04

「るの、そろそろ返してほしいんだけど」

「なにを?」

「はぁ、とぼけるのはよくないよ。いいから早く」


 だからなにをって、


「聞いているだろがー!」


 が、どうやら夢を見ていたようで曖昧なことしか言わない学人はいなかった。

 その代わりに「ぐはあ!?」と東が叫んでいるみたいだけど……何故?


「や、やってくれるな?」

「あ、吹っ飛ばしちゃったみたい? 意図してやったわけじゃないけどなんかごめんね?」

「ま、まあ、俺も寝ているところに近づいたのが悪いから許すよ」


 それだと誰も寝ている人を起こせないことになるから謝らなくていいよと言っておいた。


「それで? 学人大好き君がどうして単体でここにいるの?」

「そんなのるのといたいからだ、あと付いてきてほしいところがあるんだよな」

「いいよ、いこう」


 お店ならゲームセンターとか、そういうところに用がないのならグラウンドとかそういうところに連れていくはずだ。

 何回も言っているように学人大好き君が誘っていないことに驚くけどまあ二人きりでも全く問題はないから付いていくだけだ。


「ここだ」

「うん、女の子達が好むお店だね」

「毬になにか買ってやりたくてな、誕生日というわけじゃないからあんまり気持ちを込めすぎてもあれだけど世話になっているからなにかをさ」

「わかった、センスはないけど手伝うよ」


 意味のない話ではあるものの、私だったら日常でよく使う物を貰えたら嬉しかった。

 というか、あまりに高すぎたりしなければ自分のことを考えて買ってくれたというだけで嬉しいというやつだ。


「な、なあ、自分で来ておいてあれだけど悪目立ちしていないよな?」

「していないでしょ――あ、ほら、あそこにも男の人がいるでしょ?」

「でも、あの人達はカップルだろ?」

「それなら私達だってそういう風に見えているんじゃないの?」

「俺とるのがカップルか、なんか学人に申し訳ないな。出しゃばると大抵はいいことがないから早く済ませよう」


 うん、考えて行動できるのはいいけどなんか単純に私に魅力がないみたいで嫌だな。

 でも、彼の言う通り私のことなんかどうでもいいわけだからこちらも一生懸命に探して毬ちゃんに似合いそうな物を見つけた、ついでに買った。


「別にるのは買う必要なかっただろ、いつも世話をしてやっている側だろ?」

「いや、女の子の友達がいるというのは大きいよ、だからお礼がしたかったんだ」

「じゃあ毬の部活が終わるまで俺の家でいいか?」

「いいよ」


 なんか私が学人だけを贔屓しているように見えたからご飯を作ろうとしたら止められて心が泣いた。

 やはり幼馴染の女よりも幼馴染の男なのかと内側を酷くしていると「勘違いしないでくれよ」と言われて顔を上げる。


「そういうのはるのが俺だと決めていたらよかったんだ」

「じゃあいつも学人にやっている私はなんなの?」

「ん? それはただの優しさだろ」

「これもそうだとはならないんですか」

「俺の場合ならならないな」


 はぁ、ごちゃごちゃ考えるだけ損ということか。


「ただいまー!」

「あれ、今日は早いな」

「冬だからねっ――お、るのちゃんもいる!」


 元気がいっぱいだあ。

 挨拶をして無防備に近づいてきた毬ちゃんの頭を撫でていると「毬、これを受け取ってくれ」と彼はすぐに渡していた。

 実は最初のあれ以外にも結構気にして色々と言っていたのに本人に渡すのは緊張しないみたいだ。


「え゛、お兄ちゃんがなにか買ってくれるなんて明日は雨が降るかも」

「ベタな反応をありがとう。そういう反応をされると思ったけどいつも世話になっているから礼がしたかったんだ」

「る、るのちゃんこの人はどうしたの? あ、学人さんと喧嘩しちゃったとか?」


 年頃だから実際は喜んでいても違う反応をしてしまうときはある。

 私でもそういうことはある、だけど対象と別れた後に喜んでいると少し恥ずかしくなることも確かだ。


「ううん、いま言った通りだよ、あと私からもね」

「わーっ、今日はやばいね!」


 さて、それならこれ以上いても邪魔になるだけだから帰るとするか。

 一応は空気も読めるように設計されている、ここで残るようなら私ではない。


「ねえ毬ちゃん? こうして一緒に出てきてしまったら私が空気を読んで離れようとした意味がないのでね?」

「え、今日のお兄ちゃんは怖いから嫌だよ、るのちゃんが言い出してお兄ちゃんが渋々買ったとかならよかったけどそうじゃないんでしょ? なにがあったんだろう、お腹でも痛いのかな……?」


