第53話

 華陽と陶辰が拘束され、気長に騒ぎを見守っていた皇帝天翔によって華祭りは仕切り直された。


 騒然とする中、厳かな雰囲気を取り戻した会場内で詩兎は『華の研磨師』の称号を頂戴し、紫陽花を模した竜眼石が天翔の手に渡った所で詩兎の役目は終わった。


 その後、護衛と共に神殿へと向かった天翔は祭壇に詩兎が作った紫陽花を納め、華祭りの主な行程が終了し、宴会が開かれた。


 今頃、様々な噂が飛び交っているであろうが、詩兎は不参加である。


 皇帝、皇弟、隣国の皇太子という錚々たる顔ぶれの中に混ぜられた詩兎は息が止まりそうなほど緊張していた。


「話したいことは分かると思うが⋯⋯」


 最初に口を開いたのは瑛珠だった。

 チラリと詩兎見て、次に天翔と露火を見やる。


「詩兎を江虎国に連れて行くおつもりでしょう?」


「え!?」


 思ってもみなかった展開に詩兎は驚き声を上げた。


「そのつもりだ。親父は行方不明の妹姫をずっと探していたからな。遺骨と共に忘れ形見の詩兎を連れて帰る」


 詩兎の母が隣国の姫であるならそれも仕方ないのかもしれない。


 でも、このままだと露火とは会えなくなるかもしれない⋯⋯。


 そう思うと胸が痛い。

 

「残念ですが、それはできません。彼女のお腹には俺の子がいるかもしれませんので」


 ぶはぁ!!


 勢い良く天翔と瑛珠が啜っていた茶を同時に噴き出した。


 あまりにも勢いが良かったので国の後継者同士が茶を噴き掛け合う異様な光景になった。


 ちなみに露火はちゃっかり難を逃れ、詩兎はそもそも射程圏内に入っていないので無傷だ。


 口の端から茶を零したまま、二人は露火と詩兎を凝視して固まっている。


「ろ、露火⋯⋯? 何だか騒ぎが大きいと思ったらあの噂は本当だったのかい?」


 騒ぎの最中、離れた所にいた天翔には露火達の会話がほとんど聞こえてなかったらしく、概要とことの顛末のみが耳に入ったようで露火と詩兎の関係は『周囲が騒ぎ立てた噂』程度の認識だったようだ。


「え⋯⋯あの話本気だったのか⋯⋯?」


「陛下はともかく、あなたは側で聞いていたはずですが」


「あの二人を絶望の淵に叩き落すための冗談だとばかり⋯⋯」


 流石、瑛珠だ。

 露火の性格をよく理解していると詩兎は感心する。


「何をそんなに驚いているのです? 年齢的にもそろそろ結婚しろと言っていたのはお二人でしょうに」


「いや、そうなんだけどね」


「詩兎、本当にこいつでいのか? 悪いことは言わないから俺と来い。こいつよりも顔は劣っても優しくて思いやりのある優秀な男を見繕って選ばせてやる」


 瑛珠が極めて真剣な表情で詩兎に言う。

 長年の付き合いから露火の人となりを熟知している瑛珠はそれ故に重みがあった。


「俺が顔だけだというような言い方ですね」


「顔だけだろ」


 露火が静かに苛立ちを露わにするが長年の付き合いなのか、瑛珠はそんなこと気にする素振りも見せない。


「お気持ちは大変ありがたいのですが、私はこのまま露火様と一緒にいたいと思います」


「詩兎⋯⋯」


 瑛珠があからさまにがっかりとした表情をするので心苦しいくなる。



「この方の口の悪さや振る舞いに耐えられるのは私くらいだと思いますし、自分でも驚いているのですが、私の中で露火様よりも大きな存在はいないのです」


「⋯⋯はぁ、詩兎がそう言うなら仕方がない。親父には上手く説明しておくが、一度は虎江国に来ることになると思っておけ」


 詩兎は自分の気持ちを伝え、理解を示してくれた瑛珠に感謝した。


 詩兎は自分の意思など関係なく連れて行かれるかもしれないと思い、身構えていた。


 瑛珠の人柄の良さに感謝する。


「無理に連れ帰っても露火の報復を受けるだけだ。親父も受け入れざるを得ないだろう」


「取り急ぎ婚礼の準備をしなければならないね」


 肩を落とす瑛珠とは逆に天翔はとても嬉しそうだったことが印象的だった。



 

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