第2話

人混みでエマを見失いなわないように必死に走っている。エマとの距離が全然縮まらない。子供の体力は無尽蔵だ。自分も四十手前にしたら体力はある方だと思うがやはり子供には勝てない。

「……エマ、待ちなさい」

 エマに声が届いてないようだ。いつものやつだ。エマは走り出すと、止まるまで誰の声も届かない。どうにかしてほしい。

 エマは立ち止まった。そして、私の方を見て、満面の笑みを浮かべている。

「ここに入りたい」

 エマはストーンショップ・ルメルドを指差した。

「……はぁはぁ、ここに入ればいいんだな」

 ようやく追いついた。膝に手を置いて、必死に息を整えようとする。だが、整う気配がしない。信じたくないが年なのか。いや、そんなはずない。信じたくない。5年前までは国際警察だったんだ。

「うん」

「……ちょっと待ってくれ」

「大丈夫?」

 エマが心配そうに私の顔を下から覗き込んできた。この子のいい所だ。普段は突拍子ない行動を取る事の方が多いが、こうやって、人の事を心配できる事が出来る。ちゃんと成長してくれているのが嬉しい。……だが、本当の状態を言うと大丈夫ではない。どこかに座って休憩したい。

「大丈夫だ」

 俺は思いっきり息を吸い込んで、店のドアを開けた。そして、エマ達と一緒に店に入った。

 宝石、パワーストーン、見た事のない変わった形の石などが陳列台や陳列ケースに並べられている。

 俺と同世代の夫婦や若者カップルや老人などが居る。そして、店員も数人に居る。エマと同い年ぐらいの子は居ないようだ。

 エマを見ると、目を光らせている。

「いらっしゃいませ」

 店の奥からスーツを着たふくよかな男が笑顔で現れた。

「どうも」

 俺は軽く頭を下げた。

「本日はどう言った用で?」

「この子がどうしても入りたいと言ったもんで」

「そうですか」

「おっちゃん、あの石はなに?」

 エマは陳列台に陳列されたオーロラ模様の石を指差した。

「言葉遣いをちゃんとしなさい。おっちゃんじゃなくて、おじさんかおじ様」

「……はーい。ごめんなさい」

 エマはふくよかな男に頭を下げた。

「いいんですよ。子供ですから。それにしても、君はお目が高いね。この石は当店一押しの商品なんだよ」

 ふくよかな男は陳列台からオーロラ模様の石を手に取り、私達に見せてきた。とても綺麗だ。本物のオーロラのように見える。

「……きれい」

 エマは石に心奪われている。

「これはどんな石なんですか?」

「名前はメモリーストーン。この石に各世界の夜空や風景や街並みを記憶させているんです」

「夜空や街並みや風景を?」

「はい。この石を専用の機械にはめれば周りに石が記憶している光景を映し出す事が出来るんです」

「……へぇ」

「それに機械の設定次第で光景を映し出す範囲も変えられるんです」

「それは凄いですね」

 便利な時代になったものだ。わざわざ違う世界に行かなくても、行った気分になれる。それも自分だけではなく、他者と共有して。

 突然、荒々しくドアが開いた。そして、覆面を被った二人が店内に入って来た。二人とも拳銃と大きな袋を持っている。

「てめぇら、撃たれたくなかったらその場に跪け」

「そうだ。俺らに刃向かうなよ」

 覆面を被った二人が俺達に拳銃の銃口を向けてきた。声からして、二人とも男だ。

「助けて」

「……言う事聞くから撃たないでくれ」

 店員や客達が悲鳴を上げている。

 俺達は覆面の男二人の指示通りその場に跪いた。

 ……これはいわゆる、強盗事件に巻き込まれてしまったって事か。それなら面倒だ。5年前なら現行犯逮捕出来たが、今は警察じゃないから出来ない。……どうする。

「……ジェード」

 エマの声は震えている。きっと、不安なんだろう。顔を見ると、目頭が赤くなっている。今にも泣きそうだ。早く、どうにかしないと。エマが泣いてしまうと男達に撃たれかねない。

