08
「東、急にごめんね」
「気にするな、それで書いていたように学人とのことだろ?」
「うん、そろそろ本格的に……うん」
「はは、そうか、やっとか」
うん、東は昔からずっとこのままだった。
ふらふらしている私達と違ってがちっとしていてずっとそこにいてくれる感じ。
「んー俺のところにも相談を持ち掛けてきたりしていたけどあの学人が変われるかどうかが心配なんだよな」
「それは大丈夫だよ、もうちょっと前とは違うみたい」
「なるほど、じゃあるのが受け入れられるかどうかか」
個人的には余裕どころかこちらから求めていたぐらいだから馬鹿なことをしていただけでしかない。
「差を作ってごめん」
「そんなの仕方がないだろ、俺だって――」
「学人に優しかったよね」
あれは誰がどう見たってそういう感想になるから勝手な妄想とはならない。
まあ、こうなっても魅力があるのかどうかわからない私よりもわかりやすく魅力がある学人では差ができることは当然だ。
「違う、流石にるのと学人のときでは態度が違ったからな」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
うーん、やっぱりないな。
「話してくれてありがとな、だけどこれ以上はあれだから学人のところにいってやれ」
「わかった」
「関係が変わった後にまた付き合ってくれや」
「はは、任せて」
とはいえ、今日は別に約束をしているわけではないから出てくるのかどうか。
インターホンを鳴らしてみても前回と違って速攻で出てくるということもなかった、鍵なんかはないから待っておくしかないけどこのままだと延々平行線だ。
「メッセージを送ってみても反応はなし――いやこれは」
どうやら私の家の方にいるらしい。
それなりに早く帰ってきた母が彼の対応をしてくれているみたいだけど最近の母ならちゃっかりチェックなんかもしていそうだった。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
お? リビングには母一人だ。
それでもたまにはふざけるときもあってただ隠しているだけかもしれないから一人で探してみても一階にはどこにもいなかった。
「まさか部屋?」
「いえ、さっきまでいたのにるのが帰ってくるとわかった途端に出ていってしまったのよ」
「はあ!? なにをやっているんだ!」
だからさ、切り替えたときにそういう態度でいるから私も変わってしまうのに全く生かせていないではないか!
「だってもうあなたは切り替えた状態でしょう? その状態で私がいるところで会うのは恥ずかしかったのよ」
「もう東にだってはっきり言ってきたのに」
「ふふ、二人きりのときに全部ぶつけてあげなさい」
全部ぶつけると言われても切り替えた話をするだけで終わってしまうけど。
「でも、二人に任せたままだとまた同じようなことを繰り返すだけになってしまうかもしれないから私も付いて――」
「そ、その必要はありませんよっ」
「あら、まだ家の中にいたの?」
「は、はい、お腹が痛くなってトイレにこもっていました」
しまった、トイレを確認し忘れていたか、お風呂場までチェックをしたのにどうしてやらなかったのか。
「ふぅ、るのもおかえり」
「うん、東にちゃんと言ってきたよ」
なんだ普通だ。
ま、本人を抱きしめておきながら今更こんな程度で慌てたりするわけがないか。
「そっか、それで……どうだった?」
「やっとか、だって」
「でも、僕はずっと好きだったけどるのに変化が起きたのは最近のことだからね」
そういえば話を聞いてもらっていたとか言っていたな、それなのに最近まで全く出さずにいたのは……なんでなのか。
確かに私は自分がその気にならないとスイッチが入らなくて本人に返っていくだけだけど出していかなければなにかが始まったりはしないのに。
「学人、私にも原因があるけど一切出してこなかったのはなんで?」
「僕は結構アピールしてきたつもりだけどね」
「そうよ、私がいるところでだって学人君はどんどん出していっていたわよ? でも、あなたに響くことはなかったけどね」
鈍感というわけでもないのにどうしてこうなったのか、それとも指摘されていないだけで実際のところはそうだったのだろうか?
「ぐはっ、な、中々はっきり言いますね」
「事実だから、なにも起きなかったのになにか起きていたように言われるよりはいいでしょう?」
「そ、そうですね。実際、本人はこんな感じですからね」
すまぬ、だけどいまからは違うから安心してほしい。
というか、いまから同じように鈍感のままでいる方が難しいと答えるのが正しいか。
もうお互いに気持ちを知られている状態だからあと一歩踏み込むだけでいいのだ。
「でも、もう大丈夫そうね」
「そもそも僕が同じような結果にはさせませんから」
「あら、ふふ、学人君も成長したのね」
「一応頑張っていますからね、ただこれは相手がるのだからですよ」
過去にこんな熱量は感じられなかったから私が気が付けなかったのも無理はない。
まあ、頑張らせてばかりなのも違うからこちらからも何回かは動こうと決めた。
「冷たいね」
「そりゃそうだろうね、半身だけでも川の中に入っていたら誰だってその感想になると思う」
あ、だけどなんでそんなことを? とでも聞きげな顔をしているから冷やしたかったんだよと答えておいた。
「そろそろ出るよ」
「家まで運ぶよ」
「濡れちゃうからいいよ」
家に帰ってささっとシャワーを浴びることができればそれで十分だ。
で、実際に実行してほふうと息を吐いていると「また僕のせいじゃないよね?」と聞いてきたから首を振る。
「完全に切り替えるために必要だったの、だけどその前にご飯を作らせてね」
「それは手伝うよ」
「じゃあ一緒にやろう」
ご飯を作っている間は特に会話もなかった。
だからといって気まずいなんてこともなかったから両親の分だけ作って学人の家に移動した。
「今日はこっちで食べようと思ってね、食材は我慢してもらうしかないけどね」
「ならご飯を食べにいかない?」
「焼肉でもいいならいく」
また同じようなことをするよりは遥かにいい。
お金はちまちま使っているけど少し大きく使っても問題ないだけの量があるからその点も大丈夫。
「け、結構ガッツリいくんだね」
「うん、それでまたお風呂に入った後に学人とやりたいことがあるからその前の補給みたいな感じかな」
「や、やりたいこと……」
「ま、すぐに寝るとかじゃないから期待してくれていいよ」
ただ抱きしめたくなっただけだ。
でも、これを先に出してしまったのは失敗だった。
彼が落ち着かなさそうだったとかではなく、私の方がそうしたくて仕方がない状態になってしまったのだ。
だけどこの状態でお店にいくともったいない結果になるからその前に暗いところまで連れていって抱きしめた。
これをできたことによるドキドキと、ただ暗闇が怖くてのドキドキが混じっていた。
「ふぃー満足満足ー」
「美味しかったね」
自分が満たされるためだけに抱きしめたわけだから彼が普通でも全く気にならない。
「あーえっと、さっきので夜にやろうとしていたことは終わってしまったんだよ」
「はは、そうだと思った」
ここでもあくまで余裕な感じ、無理やり装っているだけかな?
