06

「うぅ……」

「今日は朝からずっとその調子だね」


 もう年が変わるというところまできているけど初詣になんかいっている場合ではない。

 まあ、まだ家からすら出ていないのだからこのまま解決しないならお互いに寝るだけだ。


「なんかちょっともやっとしたんだよ」

「誰に?」

「毬ちゃんに自由にやらせる学人に」


 嫉妬……とかではないはずなんだよなあ、だけどもやもやするのは本当のことだ。

 こうして本人が朝からいてくれても上手くいっていないからなにでそうなっているのかがわからないままでは持ち越すことになってしまう。


「ああ……あれは結局毬ちゃんの前ではなにもなかったんだ、だからつまり僕が……自分の意思で着ただけで」

「やっぱりそういう趣味があったの?」

「だってどうしてもって言うから、それをしないとるのところにいっちゃ駄目って言ってきたんだよ」


 やっぱり毬ちゃんの中にはそういうのがあるのか。

 あの子からしたら私は学人を常に独占しているようなものだしなあ。

 いまでも仲良くできていることが不思議かもしれない、仲良くできていると考えているのは私だけかもしれないけど。


「それに毬ちゃんのときよりもるのに色々と見られて恥ずかしかったんだけど」

「でも、下着はそのままだったからセーフ」

「そ、そうかなあ、幼馴染でも簡単に半裸姿を見せたりはしないと思うけど」

「ん? 私達は小さい頃に一緒にお風呂に入っていたじゃん」


 全然言うことを聞かないからとまとめて突っ込まれて結構窮屈だった。

 しかもあの頃の私は――まあ学人のためにもこれ以上思い出そうとするのはやめておこう。


「小さい頃とは違うよ」

「え、全然成長できていないのに」

「そう思っているのは本人のるのだけなんじゃないかな」

「だってこれだよ?」

「……ほ、細いのはいいことだよね」


 うん、それは私もそう思う。

 普通に食べたうえに運動なんてしなくても太らないなんて体質ではないから一応気を付けているところだった。

 というか、胸もないのにお腹だけ出ていたら恥ずかしいからそこだけは絶対に守らなければならないのだ。


「……東にもそういうことをしているの?」

「ううん、東とは凄く健全な時間を過ごせているよ、この前なんて肩を揉んであげたら嬉しそうな顔をしていたぐらい。私の方もやってくれたんだけど凄く優しくしてくれて逆にぞわっとしたぐらいだね」

「そういうところは昔のままなのかもね」


 なにかと気にしているのは彼も同じだ。


「一応聞いておくけどさ、そういう感情があるとかじゃないんだよね?」

「だ、誰に?」

「だから学人が東に」

「はぁ、ないよ、東だって僕のことを結構気にしてくれているけど向こうもないよ」

「別に素直になればいいと思うけどね、仮にあったとしても気持ち悪く感じたりなんかしないし」


 男の子にも魅力で負けているなんて! などと考えていた私だけどなにも知らない女の子に取られてしまうぐらいならその方が精神的にいい気がしたのだ。

 でも、彼はこちらの頭に手を置いてから「ないよ」と言うだけだった。

 違うところを見ているわけでもないし、あまりにも真剣な顔だったから茶化すことすらできない雰囲気だ。


「それよりもう変わるよ」

「学人がいきたいならいまからでも付き合うよ?」

「いいよ、外は寒いからここで十分だよ」


 なら……いいか。

 いったりいかなかったりとこのときに関しては一貫していなかったからこれでもいい。


「そういえば当たり前のように泊まっているよね」

「るのがね」

「はっ、学人君に連れ込まれちゃった」

「僕から頼んで来てもらったわけだから間違ってはいないよね」


 うーん……いちいち慌てたりしないでほしいのも事実だけど冷静に返されてもそれはそれでという複雑な心が邪魔をする。

 私は彼にどういう風にいてほしいのか。


「よし、ちょっと抱きしめるね」

「え、ちょ――」


 くっついてから数十秒が経過しても慌ててくれなかったから離してみたら石みたいに固まってしまっていた。

 この状態で放置するような悪い人間でもないからゆさゆさ揺さぶっていると「はっ、やっと戻ってこられた」と状態異常も治ったみたいだった。


「もう、るのが変なことをしてくるからもう変わっちゃったんだけど」


 へ、変なこと……だと?

