第18話
夕方、校舎裏のベンチに座るみずき。周囲には誰もいない。彼女はリュックを膝の上に抱え、俯きながら地面を見つめていた。
みずきの心には小さな棘が刺さったような痛みが広がっていた。それは、彼女自身も説明しきれない感情の渦だった。
その日の昼休み、みずきは廊下を歩いている途中で、歩香と緑なみが笑いながら話しているのを見た。歩香の顔には楽しげな笑顔が浮かび、緑なみもそれに応じて明るい声で話していた。
(回想)歩香が緑なみに、空手の技について教えている。
歩香 「こうやると力を入れなくても相手の動きを制することができるんだよ。試してみて。」
緑なみは目を輝かせながら、歩香の動きを真似しようとしている。
緑なみ 「歩香先輩、本当にすごいです! いつか私もこんな風になれるかな?」
歩香 「もちろん。練習すれば絶対にできるようになるよ。」
みずきは遠くからその様子を見て、胸の奥にぽつりと寂しさが湧き上がるのを感じていた。
(現在)みずきは膝の上で握りしめていた手を緩め、静かに呟いた。
みずき 「なんで、あんな風に笑えるんだろう…。私だって、もっと歩香と話したいのに。」
彼女の瞳にうっすらと涙が浮かぶが、彼女はそれを慌てて手の甲で拭った。
遠くで部活動の掛け声が聞こえる中、みずきはその場に座り続けたまま、少しずつ冷え込んでいく空気を感じていた。彼女の中にある嫉妬は、自分でもどう扱えばいいのかわからない感情だった。
みずきにとって、歩香は特別な存在だった。だからこそ、彼女が他の誰かと心を通わせる瞬間を見るのがこんなにも苦しかった。
みずきは立ち上がり、そっとリュックを肩に掛けた。
みずき (心の声)
「こんな気持ち、歩香には言えないよね…。でも、私だって…。」
校舎裏を離れようと歩き出した彼女の背中は、少しだけ小さく見えた。
放課後、歩香は部活の練習を終え、校舎の裏でぼんやりと空を見上げているみずきを見つけた。夕陽が彼女の髪を照らし、どこか寂しそうな表情が浮かんでいるのが遠目にもわかる。歩香は一瞬声をかけるのをためらったが、ゆっくりとみずきに近づいた。
歩香 「みずき、どうしたの?部活も来なかったし、元気ないみたいだけど。」
みずきは驚いたように振り返り、一瞬笑顔を作ったが、その笑顔はすぐに消えてしまった。
みずき 「ううん、なんでもないよ。ちょっと疲れてるだけ。」
歩香は彼女の顔をじっと見つめる。みずきが本当にそう思っているわけではないことを直感的に感じ取った。
歩香 「疲れてるだけならいいけど…最近、なんか悩んでるように見えるんだ。私で良ければ話してくれない?」
みずきは一瞬躊躇したが、ふいに目を伏せ、ぽつりと言葉をこぼした。
みずき 「…歩香はいいよね。緑なみちゃんとも楽しそうで、空手も上手だし、…私、何してるんだろうって思っちゃう。」
その言葉に、歩香は驚いた表情を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
歩香 「そんなことないよ、みずき。私が、なみ、と話してるのは、あの子が後輩だからだし、それにみずきは…すごく大切な存在だよ。」
みずきは少しだけ顔を上げるが、その目は潤んでいた。
みずき 「本当に?でも、最近は私、空回りばっかりで…。どうすればいいのかわからない。」
歩香はそっとみずきの肩に手を置き、優しく微笑む。
歩香 「みずきが頑張ってるの、私知ってるよ。空回りしてるなんて思わない。みずきはそのままでいいんだよ。」
みずきはしばらく黙っていたが、やがて「ありがとう」と小さな声で呟き、歩香の言葉に救われたような表情を浮かべる。
数日後、みずきに渡された封筒を歩香は手に取り、ゆっくりと封を開けた。
中には整った字でこう書かれていた。
手紙
「歩香へ。
この間はありがとう。私の気持ちに気づいてくれて、そして何も言わずに受け止めてくれて。あのとき、歩香が言ってくれた言葉が、私にとって、救い。自分なんて、て思ってたけど、歩香がいるから、前を向ける気がしてる。
私は歩香の隣にいられるように頑張りたい。これからも一緒にいてくれたら嬉しいです。ありがとう。
みずきより」
歩香は手紙を読み終えた後、深く息をつきながら、それをそっと机の上に置いた。手紙の温かさが彼女の心にじんわりと広がる。
歩香 (心の声)「みずきが少しでも前を向けるなら、私ももっと頑張らないと…。」
歩香は窓の外を見る。沈みゆく夕陽が街並みを染め上げている。彼女はその景色を見ながら、自分の中に新たな決意を感じていた。
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