「大丈夫だ」

 私は笑顔で言った。

「……うん」

 エマは頷いた。これでどうにか泣くのを阻止できた。次はどうやって、男達の動きを止めて、店内の人々を助けたらいいか。

 俺はふと、エマのリュックを見た。リュックの側面にはロボットのストラップに化けたキッキが居た。

「……キッキ、そのままの状態でちょっとこっちに来い」

 俺は小声で言った。

 キッキはロボットのストラップの姿で、エマのリュックから俺のもとへ来た。

「今から俺が言う事を実行してくれ。返事は声に出すなよ」

 キッキは頷いた。

「よし、いい子だ。まず、アリか何か小さいものに化けてあいつらの背後に周り込んでくれ。周りこんだら吠えろ。その後、俺が立ち上がって二人の注意を引く。そして、俺が「今だ」と言ったら鈍器に化けて二人を殴れ。いいか。分かったな」

 キッキは首を縦に振った。

「じゃあ、頼む」

 キッキはアリに化けて覆面の男達の元へ向かい始めた。

 覆面の男一人が袋の中からハンマーを取り出し、宝石の陳列ケースの強化ガラスを叩き始めた。

「くそ。割れねぇ」

「なにしてんだ。早くしろよ」

「このガラス硬いんだよ」

「ごたくはいいから割れってんだ」

「なんだ?その言い方は」

 覆面の男達は揉めている。これはいい流れがこちらに来ている。

「キー」

 キッキの鳴き声が店中に響き渡る。

「おい、この鳴き声はなんだ?」

「しるか。それより、ガラスを割れって」

「うるせぇな。分かってるよ」

 覆面を被った一人が慌ててガラスを割ろうと何度も試みる。しかし、強化ガラスはびくともしない。

 俺はその場に立ち上がろうとした。

「お客さん。何してるんですか?殺されますよ」

 ふくよかな男が俺の足を掴んで言った。

「大丈夫です。おきになさらず」

「でも」

 俺はふくよかな男にそれ以上の事を言わさない為に微笑んだ。

 ふくよかな男は小さく頷きながら、俺の足から掴んでいた手を離した。

「てめぇ、なに立ってるんだ」

「殺されたいのか。こらぁ」

 覆面を被った男二人が俺に言葉を吐き捨てる。

「……いやーもうこれで終わるんだと思うと可哀想で。二人ともドンマイ」

 二人とも運が悪い。今日、ここに俺達が居た事が運のつきだ。まぁ、あれだ。どうせ、悪事を働いた奴はいつかどこかで捕まる。それが世の摂理。この二人は捕まるタイミングが早かっただけだ。

「はぁ?」

「こいつ何言ってるんだ?」

「……今だ。キッキ」

 俺はキッキに指示を出した。キッキは覆面を被った二人の背後で、大型のハンマーに変化している。

「……キッキ?」

「なんだ、それ?」

 覆面を被った男二人が訊ねてきた。その瞬間、大型のハンマーに変化したキッキが二人の頭を叩いた。

 覆面を被った男二人は気絶して、その場に崩れ落ちた。

 ちょっと、キッキに手加減するように言うべきだったかもしれない。だって、覆面を被った男二人が口から泡を吹いている。

「もう、大丈夫ですよ。みなさん」

 俺は店中に居る人達に向かって言った。

「……助かったのかい」

 ふくよかな男が恐る恐る訊ねてくる。

「はい。助かりましたよ」

 俺は安心させる為に優しく言った。

「……そうかい、そうかい!やったー」

 ふくよかな男は立ち上がって、その場で嬉しさを表現するかのように跳ねている。

「よかった」

「死ぬかと思った」

 他の人達も助かった事を確認して、立ち上がり出した。緊張から解き放たれたからだろう。泣いている人や、抱き締め合ったりしている人達が居る。

「ジェード……」

 エマは俺の足にしがみついて泣き出した。

 怖かったのだろう。こんな経験は無い方がいいに決まっている。

 俺はエマの頭を撫でた。

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