 むかついたからもう一度やってやろうか! と興奮していたところに「まあ、今年もよろしくね」とぶつけられて収まった――りはしなかった。


「どうすれば振り向いてくれるんだ!」

「しーもう夜中なんだから怒られちゃうよ」

「東かっ? 東を呼べばいいのかあ!?」

「そ、そうだね、落ち着いてもらうためにも東がいてくれた方がいいね」

「それなら呼ぶからなあ!」


 ふぅ、始まったばかりであれだけど叫んだことで落ち着けた。

 あと、二十六日からは東と、クリスマスから毬ちゃんと会えていないから連れてくることにする。

 今日は暗闇も怖くなんかなかった、付いていくと言われても言うことを聞かずに二人を連れてきた。


「うぅ……るのちゃん眠たいよ」

「ごめんよ、だけどそれも全部学人が悪いんだ」

「ふぁ……よくわからないけど学人君に女装させて遊んでもいい?」

「うん、今日は私が無理やり連れてきたんだから自由にしていいよ」


 連れてきたからには少しでも得することもなければならない。

 本当なら私自身がなにかしなければいけないところだけど求めてもいないのに出しゃばっても迷惑でしかない、だから学人には犠牲になってもらうしかない。

 そもそもの話として、一応女のつもりの私が勇気を出して――本当のところは慌ててほしかっただけだとしても抱きしめたのに変なこと扱いした学人がやっぱり悪いのだ。


「ちょ」

「やったー」


 どんなことでもいい、ちゃんと朝までいてくれればそれでいい。


「東も急にごめんね?」

「それはいいけどよく一人で来られたな」


 東の方は一階のリビングでテレビを見ていたところだったから連れていきやすかった、おねむな毬ちゃんをここまで運んできてくれたのも彼だ。


「流石に我慢ができなくてね」

「学人がヘタレってことか」

「ヘタレなんじゃなくて女として見られないんだよ」


 もう痛い存在にしかならないからこういうことはやめるよ。

 東のときみたいに健全に過ごしていけばいい、本命が現れたら応援させてもらおう。


「まあ、いま女になろうとしているところだからな」

「はは、同性をそういう目で見られる子ばかりじゃないよね」

「そうだ――あと勘違いをされないためにまた言っておくけど学人に変な感情とかないからな」

「疑っていないよ」

「はは、どうだか、だな」


 目が笑っていないとかでもなく気持ちのいい笑みだった。


「でーきた」

「おお、この前より可愛いんじゃないか?」

「もういいよ、僕は女の子として生きるんだ」


 女として見られないなら学人に女の子として生きてもらえる方がいいかもしれない、なんてね。

 流石に今回は強気にも出られないから縮まっておくことにした。


「ま、そんなことよりも毬はもう寝た方がいいぞ」

「え、みんながいるなら起きておくよ」

「それならなにか作ろうぜ」

「任せてっ、可愛い女の子二人が美味しい料理を作ってあげる!」


 ということで可愛い毬ちゃんとおまけの調理タイムとなった。

 とはいえ、がっつりいくのは後に響くから軽い物ばかりだ。


「なんか悪いことをしている気分になってくるな、これが学人の食材だと思うと尚更」

「気にしなくていいよ、一年に一回ぐらいは自分に甘い日があってもいいんだよ」


 甘い日があってもいいねえ。

 そうやって繰り返してきた結果がいまのこれではないだろうか。

 ただ学人が優しいだけなのに距離感を見誤って自分勝手にアピールをしようとした私に突き刺さる。


「え、俺なんかずっと自分に甘いんだけど」

「ぼ、僕だって同じだから大丈夫、細かいことは気にしないようにしよう」


 暗い感じに染められそうになっても切り替えていい方に考えたりはできなかった。

 でも、ちゃんと自分の決めたことぐらいは守る、これからは簡単に触れたりなんかはしない。

 そのことを守るのは別に大変そうではないから完全にダークな感じになったりはしなかった。




「るの起きて」

「……いま何時?」

「五時かな、七時ぐらいに太陽を見られるようにいまから出ようよ」

「んー……じゃあ東と毬ちゃんも起こして――なんで止めるの?」


 真隣に二人が寝ているというのに彼は止めてきている。

 どうせ止めたところでいく直前になったら物音なんかで気づかれそうなものだけど「二人きりがいいんだ」と彼はあくまで連れていくつもりはないようだ。


「そもそも学人が言っていたように七時ぐらいにならないと見られないのになんでこんな時間に?」

「そんなの二人が起きてしまったらるのが誘ってしまうからだよ」

「他に誰かがいてくれる私の家とかじゃないのにあの二人が困るじゃん」

「そのために合鍵を置いてきたよ、東達になら安心して任せられるからね」


 いや、そこまでする価値が私にはないでしょ……。

 もうわかってしまったところだから学人! とはなれない。


「なんかごめんね」

「ん?」

「いや、まあ初日の出を見る年もあっていいだろうからちゃんと付き合うよ」


 一応言っておくと毎年決まって四人でこうして出ていたわけではないからこれも考えすぎないでいいのではないだろうか。

