#5
文化祭前夜。
あれだけ騒がしかった教室内も、日が落ちるにつれて静けさを帯びてくる。
1人、また1人……と帰宅していくなか、明日の仕込みを終えた僕はクラスに支給されたエプロンとド派手な法破、捩り鉢巻き姿で卓上たこ焼きと向かい合いながら、人生初のたこ焼き作りに期待を膨らませていた。
たこ焼きの材料を練習に使うのは勿体無いので、自費で買ってきたホットケーキミックスを使い、自分の納得がいくまで真ん丸なたこ焼き……もとい、ベビーカステラを作り上げていく。
最初は上手く纏まらず不細工なカステラが続出するも、ふわふわと漂う甘い匂いに励まされて無心で竹串を回して作っていくと、何となくそれらしいものが出来てくる。
──やべぇ……楽しい。
誰もいない教室でベビーカステラを焼いている光景はかなりシュールだが、誰もいない教室だからこそ思う顔をニヤけさせて存分楽しめる。
そうやってコロコロと作り続けていると、視界の端に人影がチラついた。
温まった鉄板から目を離すとカステラが焦げてしまうので、僕は顔を上げることなく様子を伺う。
顔はよく見えないが、ショートカットでスカートの短いメイド服に身を包み、多分ニーハイを履いている彼女はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
──昴のクラスメイトかな?
頭に浮かぶ邪念を振り払いながら急いで鉄板に乗る最後の一個を竹串で回すと、動揺のあまりカステラが鉄板から逃げ出して床へと転がってゆく。
「あぁっ……」
咄嗟に転がったカステラを追いかけた僕はしゃがみ込んでソレを拾い上げると、「教室の床で落下したカステラは3秒ルールに入るか?」なんて考えながらカステラの表面を凝視していた。
「鈍臭いなぁ」
馬鹿にしたような聞き慣れた笑い声と、カツカツ……と上履きの足音が近くで聞こえ、僕はハッとする。
「えっ?」
彼女、いや、あいつの言葉に驚いて顔を上げた僕は、仁王立ちするメイド昴のスカートを不本意ながら斜め下から見上げる体制になっていた。
「せっかく螢が作ったのを摘み食いしに来たのに……そんなんで明日大丈夫なんなかよ?」
当たり前ながらスカートを履き慣れていないせいか、この角度からほぼ丸見えになった黒のトランクスに釘付けの僕を構うことなく、昴は言葉を続ける。
「だから練習してんだろ……てか、その格好……」
「似合ってるだろー?」
へへん……と自慢げに胸を張る昴は、「これで学年の売り上げ1位はうちのクラスで決まりだな!」と声高らかに宣言した。
──いや、サービスし過ぎだろ……!
どこから突っ込んで良いか分からず、僕は「あぁ……」と曖昧な返事を返す。
まさかこの歳にして、双子の兄のトランクスを見て狼狽える日が来るとは思いもしなかった。
「あのさぁ、昴……」
「何だよ?」
「パンツ……見えてる」
目の遣り場に困った僕はカステラに視線を戻しながら昴に教えてやると、昴は「バ……バッカじゃ無いの?!み、見せてるんだしッ!!」と意味の分からない言い訳を並べながらスカートを押さえて後退りする。
「螢のエッチ!」
「昴が見せてきたんだろ」
その反応にこちらまで顔が熱くなり、僕は誤魔化すように頭に巻いた鉢巻を外して首にかける。
「螢のせいで、もうお嫁に行けないっ!」
何故か半泣きの昴は、そう吐き捨ててながら慌てて教室を飛び出した。
「嫁って……言うなら婿だろ」
女装のせいで思考回路まで女子寄りになった昴に苦笑しつつ、僕は失敗作のカステラを1つ頬張って後片付けを始めた。
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