「だけどるのの中にもそういう気持ちがあるんだね」
「は?」
そういう気持ちもないのに簡単に抱きしめるような人間ではないぞ。
これだけ一緒に過ごしてきたのに全くわかってもらえていないのであればそれはただただ寂しい。
自分を安心させたいからだとしても同じようにはしないと言っていた彼が口にしてはいけないことのはずだった。
「な、なんでそこでそんなに冷たい顔をするの?」
「はぁ、だからそういうのが私を冷めさせるきっかけなんだからね? 今回は大丈夫だけどさ」
「それはごめん、だけど嬉しいんだよ」
「だったらそれだけ言えばいいんだよ、そうすれば私だってまた抱きしめたくなるかもしれないしね」
とりあえずはこの焼肉臭をなんとかしてからか。
着替えなんかも一人で取ってきて今日も彼の家で入らせてもらうことにした。
離れると上がってきたものがまた下がってしまうから仕方がない。
「まだかなー」
出てきたら……色々とやるつもりだったのにお風呂に入って落ち着いてしまった。
またこのパターンかと自分にうわあとなっている間に「ただいま」と学人が戻ってきてくれた。
前と違ったのは本人を目の前にしたらぐんぐんと気持ちが戻ってきたこと、なんかこれだと私が学人にガチ恋しているみたいで少しアレだ。
「ささ、ここに座って座って」
「うん」
「私が肩を揉んであげるからね」
少ししてから抑えきれなくなったから後ろからがばっといっておいた。
「るのは昔からそうだけど温かいね」
「生きているからね」
基本的に七度近くの体温になっているから他の人からすればそうなるかも。
だから八度ぐらいまで熱が出てくれないと休みづらかったりする――のは私個人がそう考えているだけで母は異常に心配をしてくるからそんな状態にならないことが一番だった。
「小さい頃、不安になっているときにこうしてるのが優しくしてくれてから気になり始めたんだ」
「へえ、罪作りな女だね私は」
待った、別に小さい頃だから関係ないとか言ってくっつきまくっていたわけではないぞ。
前も言ったように一緒にお風呂に入ったりしたこともあったけどそれは後が詰まるからでなにかがあったわけではない。
「不思議なのはもっとお世話になっていた東がるののことを気にしていなかったことだよね」
「毬ちゃんが魅力的すぎたのかもしれないね――そういえば毬ちゃんと言えば昔、一度だけ学人に襲い掛かったことがあったよね」
「ああ、体調が悪くて倒れそうになったところをなんとか受け止められてよかったよ」
ちなみにそのあとは学人や東が、ではなく私が家及び部屋まで運んだ。
あそこで彼が頑張っていたらもしかしたら毬ルートもあったかもしれないと考えると……。
「なんてもったいないことをしたんだ君は」
「細かく聞かなくてもわかるよ、毬ちゃんとなにかが起きる前にるのを好きになっちゃっていたから無理だよ」
「いやいま気になり始めたって言っていたじゃん、私達と毬ちゃんは二学年しか変わらないんだから可能性は――」
「ないよ」
ないわあ……。
そのせいで内はともかく応援する側に回ってしまっているし、私と関わってくれている人達はみんなもったいないことばかりしている。
「ごろーん、ついでに電気も消しー」
「暗いよるの――危ないって」
「もう休もう、お風呂に入ったんだからそのまま寝たって無問題さ」
とはいえ、歯は磨いていないから本当にそのまま寝るわけにはいかないなあ。
あとは布団なんかがないからこのまま寝転んでいたら風邪を引いてしまう、看病イベントなんかが起きそうな感じもするけど両方弱ってしまったら意味がないから駄目だ。
「「あ、これも懐かしい」」
小さい頃はいま以上に暗闇が怖くて部屋ですら涙目になっていたぐらいだった。
いまは……いや、やっぱり苦手だ、どこかから誰かに見られている気分になる。
それでもいまも学人と繋がっているから泣きたくなったりはしないけど。
「暗いのが苦手なくせにいつの間にか甘えてくれなくなったよね」
「それは私が隠せているつもりなのもあったし、学人が逆の感じになっちゃったからだよ」
東もそれに合わせて変わっていった。
なのに私はずっとそのまま、全く成長できていないとは言うつもりはないけどいつでもわかりやすく壁が存在していた。
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