第19話

歩香は部屋の窓際に立ち、外の景色をぼんやりと眺めていた。雨がしとしとと降り続き、窓に細かい水滴が連なっている。ぼんやりとした明かりの中で、彼女の思考は複雑に絡み合いながらも、ひとつの方向に進もうとしていた。


「私が本当に望んでいたのは、みずきと普通に過ごすことだったのに…」心の中でそう呟いた歩香は、自分の胸に小さな痛みを感じた。普通の日常。彼女とただ笑い合い、些細なことを話し、何の心配もなく時間を共有する。そんな平穏な日々がどれほど尊いものであるか、今の歩香には痛いほどわかっていた。


それでも、現実は違った。みずきは歩香にとって特別な存在でありながらも、どこか遠い世界にいるような感覚を拭えなかった。みずきのひたむきさ、どんな困難にも立ち向かう強さを目の当たりにするたび、歩香は自分が彼女に釣り合う存在なのかと悩むことがあった。それでも、みずきが前を向き、成長していく姿を見ると、自然と自分もそうありたいと思えるようになる。それは、歩香にとっての希望であり、同時に少しだけプレッシャーでもあった。


歩香は窓から目を離し、ゆっくりと部屋の中を歩き始めた。いつもは整理整頓されているはずの机の上には、いくつかの書類や本が無造作に積み重なっている。それを見て、ふと自分の心の中も今の机のように散らかっていることに気付いた。


「彼女が強くなる姿を見ながら、自分も成長していくべきだと感じる…」そう思いながらも、どこかで自分に自信が持てない自分がいることを認めざるを得なかった。


歩香は立ち止まり、大きく息を吸い込んだ。吸い込んだ空気が胸の奥まで満ちると、少しだけ心が軽くなった気がする。彼女は決意を固めるように、拳を軽く握りしめる。


「やるべきことをやろう」自分にそう言い聞かせながら、机の前に戻った歩香は、散らかっていた書類をひとつひとつ整理し始めた。これはただの片付けではなく、自分の心を整えるための儀式のようなものだった。


ふと、みずきの笑顔が頭に浮かぶ。あの笑顔を守りたい。それがどれほど難しいことであっても、自分にできることはきっとあるはずだ。歩香は心の中でそう呟きながら、雨音が優しく響く音を自分と重ねるのだった。

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