第5章 研究所: 5-2 夢の中心

夢に関する調査を本格的に進めるにあたって、依然として核心に迫る情報を手にできてはいない。事件の捜査を通じて「夢」という要素が何度か姿を現してはいたが、その正体は曖昧なまま。夢現象が示す意味や根本的な原因は依然として霧に包まれており、まだほとんど解明できていなかった。


久保田探偵事務所での作戦会議が一段落し、夜も更けてきた頃、神崎と彩音は静まり返った事務所内でそれぞれの机に戻っていた。壁にかかった時計の針が音を立てて進む中、ふたりは互いに声をかけることもなく、思索に耽っていた。剛志が残した「夢を見せている“誰か”がいる」という言葉が、単なる比喩ではなく、何か具体的な存在を指しているのではないかという予感が、彼らの思考から離れなかった。


「今、我々が頼れる情報源というと……」と神崎が静かに呟いた。


「以前、私たちが使ったあの掲示板くらいでしょうか」と彩音は一瞬記憶をたぐるように沈黙した後、静かに口を開いた。


神崎は軽く頷いてからタブレットを手に取り、その画面を見つめながら、「“蛇の夢”を見ている人が、今もどこかにいるかもしれない」と静かに言葉を漏らした。


実際、剛志自身も事件の終息後もなお、断続的にその夢を見ていた。その内容は以前と同様に鮮明で、彼の精神状態や体調に特段の変化がないにもかかわらず、夢は周期的に訪れていた。このことは、現象が単なる記憶の反芻やストレスの産物ではなく、今なお外部から何らかの干渉を受けて継続的に発生している可能性を強く示唆していた。


二人はタブレットを使って掲示板にアクセスし、最新の投稿内容を一つひとつ丁寧に読み込んだ。以前に見たときと比べて、スレッドの更新頻度は明らかに上がっており、話題となっている“蛇の夢”に関する書き込みが各所で活発に交わされていた。夢の内容を考察するユーザーもいれば、他人の体験談に共鳴する形でコメントを残す者もいた。


「やっぱり広がってる……」と彩音が呟き、神崎が無言で頷く。


二人は新たな書き込みを行い、「夢について話を聞かせてくれる人」を募集した。謝礼を明記したことで反応は早く、数時間のうちに10名ほどから連絡があった。


調査の分担を決めた後、彩音と神崎は対象者たちへのインタビューを開始した。剛志も同行を申し出たが、「探偵としての領分」と説得され、代わりに謝礼の手配を担当することになった。


ヒアリングは、夢の内容、夢を見始めた時期、頻度、周囲に同様の体験者がいるかなど、項目を多角的に設けて行われた。


調査の結果は、神崎のタブレットに地図として整理された。


「これを見て」と神崎は彩音に画面を見せた。地図には赤、橙、黄色のマーカーが都市全体に点在しており、夢を見始めたタイミングに応じたグラデーションが形成されていた。その中には剛志や翔太の情報も存在している。


「夢を見始めたのが早い人を赤、遅い人を黄色にしてプロットした。見る限り……」


「中心から波紋のように広がってる」と彩音が指摘した。


「そう。この一点を中心に伝播しているように思えるんだ。まるで伝染病だ」


「中心は……どこ?」


神崎は画面を拡大し、マーカーが最も密集している地点を指し示した。


「ここ。地図上では山間部になってる。特に何かがあるわけでもない」


「衛星写真は?」


「木しか映っていない。あとは送電用か何かの鉄塔が立っているな。ただちょっとした不自然さがあるようにも見える」


彩音は疑念を口にした。「衛星画像が加工されてるってことですか?そんなこと、簡単にはできないはず……」


「その通り。でも、だからこそ気になる。行って確認するしかない」


そういうと神崎は煙草を吸いにベランダに出ていった。


彩音は画面中央の灰色がかった山の風景を見つめながら、静かに頷いた。


都市の構造に組み込まれることなく、そこだけがぽっかりと地図の中で浮いているかのような違和感。


それは、外界から切り離されたように、ただ“そこにある”という事実だけを主張していた。

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