#6

 有り難くないラッキースケベに恵まれた僕は、形の悪いベビーカステラを摘みながら工程表を眺めた。


 各生徒のイベント参加を考慮して、クラスの運営は大きく午前と午後に割り振られている。僕は両日とも午前はクラスの屋台を運営し、1日目の午後からは見学分散、2日目は部室の第二音楽室にてリハーサル、中庭の舞台セットや音響の確認、そしてライブ……という流れだ。


 ライブの後は決まってキャンプファイアーをして、はたまたお決まりのフォークダンスでお開きとなるが、「フォークダンスを踊ったカップルは〜」とかいうその手の都市伝説は、この高校には存在しないらしい。


 調理器具その他諸々の片付けを終えた僕は、綺麗に仕上がったカステラを持ち帰る為、優しくビニールに詰めて鞄を手に取った。


 ──何かが変わりそうな気がする。


 今年の文化祭で得られるのは、きっと今まで無色透明で無味乾燥だった僕の世界をひっくり返す『何か』だ。


 それはただの予感で、たかが想像でしか無くても……僕はその全てに賭けたいと思う。


 今まで心の奥底に仕舞い込んでいた小さくて遠い憧れが、蛹の殻を破るように僕をそこへ連れ出してくれるような──そんな気分。


 そこに浮かぶのは、あの身勝手で真っ直ぐな昴。

 無愛想で包容力のある岡部先輩。

 ひょうきんで感受性豊かな柳田君。


 昔から1人になりたいと思っていた。

 1人の時間が好きだった。


 でも、今は『独り』になりたくないーー。


 ──《泣き出しそうな空に 願いをのせて

 走り出した雲を 追いかけて

 僕らはいつもそうやって 誰かの心に

 灯火を宿す何かになりたい》


 すっかり暗くなった帰り道、星あかりが照らすその夜に、僕は自分の歌詞を噛み締めるように小さく口遊む。


 イントロ前のサビのフレーズが今の自分を映し出している様で、何だかむず痒い。


 夢だとか希望だとか……そんな大仰なものは語れなくても、等身大の僕が『今』を書き出したこの楽曲を歌う度に不思議と愛着が湧く。


《僕らしか出来ない 今しか出来ない

 そんなことを目一杯 ほら『雅』と名付けてさ》──。


 夢中で歌う僕が家の前にたどり着いたのは、ちょうど『雅』を歌い終えたタイミングだった。

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