 なんか少し可哀想になってきた、ただ真っすぐにお礼がしたくなっただけなのにここまで言われる東って……となった。


「それにお兄ちゃんは変な拘りでるのちゃんにご飯を作ってもらおうとしないからね、そのせいで学人さんだけるのちゃん作のご飯を食べられてずるいから付いていくんだよ」

「大したことはないからね?」

「それは作る人が全員言うことだから食べさせてもらってから判断させてもらうことにするよ」


 まあ、実際は不味くても不味いっ、みたいに言える人はいないか。

 そういう点ではあまり不安にならなくていい――と考えようとしてもどうしても不安な状態からは抜け出すことができなかった。




「妹目線ではそうなんです」

「お、おう、つまり俺が大きくて見るのが大変ってことだろ?」

「そう、多分るのちゃんもそう感じているはずだよ」


 二十センチとか離れているわけではないからそこまで疲れたりはしないのが現実だ。

 だからあれだ、こういう年頃のときはなんでも大袈裟に言いたくなるときがあるのだ。

 お兄ちゃんがすぐに大袈裟な反応をしたくなるように妹の毬ちゃんにもしっかり引き継がれているというだけの話だった。

 それとこうして連日上がらせてもらっているのは学人の付き合いが悪いからなのと、大袈裟毬ちゃんに頼まれたからだ。


「大体ね、るのちゃんと十二センチ以上離れてどうするの、ちゅーとかしづらいでしょうが」


 そんな心配はしなくて大丈夫だ、何故ならあなたのお兄ちゃんは私のことを全く女として見られないみたいだからね。

 まあでも仕方がない、魅力的な女などと初惚れるわけにもいかないからこういう現実も受け入れていかなければならない。

 そもそも最初は、というか最近もそうだけどやっぱり学人とそのおまけだからね……。

 男の子にすら魅力で負けている残念な女だった。


「いやそこは学人とるのの身長差だけ気にしておけばいい、二人の身長差なら丁度いいぐらいだ」

「学人さんは……」

「毬ちゃんが欲しいの?」

「いえ、そうではなくてどうしてもるのちゃん相手に頑張ろうとする学人さんが想像できないんです」


 すぐに否定されてしまったことよりも敬語であることが気になった。


「「なんで今更敬語?」」

「後輩系キャラを演じているからです、実際に後輩ですけどね」


 私達はずっと一緒にいるから敬語なんか使わないでよと言ってみたら「それならやめるよ」とちゃんと聞いてくれる女の子だ。


「それでだ、本当に俺達の身長差を気にしていたわけじゃないんだろ? 気になる異性と自分を比べて気になっちゃったんだろ」

「え、そんなのないけど、私なんて学校では女の子とばかりいるけど」


 ほ、やっぱり私だけがいればいいとか言っていた毬ちゃんはいなかったのだ。

 安心した、いやだって悪影響しか与えない年上とか害でしかないじゃん?


「もったいないな、まあ『るのちゃんだけがいればいい!』とか言っていた時代と比べればマシになっているのかもしれないけどさ」

「いまでもそれはあんまり変わらないけどね」

「いやいや、もったいないからちゃんと同級生とか後輩と仲良くしようね」

「るのちゃんがいつまでもいてくれるならいいよ」

「私ならいるから、私がずっと暇人だって毬ちゃんならわかっているでしょ?」


 仮に誰かに合わせていたとしてもどちらも見知った二人で、しかも片方は家族なのだからすぐに把握できて不安になる要素が全くない。

 それでお兄ちゃんの方は私と学人が~みたいなことで盛り上がっているけど学人と仲を深めてそういう関係になったっていいのだ。

 後輩のくせに私よりも胸が大きいからね、男の子なら若くて胸もあって可愛い女の子の方がいいに決まっている。

 誰でもいいけど学人が誰かに対して一生懸命に頑張っているところをこの目で見ることになったら感動することだろうな。

 私はおめでとうと言う立場でいい、言われ慣れていないからずっとそうだ。


「あ、学人さんからだ、ちょっと出てくるね」

「いってらっしゃい」


 安心したのと割といい時間なのもあって田宮家なのに溶けてしまった。

 横向きの方が楽だから彼に背を向けていると「そのまま寝ると風邪を引くぞ」とぶつけられてそれなら布団を敷いてよとこちらも同じようにしてみたら何故か抱き上げられてしまった。

