第13話

博物館が閉館して、6時間が経った。

 ミロナは展示スペースから地下の何もない部屋に運ばれた。

 俺とアーサーはミロナの前で座って、ソウル・エッグが現れるのを待つ。ランソとシュトラには寝て体力を回復してもらうように頼んだ。

「テルロ殿」

 アーサーが話しかけてきた。

「殿は止めてくれ。テルロでいいよ」

「そうですか。じゃあ、テルロ。お聞きしたいことがあります」

「俺の答えられる事にしてくれよ」

「……ランソ様は私をどう思っているのかを」

「それは1人の男としてか……ソウル・エッグから生まれた人間としてか」

「両方です」

「そっか。ランソは絶対にアーサーの事を好きだと思うよ。あのランソが君の傍から離れようとしないのが証拠だよ。あともう一つの方は周りの事なんて気にすんな。人間は人間なんだから。もし、何か言うやつが居たら俺がしばいてやる」

「……しかし」

「寿命の事か」

 ソウル・エッグから生まれた人間は余程の外傷を受けない限り不老不死だ。

「はい。私はこの姿から老けない。そして、余程の事がない限り死なない。でも、ランソやテルロは老けていつか死ぬ。失う事が分かってるのが辛いんです」

「……そっか」

 難しい質問だ。ここで明るい言葉を言ってもアーサーは傷つくだろう。

「貴方もいつかはシュトラさんと別れる事になる」

「……あぁ、そうだな。でも、ずっと俺は生きる事が出来ると思うよ」

「それはどう言う事ですか」

 俺はアーサーの心臓付近を触った。

「俺やランソが死んでも、アーサーやシュトラがずっと覚えている限り死なない。ずっと、心の中で生きてるんだよ」

「……テルロ」

 アーサーは涙を流した。

「泣くなよ、なぁ」

「……そうですね」

 アーサーは手で涙を拭いた。

「アーサー。未来を考えるよりも今を必死に生きようぜ」

「……はい。ありがとうございます」

 アーサーは納得した顔をしている。どうやら、悩んでいたものを一つ解決したみたいだ。

 ――数時間が経った。ランソとシュトラと交代する時間。

「よし、もうすぐしたら二人が来るな」

「そうですね」

「それにしても、眠いな」

「まぁ、ほぼ徹夜ですからね」

「だな。早くベットで寝たいよ」

 突然、ミロナが光り出した。

「おい、このタイミングかよ」

「私達ついてませんね」

 ミロナから発せられる神々しい光が禍々しい闇に変わっていく。これはもしかして。いや、絶対にそうだ。黒いソウル・エッグが生まれる。

 闇が部屋中を覆う。

 俺は目を閉じた。一番恐れていた事が現実になっていく。

「テルロ殿、もう目を開けて大丈夫です」

 アーサーの声が聞こえる。

 俺はゆっくり目を開ける。そして、目の前を確認する。ミロナの前には黒いソウル・エッグが現れていた。それも今まで見てきた黒いソウル・エッグのどれよりも色が濃い。漆黒のソウル・エッグとでも言えばいいのか。

「……最悪だ」

「どうしますか?」

「浄化方法を調べる」

「了解しました。慎重に」

「……分かってるよ」

 俺は恐る恐る漆黒のソウル・エッグに近づく。いつもと違う。それだけははっきりしている。緊張感が普段とは比べ物にならない。それは俺が恐れているからなのか。それともこの漆黒のソウル・エッグが生み出しているのかは分からない。

 左手に付けている手袋を外して、漆黒のソウル・エッグに触れる。

「あ、熱い」

 炎を素手で触っているように熱い。

 俺は瞬時に手を離した。手は火傷している。あのまま触れていたら身体中に熱が回っていたかもしれない。それに普段なら触れた瞬間から何かイメージが湧く。しかし、この漆黒のソウル・エッグからはイメージが全く浮かばない。完全に拒絶されているみたいだ。今までに無い経験ばかり。どうすればいいか検討が付かない。

「大丈夫ですか?」

 アーサーが心配そうに訊ねてくる。

「大丈夫。でも、手はちょっと冷やさないと」

「そうですか。何か読み取れましたか?」

「全く。何も読み取れなかったよ」

「……困りましたね。どうしますか?」

「まずは母さんに報告だな。頼んでもいいかな」

「はい。今すぐ行ってきます」

「ありがとう」

「テルロは早く手を冷やしに行ってください」

「了解」

 アーサーは階段を登り、上階に急いで向かう。


 手を冷やしながら、展示スペースに戻されたミロナのもとへ行く。

 どうすれば浄化出来るか、ヒントが欲しい。ミロナに触れて調べてみたいが重要文化財だから許されない。

 ミロナの展示スペースに行く。ミロナは何もなかったように展示されている。地下には漆黒のソウル・エッグがあると言うのに。

「……居ない」

 聞き覚えのある男の声。俺は隣を見た。そこには人間の速さではないスピードで去って行ったフードを被った長身の男が居た。

「すいません。居ないってどう言う事ですか?」

「…………」

 フードを被った男は何も言わずに走り出した。

「え、ちょっと」

 男の姿は見えなくなった。

 一体何者なんだ。あの男は?それに「居ない」ってどう言う事だ。……ちょっと待てよ。この前と今でミロナが変化したのはソウル・エッグが現れた事。あの男は一目見ただけでそれを判断出来たって言うのか。

「ここに居たのか。探したよ」

 俺は振り向いた。目の前にはトレイスさんが居た。

「あぁ、すいません」

「別にいいよ。それより話したい事があるからちょっと来てほしい」

「……話したい事?」

「そうだ。だから、僕の部屋に一緒に来てくれ」

「わ、分かりました」

 俺はトレイスさんと一緒に関係者通路の方へ向かう。

 話したい事ってなんだろう。漆黒のソウル・エッグについてだろうか。この前言っていた手錠や鎖の事か。それともお願いしていた事か。

 トレイスさんの部屋の前に着いた。

 トレイスさんはドアを開けた。俺とトレイスさんは部屋の中に入った。

「話ってなんですか?」

「バヌー・ジャザリーとミロナについてだよ」

「何か分かったんですか?」

「あぁ、色々とね」

「それなら早く教えてください」

 トレイスさんは周りを確認してから、ドアを閉めた。

「まずバヌー・ジャザリーについて。バヌー・ジャザリーには一人娘がいるらしい。それもこの街に居るようだ」

「……名前は?」

「ラルカ・ジャザリー」

 その人を探せば、ミロナの浄化出来るヒントを手に入れる事が出来るかもしれない。

「ラルカ・ジャザリーさんですね。分かりました。それでミロナは?」

「ミロナには対の人形が存在する」

「対の人形?どう言う意味ですか?」

「ミロナはロミオとジュリエットを元に作られた人形。二体で一つの作品なんだ」

「それじゃあ、ミロナはジュリエットって事ですか?」

「そう言う事になるね。それに対になる人形はバヌー・ジャザリーの作った作品で唯一見つかっていない作品。言わば幻の作品なんだ」

「……もし、その人形を見つければあのソウル・エッグを浄化出来るかも知れないって事ですよね」

「そうだ。でも、その人形が見つからずに70年も経っている。そんなにすぐに見つかるものでもない」

「でも、可能性はある。俺はその可能性に掛けます」

 0%だった確率が0・1%になった。それだけで充分だ。

「君ならそう言うと思ったよ」

「……トレイスさん」

「僕も何か分かり次第情報を伝えるよ。頼んだよ」

「はい。ありがとうございます。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 俺はドアを開けて、外に出た。

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