#7

 正直、ライブ後のMCでは何を喋ったかなんて覚えて無い。


 達成感と脱力感の狭間で覚えているのは、昴と柳田君の軽快な掛け合いと、岡部先輩の鎮痛剤の話。


 まず『頭痛持ち』という話すら初耳なのだが、岡部先輩は優しめの鎮痛剤だと効きが悪いらしく、専らロキソニン一筋だとか。


 先輩の途轍もなく個人的でマイナーな情報に観客席が静まり返り、それを見兼ねた2人が急いで取り繕う様子はなかなか滑稽だった。


「螢、顔色悪くない?」


 ステージから降りた後、晴れやかな表情の昴は、唐突に後ろを歩く僕に尋ねる。


「そう、かな?……ちょっと疲れたかも」


 特に自覚は無かったものの、初めのボーカルで体に力が入りまくっていたらしく、体に力が入り難い。


「楽器の入れ替えは俺らで十分だから、少し休んでろよ」

「……ありがと」


 珍しくお兄ちゃんらしい事を口にした昴の言葉に甘え、僕は観客席の1番後ろの空いている椅子に腰を掛けた。


「……あの、さっき演奏してみえた方ですよね?」


 低く落ち着いた聞き慣れない声に僕はゆっくり振り返ると、そこには上品なシャツとスラックスに身を包んだ紳士が立っていた。


 ──あれ、この人どっかで……。


 絶対に知り合いでは無いものの、その紳士には何故か見覚えがある。


「そうですけど……」

「柳田 虎徹の父で、倉科 秀雄と申します……あの、失礼ですが『卑屈ニキ』と言う方をご存知ですか?」


 ── 『倉科 秀雄』!


 頭の中で点と線が繋がり、僕は狼狽して「えっ……あっ、はい!」という的を得ない返答をする。


 この前、岡部先輩が読んでいた雑誌に載っていた「世紀のピアニスト」が……今、僕の目の前に居るのだ。


 それも、そのピアニストが柳田君のお父さんで、そして「卑屈ニキ」を探している──。


 ──どういう状況だよ、コレ?!


 混乱する僕を見据えた柳田父さんは、「ご迷惑でしたか?」と心配そうに目尻を下げて話し掛ける。


「いえ……と、とんでも無いです……あ、あの……卑屈ニキは僕の事です……ね」


 辿々しく返事をした僕に驚いた紳士は「それはそれは……」と優雅に頭を下げると、バツの悪そうな表情を作った。


「すみません……虎徹は口の利き方を知らないもので……」

「いえいえ、とても優しい子ですよ」

「ありがとうございます……まぁ、ああなったのは私のせいなのですが」

「えっ……?」


 苦虫を潰した様に眉間に皺を寄せた彼は、僕が座るベンチの隣に腰を掛けて、静かに溜め息を吐く。


「実はここ数年、虎徹とは話もまともにしてなかったんです……だから、貴方にはとても感謝してます」

「感謝?……僕、何もしてませんよ?」

「いえいえ……少し、身内話をしてもいいですか?」


 フッと自虐的に笑った柳田父さんは、膝の上で指を組んで俯いた。

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