第4章 ヒドラ :4-2 聖典
探偵事務所に戻った剛志と彩音は、久保田と神崎に先ほどの出来事を報告した。久保田と神崎はすでに志村から大まかな事情を聞いていたようで、静かに二人の話を聞いていた。
美咲の告白と死、そして「ヒドラ」の存在。翔太の死に関する情報は増えたが、事件の全貌はいまだ霧の中にあった。
「それにしても、所長が警察に応援を要請してくれていたなんて驚きました。」彩音が久保田を見ながら言った。
「フフッ、我ながら志村くんを頼って正解だったわね。きっと彼ならこの事件の担当刑事になっていると思ったし、そうでなくても信頼できる部下を連れて駆けつけてくれるはず。警察も手がかりを欲しがっていたようだし。」
剛志は廃工場での警察の突入を思い出す。もし警察が来ていなかったら、自分も彩音も危険な目に遭っていたかもしれない。あの場に介入してくれたことで、美咲を追い詰め、彼女の口から重要な証言を引き出すことができた。
「警察からは手を引くように言われたんでしょうけど、それで引き下がるつもりはないでしょう?」
「当然です。」剛志は強く頷いた。「翔太を殺したのは美咲だった。でも、彼女がなぜそこまで信じ込んでしまったのか、まだ完全には分かっていません。俺はここで終わるつもりはない。」
「警察の捜査力には及ばないでしょう。」神崎はキーボードを叩きながら言った。「でも、カルトが絡むと、警察のやり方では限界がある。内部に潜入することなしに実態を掴むのは難しい。」
「それに、私たちだからこそできることがある。久保田探偵事務所はオカルト案件に強い。それが今回の事件解決の鍵になる気がするんです。」彩音の視線が強くなる。
「さて…これが美咲さんが持っていた“聖典”ね。」久保田は慎重に机の上に置かれた古びた本を開いた。表紙には黒いインクで不気味な蛇のシンボルが描かれている。
「“ヒドラの啓示”……?」彩音が声に出して読んだ。
「教団の教義に関するものでしょう。」久保田はページをめくる。「この本は全6章で構成されているようね。」
ヒドラの啓示の内容
序章:双蛇の啓示
教祖・鬼塚智也が夢のヴィジョンを通じて双蛇のシンボルに導かれ、教団を設立した経緯が記されている。
双蛇のシンボルは絶望と救済の象徴であると述べられている。
第一章:絶望の真理
経済、欲望、嫉妬などの理由で人間が堕落している現状を描写。
人々を堕落から救うことが教団の存在意義であると強調されている。
第二章:救済の儀式
堕落した者を救済するための儀式についての詳細な手順が記載。
儀式を受けた者は「堕落からの解放」を見出すとされている。
第三章:聖地
教団の聖地について記述されているが、具体的な場所は記されていない。
「儀式を行った者だけがその場所を知る」とされている。
第四章:信徒の道
信徒の心構えや、教団内での役割、階級について記述。
最終章:新たな絶望への道
教団が目指す未来のビジョンについて語られる。
信徒はこの理想の実現に向けた誇りある存在であると説かれる。
「さて…みんなはどこが気になった?」久保田が本を閉じながら問いかけた。
「やはり、“聖地”でしょうか。」神崎が腕を組みながら答える。「もしこの場所が教団の重要拠点ならば、そこに何か重大な手がかりがあるはずです。」
「私も同意です。」彩音が頷く。「鬼塚智也という人物と関係の深い場所なのかもしれませんし。剛志さんはどう思いますか?」
彩音が尋ねたが、剛志は明らかに顔色が悪かった。彼は聖典の記述を思い返しながら、冷や汗をかいていた。
そこには、まさに翔太が殺された手口と同じ儀式の詳細が書かれていたのだ。翔太が命を奪われたのは、ただの偶然ではなく、この異端的な思想に基づいて行われた「儀式」だった。美咲もまた、それを信じた一人だった。
「剛志さん、大丈夫ですか?」彩音が心配そうに声をかける。
「…ああ、すまない。」剛志は冷静さを取り戻しながら答えた。「みんなの言う通り、聖地を探るのが鍵だと思う。儀式を行った者だけが場所を理解できるっていうのは、何か意図があるんだろう。」
「問題は、その“意図”が何なのかだな。」神崎が苦笑した。「まさか実際に儀式を試してみるわけにもいかないし。」
「…でも、その発想はありかもしれませんよ。」彩音がふと閃いたように言った。「儀式の再現を試みれば、何か新しい手がかりが見つかるかもしれません。」
皆が顔を見合わせた。狂気じみた考えではあるが、やってみる価値はありそうだった。
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