Phenomena for
Where?
川が教えてくれたんだ。あの端から覗き込んだ、あの水面が。私は正しいって。私は正気だって。
自分って一体なんだろう。そう考えているのは間違いなく私。じゃあそう考えさせているのは?やっぱり私、なのかな。
秘すれば花なんていうけど、私が抱えてる花束は醜いだけ。
When?
「さあ、黄泉還りの時間だよ。」
彼の声がかすかに聞こえた、気がした。
What?
あたり一面の闇から、音が消えた。そして私たちの目の前に門が現れた。日本庭園とか料亭とかにあるようなやつ。
「かぶきもんと言うんだよ」
見透かした顔で彼が口を開く。その情報今要るか?どんな字を書くんだよ歌舞伎か?
まあともかく、その門をくぐって私たちは現実(と言うよりは現世)に帰ってきた。その後についてはノーコメント。事実は小説よりも奇なり、とは限らないと言うことだ。
Which?
君に出会わなければ。何度そう思ったことだろう。君に出逢いさえしなければ。こんなにも苦しいことはなかっただろう。けれど本気でそう思えない自分がいる。それはきっと____絶対に___君を愛しているからだ。今までどれほど指を刺されてきただろうか。いったいどれほどの信頼と愛情を失ったのだろう。もう二度と戻らないものたちが私の首を絞めている。それでも隣で笑う君を見ると、ぼやけていく視界が輝いて見えてしまう。だから私は鬼になった。私と君以外の世界全てが妬ましかったから。
How?
流れ込んできた記憶に圧倒されている私を尻目に彼は件の人形を分解していく。
「どんな物語だった?」
「知りたいか?」
「いいや全く。他人の思いなんてどうでもいいよ。それよりもこれ。みてごらん面白いよ」
彼の手にはぼろ布と、鏃のあたりに紐を結んである朱色の矢(帯だと思っていたのはこの紐だったらしい)、そしてオーソドックスな藁人形。なんだ、意外と正規ルートの呪いだったのか。
「ちなみにちゃんと髪の毛が何本か差し込まれていたよ。わざわざ服と矢を用意したのがミソだね。ここれを作った子は随分と凝っている。」
「服を着せるのに何か意味が?」
「おや、まだわからないのかい?」
「お手上げだ」
「君もまだまだ青いね。そんな調子じゃいつまで経っても呪う側になれないよ」
「なりたいなんて言ったことあったか?そもそも__いや、それはどうでもいい。で?この人形は何が特殊なんだ?」
「答えてあげるから、これからはちゃんと私を尊敬したまえ」
ウィンクする彼をいつも通り無視。彼は一つため息をついてから口を開く。
「この人形は四つの要素から成り立っていたんだ。まず一つ目は藁人形。これは君でもある程度の知識があるだろうから一旦置いておこう。二つ目は毛髪。これは一人の人間のものじゃなく二人分なんだ。しかも、どっちの髪の毛も女性のものだ」
なぜそんなことがわかるのだろうか。そう思うのは当然の帰結だろうが今は口を挟むときではないだろう。彼の流暢な解説は続く。
「三つ目はこの服、つまりは衣だ。これは最後の一つ、矢とセットなんだ。しかもこれはただの矢じゃない。これは鳥を獲るための道具でいぐるみというんだ」
「イグルミ?初耳だな。」
「確かに使うこともないし知らないのも当然か。こういう字を書くんだよ」
彼は空中に「弋」という字を書く。
「それで?最後の最後に教養アピールか?」
「嫌味だな、全く君は性格が悪いね。私が君より優れていることをわざわざ誇示すると思うかい?」
私も藁人形、作ろうかな。
「とはいえこれはそこまで込み入った話でもないんだ。言ってしまえば下らない言葉遊びだよ。衣と弋、そして二人の人間。目的は神を降ろすこと」
その瞬間やっと私は事の真相、もしくは原因に思い当たった。
「今回の術者はただ相手を呪おうとしたんじゃない。相手だけじゃなく自分も術の対象にしたんだ。一つの人形に自分と相手を結びつけ、蛇に食わせた。大方川にでも投げ込んだんだろう。彼女は___もしくは彼女らは神の一部になろうとした。神の中で一体になろうとしたんだよ」
すんなり飲み込めた話じゃないが、辻褄は合っている、気がする。だがなんのために?
「ここからは推測になるけど、二人は血縁とか、友人とか、そういう関係ではなかったんじゃないかな」
行き過ぎた想像、いや妄想だ。だが____
「蛇を頼ったあたりが怪しいよね。奴らのことだし周りに影響があってもおかしくない。若い心はどうしても惹かれやすい。きっとそのせいで誰からも認められなかったんだ。もしかしたら当人たちでさえ認めきれていなかったのかもしれない。それでも彼女は、彼女たちは永遠を共にする覚悟をしたんだ」
なるほど。そういえば、
「さっきからやたらと蛇が出てくるのは何なんだ?」
「藪をつついているのさ。私の目的は前に言っただろう?」
全くもって聞いた記憶はないが、口からは言葉が漏れていく。
「下剋上だろ。だから君は私のところに来た」
彼は大層嬉しそうに目を細める。
「その通り。私たちはただ下請けをしてればいいだけだし、土克水は摂理なんだから楽なもんだよ。いかんせん相手が強くて時間がかかっているんだ。君の言った通り私が今ここにいるのはそれを少しでも加速させるため。」
何を言っているのかは全くわからない。けれど私はその内容を知っている。
「来年の稲穂は私たちのものだ」
彼は高らかに笑う。
Arc(h) 雨宮照葉 @snowyowls
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