第15話

街は茜色に染まっている。もうこんな時間か。全然足りない。でも、そんな事も言ってられない。今、自分のできる事をしないと。

 アンティークショップ・クレイの前に着いた。ドアを開けて、中に入る。

「いらっしゃい」

「どうも」

 俺はおっちゃんが居るレジカウンターの方へ向かう。

「お、テルロか。ラルカちゃんには会えたか?」

「うん。会えたよ」

「それはよかったな。それでどうした?」

「ちょっと修理してもらいたいものがあって」

「修理してもらいたいもの?なんだ」

「これなんだけど」

 俺は袋からオルゴールを取り出して、レジカウンターの上に置く。

「オルゴールか」

「直せるかな?」

「……ちょっと待ってくれ」

 おっちゃんはオルゴールを手に取り、蓋を開けたり閉めたりしている。きっと、どこが壊れているかを調べているのだろう。

「……難しいな」

「無理かな?」

 困ったな。おっちゃんでも直せないのか。おっちゃん以上の腕をもった人はこの街にはいないぞ。

「無理とは言ってないぞ。時間をかければ出来る」

「本当に?どれだけ時間がかかる?」

「……3日かな」

 三日の間にミロナのソウル・エッグは孵化するはず。間に合わない。でも、このオルゴールがないと浄化出来る確率が減る。

「もう少し早くならない。黒いソウル・エッグを浄化するのに必要になるんだ」

「……うーん?無茶すればもっと早く出来ると思う。二日……上手くいけば一日かな」

「本当に?それじゃ、出来るだけ早く頼むよ」

「わかった。じゃあ、このオルゴールは預かるぞ」

「うん。お願い。じゃあ、博物館に戻るよ」

「あぁ。頑張れよ」

「当たり前だよ。じゃあね。頼んだよ」

 おっちゃんは手を振って、答えた。

 俺はドアを開けて、外に出た。そして、博物館に向かう。


 夜空で星が輝いている。街の建物はライトアップされて綺麗だ。

 俺は閉館時間が過ぎた博物館に入る。館内ではH&Dコーポレーションの人達が大勢居る。みんな、慌てている。ミロナの漆黒のソウル・エッグのせいか。それとも違う理由か。

 シュトラの姿が見えた。何が起こっているか確認しないと。

「シュトラ」

 シュトラは立ち止まり、俺の方を見た。そして、近づいて来る。

「テルロ。帰ってこられましたか」

「おう。あのさ、みんな慌てているけど、何かあったのか?もしかして、もうソウル・エッグが孵化したのか?」

「ソウル・エッグはまだ孵化していません。また違う件です」

「……違う件?なんだ、教えてくれ」

「見ていただいた方が分かりやすいと思うので一緒に来てください」

「わ、分かった」

 俺はシュトラにつれられて、関係者通路に入る。

 何があったんだ。事件でもあったのか?分からない。でも、この状況を見ると、ただ事ではない事だけは理解出切る。

 会議室前に着いた。シュトラはドアを開けた。

「どうぞ、中へ」

 俺とシュトラは会議室の中に入った。中にはランソやアーサーやトレイスさん。そして、H&Dコーポレーションの人達とランソの会社の人達も居る。

「アンタ、何処行ってたの?」

 ランソが棘のある声で訊ねて来た。

「ミロナを浄化する為に情報を集めてたんだよ」

「そうなの。でもね。こっちはこっちで色々とあったのよ。だから、イライラしてんの」

 イライラしているのはいつもの事だろう。でも、それを今言うと色々とややこしくなる。だから、言わないでおこう。

「そうなのか。何か悪い」

「テルロ。今起こっている事を説明するので、この予告状を見てください」

 アーサーは冷静に言って、紙を渡して来た。

「……予告状?」

 俺はアーサーから受け取った紙に目をやる。紙には「明日十八時にミロナをちょうだいする。Rより」と書かれている。

「……これって」

「はい。テルロが思っている通りです。そして、Nとはきっとルソー兄弟の事だと思われます」

「あの巷で有名な泥棒兄弟の事か」

 最近この街の近くで見つかった奴らか。でも、なんでミロナを。裏市場で売りさばくつもりか。

「その通りです。理由は分かりませんが」

「そうだよな。わざわざ、こんなリスクの高い人形を盗む必要はないよな」

「自己顕示欲でしょうか」

「分からない。泥棒の考える事なんて」

「……ですよね」

 アーサーは何かを考えているようだ。

「テルロくん。今少しよろしいでしょうか」

 無線からH&Dコーポレーションの連絡員の声が聞こえる。

「はい。大丈夫ですけど」

「ありがとう。ミロナの護衛にムゲンとクイをそちらに向かわせています。来次第、二人に今までの事を説明してください。そして、その後、シュトラとご自宅に戻り休憩してください」

