承した。そうしないと、マリカさんもラルカちゃんも生活出来ない状態だったからな」

 おっちゃんは悲しそうに語った。こんな表情を見たのは初めてだ。おっちゃんにとっても辛い記憶なんだろう。

「そんな事があったんだ」

「悪いな。こんな話して」

「いいよ。色々と分かったし。ありがとう」

「……おう」

「じゃあ、おっちゃんの言うとおりに博物館に行って来る」

「そっか。行って来い」

「うん。絶対にデイジーの花の髪飾り買いに来るから」

 俺はドアを開けて、博物館に向かう。

 ……頼む。ラルカさん居てくれ。ミロナを浄化させたいんだ。


 博物館の前に着いた。

 急ぎ過ぎた。ちゃんと寝れてないせいで頭がクラクラする。でも、そんな事気にしてる時間はない。もしかしたら、ラルカ・ジャザリーさんが居るかもしれないのに。

 俺は博物館の中に入る。館内はアルテヴィッヒ・フェステバルが始まってからずっと盛況だ。

 ミロナの展示スペースに着いた。人が多い。これは探すのに一苦労だ。

「……来ていないか」

 泣き声が聞こえる。俺は耳を澄まして、どこの方向から聞こえる。

「……こっちか」

 俺は泣き声から聞こえる方を向く。そこには車椅子に座っている老婆が居た。首にはサクラの花びらのネックレスをかけている。きっと、この人がラルカ・ジャザリーさんに間違いないはずだ。

 車椅子に座って泣いている老婆のもとへ行く。

「すいません。ちょっといいですか?」

「……はい?」

 車椅子に座っている老婆はハンカチで涙を拭いた。

「ラルカ・ジャザリーさんですね?」

「……そうですが?どちら様ですか?」

「テルロ・ロレンツと申します。H&Dコーポレーションでソウル・エッグの浄化や孵化などをやっています。ミロナについてお伺いしたい事があるんです」

「……いいですが。ミロナに何かあったんですか?」

「ミロナの前に黒いソウル・エッグが現れたんです」

 ラルカさんにだけ聞こえる声で言った。

「本当なんですか?それは」

 ラルカさんは驚きながら訊ねて来た。

「……はい。本当です」

「分かりました。私が知っている事は全てお教えします」

 ラルカさんは真剣な顔をして、言った。

「ありがとうございます」


 ラルカ・ジャザリーさん宅のリビング。

 俺はソファに座っている。テーブルを挟んで向かい側に車椅子に座っているラルカさんが居る。テーブルの上には紅茶が入ったテーカップとお菓子が置かれている。

 リビングに置かれている食器や家具はアンティークなものばかり。さすがバヌー・ジャザリー譲りのセンスだ。自分ではこんなおしゃれな空間を作るのは無理だ。

 ラルカさんはテーブル上のテーカップを手に取り、紅茶を飲む。そして、テーカップをテーブルの上に置く。

「それで何をお話すればいいですか?」

「そうですね。ミロナの対になる人形の居場所を知っていますか?」

「コクラの事ね。知ってわよ」

「どこですか?」

「そこにあるわ」

 ラルカさんはチェストを指差した。

「そうですか。あるんですね。て、あるんですか?」

「えぇ、見てください」

 俺はラルカさんが指差している方向を見る。チェストの上には革ジャンを羽織った無愛想な表情の男の人形とオルゴールが置かれている。

「あ、あれがそうなんですか?」

「そうよ。そこに置いているコクラが正真正面ミロナの対になる人形よ」

 ……こんなにすぐに見つかるとは。もっと時間がかかると思っていた。でも、なんでここにあるんだ。たしか、おっちゃんの話では大富豪に全て渡したはずでは。

「……なんでここにあるんですか?知人から聞いた話では大富豪に渡したと」

「コクラとそこのオルゴールだけは渡す前に無くなったの。家中探したんだけど見当たらなくて。大富豪の方は仕方が無いと許してくれました。そして、数日前送り主が分からない封筒が届いて。その封筒の中にコクラとオルゴールが入っていたんです」

「……そんな事があるんですね」

 ラルカさんが噓をついているようには見えない。だから、その出来事は事実なんだろう。でも、誰だ。この家の表札にはラルカ・ニアーと書かれていた。と言う事はラルカさんの顔を知っている者。そして、ラルカさんがバヌー・ジャザリーの娘だと知っている者。

「奇跡だと思いました。またコクラとオルゴールに会えるなんて……あ、ちょっと見てほしいものがあるんです」

 ラルカさんは車椅子で移動しようとした。

「あ、俺が取ります。場所を教えてください」

 色々とお願いしている身だ。そんな事までさせるのは申し訳ない。

「あら、そう。ごめんなさいね」

 ラルカさんは動くのを止めた。

「いいえ。無理言ってるのはこちらなので」

「じゃあ、お言葉に甘えるわ。そのチェストの一番上の段の左から二番目の引出しを開けて。そこに二つ折りの紙が入ってあるから」

「分かりました」

 俺はソファから立ち上がり、チェストの前に行く。そして、一番上の段の左から二番目の引出しを開けた。中には二つ折りの白い紙が入っていた。

 俺はその二つ折りの白い紙を手に取り、ラルカさんに見せる。

「これでいいですか?」

「えぇ、それよ。見てみて」

「はい。分かりました」

 俺はラルカさんの言うとおりに二つ折りの紙を開いて見た。紙には「絶対にミロナと会わせてやる。だから、待っててくれ。その人形とオルゴールは大富豪のものじゃない。あんたのもんだ」と書かれていた。

