第54話 幸福に溺れる
夜の帳が降りた頃、詩兎は露火の部屋長椅子で寛いでいた。
大きくて座り心地の良い長椅子に二人で並んで腰を降ろし、お茶を飲むと一日の疲れが癒される気がする。
天翔や瑛珠と別れた後、万里や六孫達と再会しみんなで再会を喜びあった。
陶辰と華陽は罰せられることが決まっており、家門は没落するかと思いきや、万里が当主として立て直しを図ることになった。
当面の間は勉学に集中できるように露火が力を貸してくれるらしい。
工場もかつての職人達を呼び戻し、以前の姿に戻るよう進めていくつもりだという。
呉寛という男については華陽と陶辰を捕らえるより先に調べを進めていた露火の部下たちによって捕縛済みだ。
「露火様、本当にありがとうございます」
詩兎は改めて露火に感謝の言葉を伝え、深く頭を下げる。
「妻の家門が没落しては体裁が悪いですからね。まぁ、悪くても文句は言わせないつもりでしたが、あなたの異母弟が駒に欲しくて」
露火の正直過ぎる心根に詩兎は溜め息をついた。
そういうことは黙っていれば良いのに、と思うがこの正直過ぎる男が露火である。
やっぱり目をつけられていたかと、手遅れの事態を歯痒く思う。
「もう一つお聞きしたいのですが⋯⋯前に仰っていた政治的な問題って瑛珠様が私を連れ帰ること⋯⋯ですか?」
詩兎が露火に全てを許した夜のことだ。
「えぇ。彼は家族想いですから、父王のためにも、虐げられていたあなたのためにも虎江国へ連れ帰ると思っていました」
しかし、それを予期していた露火に見事阻まれたのである。
「それは容認できませんでしたので。婚礼前ではありましたが、既成事実を作ることにしました」
そう言って露火は詩兎の顔にかかる髪を優しく払い、頬を撫でる。
腰に回った腕がグッと詩兎を引き寄せ、一気に露火と密着するかたちになる。
顔を近づけ、思考を蕩けさせるような甘い視線を向けられ、詩兎の心臓がドキリと跳ねた。
「あの、露火様は私のことが好き⋯⋯なんですか?」
詩兎はずっとずっと聞きたかったことを訪ねた。
感情が欠落している露火に『恋』という概念はあるのだろうか。
私の研磨の腕には惚れているようだけど。
「正直、『恋』というものが俺には分からないんですが」
ですよね。知っています。
「ただ、あなたが瑛珠殿と姿を消した時、酷く動揺しました。見つけたあなたが彼と親しげに笑い合う姿を見て、すぐにあなたを俺のものにしたくなった」
その言葉に詩兎は驚いた。
だってそれはきっと⋯⋯。
「これが世の中でいう『嫉妬』なのでしょう? 今までこんな風に思ったのはあなただけです」
詩兎は『男として瑛珠に嫉妬した』と告げられ気恥ずかしくなってしまう。
「あなたはどうです? もう手遅れですけどあなたの気持ちをきちんと確認していなかったので」
本当に今更よね⋯⋯。
できればもっと早い段階で確認して欲しかった。
「⋯⋯⋯⋯好き⋯⋯です。私を見つけてくれた露火様をお慕いしてます」
詩兎はぎこちないが何とか言葉を紡いだ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
何か言って欲しいのに露火は無言のままだ。
詩兎が無言に耐え切れず口を開こうとした時、声と一緒に唇を奪われる。
「んっ⋯⋯⋯⋯」
熱く湿った露火の唇は離れようとしても何度も詩兎を捕らえて離れない。
柔らかな唇を擦り合わせ、角度を変えて詩兎から欲情を引き出していく。
「これからも俺に教えて下さい。俺にはない『感情』をあなたとなら埋められる気がします」
薄い黄色の瞳が金色に染まっていた。
凄艶な色香を放ち、昂った感情を詩兎にぶつけるように再び深く口付ける。
多少の息苦しさも幸福に満ちていた。
重ねた唇の数だけ、抱き締められた時間の分だけ、幸福が積み重なり詩兎な胸の中を重くする。
露火と出会い、こんな風に想い合う関係になるとは思ってもみなかった。
それも全て、露火が詩兎を見つけてくれたからである。
口付けがより深くなると二人は互いに求め合うように抱き締め合い、熱くなった身体に互いの心を溶かしていった。
不義の子と蔑まれた研磨姫は実は竜王殿下のおぼえがめでたい 千賀春里 @zuki1030
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