#6

 演奏中のグループが奏でる軽快な音楽と歌声に心を揺さぶられつつも、僕は何度もコードと歌詞を繰り返しては、頭に湧いてくる不安と雑念を追い出すのに必死だった。


 やがて曲はフィナーレに相応しいギターのフレーズを披露して途絶えると、観客の歓声と拍手が盛大に送られる。


「サンキューッ!」


 ボーカルの声が響き渡ったステージは、上から吊り下げられた照明が転換の為に光度をゆっくり落すと、僕は今までにない昂りに煽られてひどく唇が乾く。


「いくぞ」


 冷静な先輩の声で覚悟を決めた僕は相棒ベースを担いでステージに上がると、見える景色が一変した。


「ありがとうございましたぁー!!……この曲は……」


 今まで演奏してグループのボーカルが曲に乗せた想いなどを語っているが、残念ながら緊張と焦りで侵された脳内には何一つ入ってこない。


 部員が慣れた手つきでそそくさと楽器を片付ける中、僕はアンプから伸びるシールドを手早くベースに差し込む。


 僕らの楽器のセットができた事を見計らった音響さんは、リハーサルで確認したミキシングに設定が完了すると、ステージ脇のブースから頭の上で大きく丸を作って頷く。


「〜どうやら準備ができたみたいですねぇ!……次は『Flash Back』!!引き続きヨロシクーッ!」


 音響さんに頷いてから話を綺麗に纏めたボーカルは、僕らを一瞥して通りすがりに僕の肩を軽く叩いた。


 その意味を理解した僕は小さく頷くと、生唾を飲んで咳払いをする。


 ──本番5秒前、ってか。


 段々と明るくなってゆくステージのライトで、観客の顔が眩む。


 僕は深く息を吸い込み目をギュと閉じてから、先輩に視線を送る。


 ──『……俺達、輝けるよな?』


 先輩の言葉を脳内で反芻させると、口の端を持ち上げて頷いた先輩は軽快なビートを刻み出す。


「泣き出しそうな空に 願いをのせて

 走り出した雲を 追いかけて

 僕らはいつもそうやって 誰かの心に

 灯火を宿す何かになりたい」


 声が震えそうになるのを勢いで押し倒して、僕はメロディに乗せて歌い出す。


 ギターとキーボードが優しく包み込むようにメロディを奏で、今更ながら1人でステージにいるわけじゃ無いと痛感する。


「届かないと自分に言い訳して

 勝手に下を向いては上を睨む

 いつからか忘れた子供の頃の夢は

 かくれんぼみたいに見つからない


 手に宿ったものなんて

 掴みきれずに手放した

 踏み出すことを恐れないで さぁ」


 僕が紡いだ言葉は全てから逃げて、全部何かのせいにしていた過去の僕にブーメランして突き刺さった。


 ──もしこのメンバーと組まなかったら?

 もしあの日、白と出会わなかったら?


 きっとこんな感情を味わう事なんて、一生無かったろうに──。


「泣き出しそうな空に 言葉をのせて

 走り出した希望を追いかけて

 僕らはいつも不格好で 誰かの為に

 光り輝く何かになりたい」


 サビで盛り上がりを見せるメロディに乗った昴は、ギターを演奏しながら体を揺らす。


 くるくるとその場で回ったり左右に揺れてみたりする様子が可笑しくて、僕の手にも力が入る。


「やりきれないを過ぎた事と片付けて

 奥歯の向こうに言葉を隠す

 いつからか癖になった下手な苦笑いも

 素直な昔に戻れたなら


 足に込めたこの力を

 失う前にまた一歩

 もう1人きりだと恐れないで ほら」


 無邪気に遊んでいたあの頃のように楽しそうな笑顔の昴は、僕のマイクに近寄って横からハモり出すと、観客がドワっと湧いたのが分かった。


 やり過ぎだとは思いつつも楽しくて仕方ない僕は、先輩の安定したドラム捌きを背中に受けながら声を上げる。


「泣き出しそうな空に いつかの想いを

 走り出した気持ちを止めないで

 僕らはいつも不確かで 格好悪くても

 灯火を宿す何かになるから」


 2人で声を重ねて歌う僕らは今、輝けているだろうか?


 冬の星と夏の虫の光が煌めくスポットライトに照らされて、僕は万華鏡を覗くような気分で客席に微笑む。


 段々と音を緩めてゆくギターとドラムを残したキーボードの優しい音色に、僕は最後のフレーズを乗せる。


「僕らしか出来ない 今しか出来ない

 そんなことを目一杯 ほら『雅』と名付けてさ」


 しっとりと……しかし、しっかりと歌い上げた余韻を残して音を止めた僕は、静謐に包まれた会場に向けて「……ありがとうございました」とグシャグシャにぼやけた視界で笑った。

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