「こ、これって」

「……私はコクラだと思うの。コクラもミロナと同じでソウル・エッグが現れる素材から

出来てるから。それだったら、あの時この人形とオルゴールが無くなった理由が分かるの」

「……理由?」

「えぇ。コクラがソウル・エッグから孵化して、自分の人形とオルゴールを持ち去ったんだと思うの」

「それなら筋が通りますね」

「そうでしょ」

「はい……」

 ……ちょっと待てよ。あの人がコクラなのかもしれない。いや、絶対にそうだ。この人形とあの長身の男が着ていた革ジャンの形が似ている。サイズは全く違うが。

「どうかしましたか?」

「もしかしたら、俺はコクラに会ったかもしれません。いや、会ってます」

「ほ、本当に?それはどこで」

「博物館です。ミロナの事を見つめてたんです。それに会わせてやるって言ってました」

「コクラよ。きっとその人はコクラに違いないわ」

 ラルカさんは嬉しそうだ。ミロナを浄化しないと。この素晴らしい表情を奪ってはいけない。だから、ミロナのソウル・エッグは破壊させない。

「……あの、俺頑張ります。ラルカさんがミロナとコクラに会えるように」

「ありがとう。それが叶うなら私は何だって手を貸すわ」

「じゃあ、一つお願いしていいですか?」

「えぇ、いいわ。言って」

「そこのオルゴールとコクラの人形に触れてもいいですか。記憶を探りたいんです」

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 俺は左手に付けている手袋を外して、オルゴールに触れて、目を閉じる。

 幼いラルカさんが櫛で優しくミロナの髪を梳いているシーン。バヌー・ジャザリーとマリカ・ジャザリーと思われる男性と女性がラルカさんがケーキを囲い楽しそうにしているシーン。ラルカさんがミロナとコクラの人形の手と手を重ねているシーン。他にも色々なシーンが浮かんだ。

 俺は目を開けて、オルゴールから左手を離す。そして、コクラの人形に触れて、目を閉じる。

 幼いラルカさんが櫛で優しくミロナの髪を梳いているシーン。これはオルゴールと同じだ。見ている角度は違うけど。満足げな表情のバヌー・ジャザリーのシーン。幼いラルカさんにミロナの人形と一緒に抱かれているシーン。全てのシーンでオルゴールの音色が聞こえた。

 ゆっくりと目を開けて、ラルカさんを見た。

「どうでした?」

「色々とわかりました」

「それはよかった」

「はい。ミロナの髪を梳いていた櫛って残っていますか?」

「本当に記憶が見えるんですね」

「はい。見えちゃうんです」

「あぁ、櫛でしたね。櫛は大切に保管しています。チェストの一番下の段の右端の引き出しに入っています」

「……一番下の右端ですね」

 一番下の段の右端の引出しを開ける。中には年代もの木製の櫛が入っていた。

 俺はその櫛を手に取り、ラルカさんに見せる。

「これですかね」

「そ、それよ」

「……相談なんですけどいいですか?」

「えぇ、言って」

「この櫛を貸していただけませんか。浄化に必要になるかもしれないので」

「どうぞ」

「ありがとうございます。あと、このオルゴールもお借りしていいですか?」

「いいけど。そのオルゴール音が鳴らないわよ」

「……音が鳴らないんですか?」

「そうなの。試しに鳴るかやってみて」

「……はい」

 俺はオルゴールの蓋を開けた。中のぜんまいが全く動かない。

 困ったな。コクラの人形で浮かんだイメージではオルゴールの音色がずっと流れていた。きっと、その音色はミロナも聞いていたはず。少しでも浄化出来る可能性を上げたいのに。

どうすればいいんだ。

「修理出来たらいいんだけど。だいぶ古いものだから、直せる人がこの街に居るかどうか」

 修理か。アンティークなものに精通していて、尚且つ、腕のいい職人。誰か知り合いに居たか。……ちょっと待て。い、居るぞ。全ての項目に当てはまる人が。

「しゅ、修理できるかもしれない人が居ます」

「この街に居るの?」

「えぇ。オルロ・スクルって人です」

「オルロ・スクル?もしかして、お父さんが時計を作ってあげたオルロくん?」

 ラルカさんは驚きながら訊ねて来た。どうやら、おっちゃんの事を知っているらしい。それもそうか。おっちゃんがラルカさんの事を知っているんだし。

「きっと、そうです。オルロさんの宝物は貴方のお父さんが作った時計ですから」

「……そう。大事にしてくれてるんだ」

 ラルカさんの瞳から涙がこぼれた。この涙は悲しくて泣いたんじゃないと思う。おっちゃんがずっと時計を大切にしてくれていた事に感動して流した嬉し涙のはず。

「オルロさんに修理を頼んでもいいですか」

「えぇ、いいわ。オルロ君なら壊しても何も言わないわ」

「……絶対におっちゃんは壊しませんよ。腕のいい人ですから」

「そう。それじゃ、修理をお願い」

「はい。オルゴールと櫛預かります」

「えぇ。何か手を貸せる事があったら言って。どこでも行くから」

「何かあればお願いします。では失礼します」

 0、1%だった可能性が2%に、いや、7%ぐらいになった気がする。自分が出来る事は全部しないと。それがミロナやコクラやラルカさんの為になるはずだから。

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