「え、ちょっと待ってください。ミロナのソウル・エッグは今孵化するかもしれないんですよ」

「それは大丈夫だという社長の見立てです。ミロナが出来てから70年以上が経って現れたソウル・エッグです。孵化にも時間がかかります。社長は48時間は大丈夫なはずと」

「……そ、それは」

 たしかにソウル・エッグは現れるまでの年数で孵化にかかる時間も変わる。それに母さんが言っているならその孵化にかかる時間はほぼ100%合っている。

「それにテルロくんは昨日からちゃんとした休憩を取っていませんよね。もしもの時に動けなかったら意味がありません。ですから、しっかりと休憩をとってください。分かりましたね」

「……はい。分かりました」

 従うしかない。たしかに身体が悲鳴を上げていることは事実だ。戦いになれば戦力外は間違いない。

「私も社長も貴方を信頼していますから。では、ムゲンとクイをお願いします」

「は、はい」

 無線が切れた。

「どうされましたか?」

「ムゲンとクイが来る」

「彼らが来るんですか。それは心強い」

 アーサーは嬉しそうに言った。

 ムゲンとクイはH&Dコーポレーションが誇る戦士の二人。ムゲンは西の地域に存在する侍が纏う鎧の前に現れた虹色のソウル・エッグから生まれた武者。クイは東の地域の騎士が纏う甲冑の前に現れた虹色のソウル・エッグから生まれた騎士。二人とも俺が孵化に携わったから他の人より指示を聞いてくれる。

「それとシュトラと一緒に家に帰って休めと」

「……そうですか。それは正しい判断だと思います。テルロは昨日からろくに寝てませんからね」

「そうだな。母さんの指示に従うよ」

 自分の体を休めるのもミロナの浄化の可能性を高める為に必要な事だ。今、自分の出来る事を全うしないと。

 ドアをノックする音が聞こえる。

「はい。どうぞ」

 俺はノックした人に向かって言う。

「失礼します」

 H&Dコーポレーションの社員がドアを開けて、中に入って来た。

「ムゲンとクイが来られました。テルロさん。ミロナの展示スペースに来てください」

「分かりました。シュトラも一緒に来てくれ」

「承知しました」

 俺とシュトラと社員は会議室を出て、ミロナの展示スペースに走って向かう。

 思った以上に足が動かない。そのせいで、シュトラと社員との距離がどんどん離れていく。それに普段はこのペースで走っても息なんて切れない。だけど、今は息がかなり荒れている。

「だ、大丈夫ですか?」

 シュトラが振り向いて、訊ねてくる。

「大丈夫だ。さっきに行ってくれ」

「了解です。無理しないでくださいね」

「あぁ、分かっている」

 シュトラと社員はそのままのペースでミロナの展示スペースに向かう。


 ミロナの展示スペースに着いた。

 肩で息をしないといけないほどにしんどい。あー情けない。情けなさすぎる。

「大丈夫でありますか」

 鎧を身に纏ったムゲンが心配そうに訊ねて来た。前見た時より、全体的にごつくなっている気がする。

「肩を貸しましょう」

 ムゲンと争うように甲冑を身に纏ったクイが俺のもとへ駆け寄ってくる。いつ見てもイケメンだな。それに立ち振る舞いがいちいち美しい。美意識の塊だな。

「いや、私が」

 シュトラも俺の方へ向かって来る。

「さ、三人ともいいよ。大丈夫だから」

 俺は三人を手で制止する。今、この三人のテンションに答える力はない。

「しかし、見るからにボロボロですから」

「ムゲンと同意見です」

「ハグしましょうか」

 三人とも気を察してくれ。いい奴らなんだけど、たまに疲れる。

 社員は、咳払いをして、

「三人とも止めなさい。テルロ君が疲れている」と言った。

 ありがとうございます。よかった。ここに体調を普通に気遣ってくれる人が居て。

「そうですか。承知しました」

「了解です」

「……ハグ出来なかった」

 三人とも反省しているようだ。シュトラだけベクトルが違う気はするが。ツッコまないでおこう。疲れるだけだし。

「それじゃ、テルロ君。ムゲンとクイに今までの事を説明してください」

「分かりました。それじゃ、説明するから二人とも聞いてくれ」

 ムゲンとクイは頷いた。

 俺は予告状やミロナやミロナの漆黒のソウル・エッグについて説明を始めた。

 

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