 しかもそれを「きゃーっ、やっとお兄ちゃんが勇気を出したー!」と戻ってきていた彼女に見られてしまうという流れに……。


「はい」

「よ、よく普通にスルーできるね」

「毬が妄想とかで盛り上がっているのはいつものことだろ? だから慣れっこだ。あとはるのに風邪を引いてほしくなかった、普通に寝られるってことは信用してくれているってことだから俺的にも悪くなかったんだ」

「もしかして私も妹みたいな感じで見られている――あ、いやっ、毬ちゃんみたいに魅力があるとか思っているわけじゃないから!」


 うーむ、私が毬ちゃんで相手が学人とかだったりしたらいいのにこれだと……。

 すまんなあ、そりゃヒロインみたいに見えたりはしないわ。


「慌てる必要なんかない、ただ俺はるののことを妹として見ているわけじゃないな」

「ぞ、ぞうだよね」

「るのは大切な幼馴染だ」

「はは、学人は?」

「学人も似たようなものだな」


 なるほどなるほど……って、これだと勝手に自爆しただけでなにも変わっていないぞ……。

 そもそも最初からなかったと言うのが正しいけど寝る気なんかなくなって今日も慌てて帰ることになった。

 本当のヒロインの毬ちゃんも今日は付いてきたりしないで本当によかった。




「僕とるのの身長差が丁度いい?」

「うん、逆に東は離れすぎだって」

「ん? なんでそんな話になったんだろう、それに僕は男子の中では小さい方だからよくわからないな」

「ちゅーしやすいからだって」

「ぶふぅ!?」


 あーうん、こういう初みたいなところは可愛いかもね。

 はっ、だからこういうところで東の中では同性の学人にすら負けているということなのかっ、そういう風に一人興奮していた。


「そ、そもそもさ、極端に離れでもしていなければキスなんか余裕でできるでしょ?」

「え、私は余裕でなんかできないよ、多分顔が真っ赤になって呼吸もまともにできなくなると思う」


 人間、言葉ではなんとでも言えるのだ、でも実際にそのときがきたら上手くできる人間ばかりではないということだ。

 あとは根本的な問題としてこの学人か東が求めてくれなければ私は終わりだ、生涯独身だ。


「そ、そういう話じゃなくて身長差云々のことについてだよ。ほら、外国の人とか男女で身長差が凄くても普通にしているでしょ?」

「お詳しいですなあ」

「好きなアクション映画とかを見ていると自然とそういうシーンもあるというだけだよ……」


 攻撃的なことをしておいてあれだけど彼はもっと上手く流せるようになった方がいい。

 そうでもないと申し訳ない気分になってくる、だったらやるなよという話でしかないけど。


「なんか学人のことを鍛えたくなったから、いい?」

「はは、僕はなにをすればいいの?」

「私がからかっても驚かないようにしてほしい、あといまみたいに笑って流せるようになってほしいの」

「うーん……やる前から言うのもなんだけどできる気がしないよ」


 それこそお姫様抱っこをして運んでくれたときみたいな態度でいいのだ。

 容姿に自信があるのならちょっと俺様キャラになったっていい、自信を持ってほしい。


「それだと私が困るの!」

「な、なんで?」

「学人には自信を持って行動してほしいんだよ」

「そこまで自分にマイナス評価を下しているわけじゃないけどなあ」


 いやでも、いまの反応を見るに完全にこちらが押し付けているだけではない。

 彼だって直したいけど直せない現実を前に困っている部分もあるのだ。


「もちろん、学人に変えてもらおうとするんだから私だってちゃんと指摘された部分を直そうとするからさ」

「別にるのはなにも変えようとしなくていい、と言いたいところだけど下着が見えそうな格好だけはやめてほしいな。不快だからとかじゃなくて誰か本命ができたときにそのことで引っかかってほしくないから」

「わ、私の本命が学人だって言ったらどうするの?」

「それなら――いや、仮に僕のことが好きでも気を付けてほしい、僕だって我慢をしきれなくなるときがくるかもしれないんだからね」


 だからそういうとこでさ、なんで迷惑だとか切り捨てないでこちらのことを考えて発言をしてしまうのか……。

 私だって一応女で乙女……なわけだから影響を受けてしまったりすることもあるのだぞと叫びたくなる。


「わ、わかったよ、学人の家ではちゃんと制服を着たままにするから学人も、さ」

「うん、なんとか変えられるように頑張るよ」


 本命云々については全く慌てていなかったわけだからもう成功しているようにしか見えなかったけどそういうことになった。

 恥ずかし損にならないようにこちらは気を付けなければならかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る