 誘っていたら「いくよ」と言っていただろうけど毬ちゃんなんかは「寒いから待っておくよ」と躱してきたこともあったから勝手な妄想とはならない。


「あのー……どこまでいくつもりなんですか?」


 それでもね、ずっと相方が歩いていたら気になるものだ。

 我慢ができなくて聞いてみると「海だよ」と教えてくれて初日からひえっとなった。

 何故なら三十分はかかるからだ、で、私達が出てきたのは五時だから……。


「一時間半近く待たなければいけないの?」

「そ、そこは我慢をしてもらうしかないかな」


 北海道の冬がどんなものかは体験したことはないものの、そういうところならまともに対策もしていない現在の状態では死んでいるのではないだろうか。


「ま、まーいいか、私も付き合うって言ったからね」

「うん、お願い」


 どうせいつも相方と話してしかいないのだから一時間半ぐらいなんとかなるなる。

 寒くて鼻水を垂らしてしまったとしてもそういうところだって見せてきた相方しかいないのだから気にしなくていい。


「昨日、じゃなくて今日のことだけど東を呼ぶべきじゃなかったって後悔しているんだ」

「そういうのは聞きたくないかな」


 私に対してはなんでもはっきり言っていいけどここにはいない誰かに対しての不満なら聞きたくない。


「だってせっかくるのが勇気を出してくれたのにあんな対応をしちゃったからさ」

「いいよいいよ、これからはちゃんと気を付けるから大丈夫だよ」


 物理的に痛い私の時代は終わった、これからは陽キャラの時代だ。


「それじゃあ嫌なんだ」

「ぉおお!?」


 これはあれか、諦めようとすると相手が頑張ろうとしてしまうやつか。

 でも、もう変わってしまっているから抱きしめられても困ってしまう。

 あのときにやり返してくれていたらわかりやすく影響を受けていたけど……。


「るのにだけ頑張らせたりしないよ」

「そう」

「うん――あれ……? なんか物凄く無表情じゃない?」

「うんまあ、温かくてよかったけどね」


 わかりやすく今回も自分勝手な女で申し訳ない。

 ただ一日も経過していない内に変えたりはできないのだ。


「よ、夜中はあんなにハイテンションだったのにあのときのるのはどこにいっちゃったの……?」


 その私もこの中にいるから安心してくれてよかった。

 彼が一人でぶつぶつ吐いている間に太陽が見えやすいところに着いて見やすそうな場所に座った。

 突っ立ったままの彼も座らせてそのまま波の音なんかに意識を向けていたら割とすぐにその時間がやってきた形になる。


「いつもと同じなんだけど普通に迫力が感じられていいよね」

「ふぅ、そうだね」

「なんかまだ帰りたい気分にならないから帰りたかったら学人は帰っていいからね」


 肌が冷えすぎて麻痺しているのもあった。

 あとは本番がきてしまえば気にならなくなるところも影響していた。

 特に意識を向けたりはしないでまた目の前の海と波の音に集中していると「一時間ぐらいは追加でいたくなるよね」と、どうやらまだ帰るつもりはないようだ。


「さっき東からメッセージが送られてきたんだけど朝ご飯を作っておくから早めに帰ってきてくれだって」

「そうやって言われていたのに帰ってあげないなんて意地悪な子だね」

「るのがいないと嫌だよ」

「学人の家の話なのに?」

「うん、それでもだよ」


 これもそういう作戦に見えるけど実際のところはそうではなさそうだ。

 彼のことだから心の底から言っていそう、だから私にそんな価値はないのに。

 それでもだ、あの二人を連れてきたのは私だからこれ以上は駄目になりそうだった。


「じゃあ東と毬ちゃんに悪いから帰ろうか」

「東達のところにいきたいから言ったわけじゃないことはわかってほしい」

「うん」


 ご飯の方はお雑煮とかお正月らしい物ではなかったけどあくまでいつも通りで安心することができた。

 あと学人の家に帰ってから滅茶苦茶冷えていたことがよくわかったから体的にもよかったと思う。

 

「はい、これを掛けて」

「だったら同じ時間外にいた学人も掛けないとね」


 はっきりする前までなら自分と彼に掛けてにやにやしているところだけどそれもできないから彼にだけ掛けておいた。

 私は長くここにいたのもあって母の顔が見たくなったから洗い物なんかはやらせてもらってから家をあとにした。

 だって仕方がない、あれ以上いたところで邪魔にしかならないから離れるしかない。


「――ということがあったんだ」

「学人君に対しての気持ちがあるのならはっきりしてくれたときにちゃんと受け入れてあげればよかったじゃない」

「駄目だよ」

「それでそんな不満そうな顔なの?」

「これはリビングが寒いからです、なんでエアコンを使わないの?」


 あ、違うところを向いた。

 まあ、私は母と違って言えないこととかないからこれからも吐いていくだけだった。

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